ライムフォードー③
「それで本日このように押しかけた目的は一体何ですの、ルベルシュターヘン公爵」
不意の訪問を若干咎めた声色で問うた母上。折角、久し振りの親子水入らずの一時を邪魔され些かご機嫌斜めのご様子。普段おじい様に対しては好い顔しか見せない母上も、同行者の手前非礼を窘められました。
面会者は意外な人物でした。親しみを込めて年寄り公と呼ばれるルベルシュターヘン公爵です。それと彼の連れは見知らぬ青年。容姿の整った優男風に見えますが体幹を鍛えているのですね、意外と姿勢が騎士のソレです。勿論、帯同していませんが攻撃術は如何ようにもなります。油断大敵なのです。
母上に大人の話だからと、退席させられたローデリア。大いに不満顔でした。ワザと顔に出しましたね。可愛いからおじい様も公爵も締まりのない顔をしてます。くそじじいどもめ。
一人だけ退室させて可哀想と思いましたが、くそじじいと一緒では妹が穢れます。勿論、母上一人この場に残すのは宜しくないでしょう。ローデリアには後でお菓子を送って機嫌を直してもらいましょうか。大丈夫、妹は食い意地が張ってますので。常に美味しいのは正義と言ってのけるほどです。
青年がいたからでしょうか、それとも他の思惑でしょうか。すんなりと私の同席は許されました。
面会の申請もせず直接足を運ぶとは年寄りの癖に意外と行動派ですね、公爵。呆れました。
恐らく母上も同じ心境でしょう。ですが急を要す事情と察し、非礼の謝罪を受け格式ばった挨拶を端折り、本題を催促しました。これはありがたいです。
「では早速、要件に入らせてもらいますか。側妃様は話が早くて助かりますぞ。‥‥先ずはこの者を紹介させて下され。彼はアリゾン・ソアラード殿。帝国の密使です。身元を証明する紋章を持っております故、ご確認召され」
「私が確認します」
証明紋は帝国軍所属を表していました。本物です。ですが帝国軍人が何故、公爵と共に? 母上に? 疑問が口から出そうなのを呑み込みます。警戒は怠りませんが、先ずは彼等の話ですね。
「ああ、側妃様に殿下、そう警戒なさらんで下され。陛下とソアラード殿の面会は既に終わってます、ああ、非公式ですぞ。何せ事が事でしてなあ、儂以外の公爵を通すと不味い。帝国との外交だけではなく周辺諸国も下手をすれば敵に回し兼ねん内容でして、ここは聡明な側妃様と殿下にご協力をと思い参りました」
これは、良くない傾向です。
非公式の面会である以上、公にできないものです。それを易々とこの場で明かすのですか。
彼等は陛下のご判断では埒が明かないとこちらに来たのです。公爵達の考えはわかりませんが母上ならばと期待してのことなのでしょう。後ろ盾となった公爵を無下には出来ません、足元を見られました。
母上は本当に好い様に扱われていらっしゃる。私の力が足りないのですね。何と歯痒いことでしょうか。
内容は、重犯罪人の引き渡しに関してでした。予想外といえば予想外です。
‥‥いえ、これは断られたのがこの件だけなのでしょう。他は上手くいったとみて良いですね。
ソアラード曰く重犯罪者の引き渡しを渋る陛下の説得を母上に求めていました。
この時点で充分おかしいのですが、おじい様はよく黙認しましたね。ああ、ご自身の利益になると判断されたのですね。忠誠心は迷子ですか、逃亡しましたか、どうしようもない人です。
彼が所持していた引き渡し要請書は軍部発行のモノで皇帝の署名入りです。どうみても正式な書類です。非公式に秘密裏に済まさなくとも正式に…‥ああ、それをしたくない帝国が裏取引を持ち掛けたのでしょう。
陛下も帝国が動けない事情とやらを察し引き渡しに応じないのですね。これは王国の利にならないどころか害となる、そう判断なさったか。それとも他に理由が?
手渡された要請書の記載内容をザっと目で追うと、叔父上の名がありました。
え? 叔父上貴方何をやらかせば国際重犯罪者になれるのですか。衝撃で目がショボります。昨今の噂を聞けば性犯罪ぐらい犯してそうですが‥‥。
思いもよらない人物の名を見て動揺してしまいましたが、それを手の震えさえ悟らせず振る舞う自分がカッコイイです。誰も言ってくれないので自分で言いました。なにか?
いえいえ、それよりも叔父上です。確かに特産物の輸出をなさっていたとは聞いていましたがまさか‥‥、あ、違いました。もっと質の悪い犯罪でした。これは国際問題まっしぐら、な内容です。手の震えと称して書類を破ってもいいでしょうか。あ、ダメですね。残念です。
罪状は帝国貴族の誘拐及び売買に関与。人身売買のブローカーとなっていました。
え? 何その職種? 地産の果汁水を自慢気に飲むあの叔父上が? ラムド暗殺事件ではなくて?
叔父上、一体どれだけ冤罪を被せられているのでしょうか。お気の毒すぎて嗤えます。もう付け込まれ過ぎですよ叔父上。
それにしても、とんでもないものを寄越しましたね皇帝陛下。
これはアレです、催促でしょう。
まさか叔父上の身柄と防衛技術を秤に掛けさせたのでしょうか。ああ、そうでした彼等の言い分を聞きましょう。それからです。
「ご覧になられましたか。儂も驚きました。ですがジオルド様の人買いは裏付けも取れてます故、帝国に証拠も握られていては言い逃れも難しい。陛下もそれは重々存知てらっしゃるのだが、実の弟をみすみす犯罪者として帝国に引き渡すのを躊躇っておいでで。しかし正式に要請されてしまえば従わねば同盟に歪みが生じるでしょうな。‥‥次代の治世に影響もでましょうぞ。帝国も引き渡しに応じれば責任追及をしないと了承いただいてましてな。‥‥側妃様、ジオルド様のお身ひとつでライムフォード殿下の次代に負債を背負わずに済むのですぞ。ここは何卒ご協力を頂けませぬか。殿下も帝国に後ろめたい思いをなさらずに済みますぞ。よくお考え下さいますよう」
母上は何かを考える様におじい様と目を合わせます。賠償請求も責任追及も国が追わずに済むと聞けば揺らぐのでしょう。おじい様、鼻息荒いです。
「公爵にソアラード殿。陛下は何と仰せられたのですか。先ずはご意向を教えて下さい」
二人、頷き合いソアラードが答えます。
「はい。聡明なるライムフォード殿下。カルディス陛下は療養の弟君を終始案じていらっしゃいました。心を病まれた弟君に責任能力はないとの一点張りで引き渡しを拒否されていらっしゃいます。病気を理由にされ、我等もそれならと、帝国調査員の診断の許可を求めたのですがそれすらも拒否なさり。これでは心身疾患というのは詐病ではないかと‥‥いえ、疑うわけではございませんが、それにお身柄を幽閉なさっては、これでは折角の魔力保持者も宝の持ち腐れ。ですので、はっきりと申し上げます。我等は彼のお方の魔力を求めています。多少、お心を乱されようと我等は何の問題もございません。ご理解頂けましたでしょうか、ライムフォード殿下」
「それは…‥おじう…‥陛下の弟である彼の魔力が目的ですか。ソアラード殿、本当にそれだけなのでしょうか」
「おや? うら若き殿下、他に何かございましたか?」
この男、喰えませんね。
腹の内を読ませないためか、こちらを王族と認識していないのか、中々失礼な態度です。
私の早合点? ですが叔父上を飼殺すとあれば、これはこれで困るのです。叔父上は何かと都合が良い人でしたので連れ去られると困ります。
「質問を言い換えます。陛下は却下されました。一度決した言葉をそう易々と覆すことはなさいません。ソアラード殿、貴方の目には臣下の説得に簡単に応じる陛下として映っておいでか」
「おお、これはこれは、若き王子殿下のお心を害してしまいましたか。申し訳ございません。言葉が足らず誤解を生じさせました。殿下、皇帝陛下は同国民が売られる事に大層お心を痛めていらっしゃます。帝国民を侮辱した行為と激怒なさって、帝国を仇名す国家の存在を見過ごすと? まさか。皇帝陛下は、先代王の血を引く王弟であらせられる彼の方の身柄一つ差し出せば、責任追及はしないと。勿論、彼の方の子種も含めですので、くれぐれもご処置なさらぬようお願い致します。‥‥これほどのご温情を無下になどなさいませんね、心優しき殿下」
くっ、先程から私を若造だの甘いだのと見下してますね。
彼の話を聞いた母上、白粉のお顔が真っ青ですよ。それはそうでしょうね。
言外に叔父上に子を作らせると言ってるのです。それは将来的に脅威となり得ると母上達は思うでしょう。それはいつの未来か、王位継承を求め争いの種になると危惧なさっておいです。
「密使殿、それはジオルドを差し出さねば戦火の幕を切ると仰せか? まさかそのような暴挙がまかり通るとでも?」
辛うじて平静さを装った母上。多分、頭の中で怨嗟を吐き罵っておられますね。息子にはわかりますよ。
「いえ、我が皇帝陛下もそれはお望みではございません。聡明な側妃様でしたら、何が一番得策かお判りでいらっしゃる。私が今日この場に赴きましたのも賢明なご判断を下される次期王妃様にお会いしとうございまして、公爵方々にご無理を通したのです。たったお一人の身で済む話ではございませんか。考えるまでもございません。弟君を守るために国難を招くのは愚策。貴族達の賛同も得られないでしょう。ですが、我等の望みを飲めば帝国人の売買に関して咎めは致しません。宜しでしょうか。拉致被害に対して責任追及はしないと譲歩しているのです。説得に応じた方が王国の利になるかと思いますが如何でしょう」
公爵達は母上を持ち上げて‥‥嫌な予感がします。
未来の火種の素を差し出すのか‥‥単なる先送りでしかない平穏を甘受するか、恩情を無下にし国に賠償問題を背負わせた挙げ句、戦に持ち込むと脅された。
恐らく、公爵と帝国は繋がっています。彼が帝国に良い顔をしたいのも頷けます。
はあ、皇帝は私だけではなく王国の重鎮にまで触手を伸ばしましたか。
あの手この手と、嫌らしい執着を感じます。なのに、表立って動かないのは帝国も内政に手を焼いているからでしょう。一番の脅威は、王国が国境線と面する四国のうち、どれと手を結ばれても困るからでしょうか。壁は壁役のままで終わらせたいはずです。
さて、ザックバイヤーグラヤスはこの裏切りを知っておいでか。
母上も落ち着いたのか顔色も戻り私達の遣り取りに耳を傾けていましたが、表情を見るからに引き渡しに賛成なのですね。責任追及なしと聞けば、特におじい様は心を擽られたのでしょう。
「話はわかりました。ですが、ジオルドは陛下ただお一人の弟君。そうそう気持ちが追い付かないのでしょう。密使殿、できましたら暫しご猶予を頂けないでしょうか。必ずや陛下をご説得致します故。それと使節団の方々にもこの件は取り上げなさらぬよう密使殿にご説明をお願いできませぬか」
幽閉された叔父上の下に父上が足を運ぶことはないとみて、手を打とうとお考えなのでしょうか。
「ご説得頂けるのなら少々の猶予、容易いことです。使節団には私から説明致しますのでご安心下さい」
「流石は側妃様。頼りになりますな。では我等も陛下のご説得に尽力致しましょうぞ」
ああ、まったくの茶番です。
清廉な空気を求め、ローデリアと美味しい焼き菓子を口にしたいですね。
陛下が母上の言葉に耳を傾けるとは思えません。
父上が叔父上を引き渡さない理由は、肉親だからではないのです。父上に情があるとは思えません。仲もお世辞にも良いとはいえませんし。他の理由でしょう。そう言われた方がしっくりします。
そうなるとその理由ですね。帝国は魔力欲しさ、まあ妥当な話です。叔父上ほどの魔量なら種馬としても、王位継承を要求させる道具にも、充分魅力的に見えたのでしょう。ですが、犯罪者なら充填用が妥当か。
アガサフォードでは使えない使い道を叔父上に見出しましたか。はあ、面倒この上ありません。
それにしても叔父上、母上やおじい様ならまだわかりますがルベルシュターヘン公爵にまで見捨てられたのですか。ああ、いえ違いますね。同じ公爵位にも拘らず叔父上は爪弾きにされていました。
帝国に狙われている現状を父上はどうお考えなのでしょう。
この面会も私の口から父上に漏れることはないと踏んだのですね。私も彼等の手の上だと思われているのでしょう。
好都合です。




