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転生先は小説の‥‥。  作者: 久喜 恵
第十三章

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親子三人・第一側妃視点ー④


「ローデリアの母や兄を思う気持ちは、とても嬉しく思います。ありがとう」


褒められて嬉しいのか、娘はパァッと笑顔を浮かべた。先程のしかめっ面が嘘のように華やいだ。

ライムフォードは自分の時と違った反応を見せた妹に、現金な奴だなと呟いた。それでも妹の気分が晴れたと喜んでいる。兄妹仲の良さは見ていて心が温まる。


「さて、忌み子の疑いは晴れました。もうこの話は忘れなさい、良いですね。また不安や疑問が生じたのならいつでも母に打ち明けなさい。気兼ねは要りません」

「お母様! 宜しいのですか!」

「私でも構いませんよ、ローデリア」

「お兄様もありがとうございます!」


胸の痞えが降りてホッとしたローデリア。

だがこれだけは忠告しておこう。

ヴァンダイグフとの関係性を思うと心得を諭さねば、困るのは娘だ。


「ローデリア、沈黙が貴女を守ります。それをよく胸に刻みなさい、よいですね。貴女はこれからヴァンダイグフの者と接する機会が増えます。幾たびも会話をすれば気心も通じ自然と油断してしまうでしょう。ですが決して()の一族に心を許してはなりません。そして警戒心を悟らせてはなりません。何を聞いても見ても、わからないと無知を装うのです。常に沈黙を貫き、意見を求められても答えてはダメですよ。とぼけて誤魔化すのです」


「母上、ローデリアに馬鹿になれと? ふふ、それは面白いですね。この際、お喋り癖を治せば? 良い機会です。今からフリをしてみますか」

「まあ、お兄様、酷い言い方! 馬鹿の振りなどしなくとも大人しくしておけば宜しいでしょ? わたくしだって弁えていますもの、できますわ」


またもや不安にさせるかと思いきや、すっかり気持ちを切り替えていた。




カリス・ヴァンダイグフ、前伯爵当主で現子爵当主。

数年前、息子に家督を譲り保有の子爵位を継いだ。

狡猾で執念深く、そして権謀術数に長ける。背を丸め痩せた風貌にボソボソとした口調は覇気のなさを強調させるが、腹に一物を抱える油断ならぬ相手。


前々当主が後妻を娶った際、連れてきた子がカリスである。

伯爵の血は受け継いでいない。だがそのカリスが家督を継いだ。

身内の不幸を踏み台にして。


凶事が伯爵家を襲った。

生き残ったのは後妻とカリス。伯爵の親族を退け揚々と当主に就いた。

乗っ取りだ。


母子が伯爵家に引き取られた経緯は知らぬ。

母親は母后と同郷の貴族だという。

後ろ盾(母国)を失くした母后に尽力したのは同郷の誼からだろう、とは我が父の弁。


王妃もクリスフォードもカリスの血を引く。

我が王国に寄生する悍ましき血。

不純なる血を、王家の血と認めさせない。

王妃は朽ち、息子は不能に。

王家に流れる不純な血は、潰えた。

クリスフォードを糾弾したレティエルに献杯ぐらいは、してやってもよい。





母后とカリスの出身国は、且つて特殊な能力を持つ王が支配したと謂われた小国だった。その能力を恐れた侵略者によって滅ぼされ、その侵略者も帝国に打たれた。

母后の帝国びいきは仇討ちを成してくれたと意識してのことか。


夫に母国も女としても見捨てられた母后。

それについてはお気の毒としか言えぬ。


母后の思い出となれば。

少女時代、顔を合わす度に凍てつく瞳で睨め付けてきた、あの視線に恐怖した。

少女にその眼差しの背景などわかりようがない。

ただただ自分に向けられた眼差しに、怯えた。


母后に嫌われてはいけないと戦々恐々とした日々。

好かれよう、良い子であろうと努力しても報われない日々。

カルディス(現陛下)に相応しくなろうと、己を鼓舞して。

涙も不満も全て飲み込み、微笑む自分が哀れに見えたあの毎日。

その努力は終ぞ実りはしなかった。


母后もカルディスもわたくしを顧みない。

努力が実らないと嫌になるほどわからされた。

だから、望みを叶えるために手段を問うてはならぬと学んだ。


努力が実を結んだのではない。

実を結ばんと行動したのだ。



(先代国王)の姿をみて育ったカルディスは(母后)の寂寥な姿に悲しんだ。

自分の伴侶には辛い思いをさせたくないと、甘い私情を挟み愛する人と人生を歩みたいと欲張った。


王族たるもの、私情で動いてはならぬ。

王子は厳しく公私を分ける教育を施された。

そのはずが。

その王子は己を律することを忘れ、心のまま愛を謳歌した。

愛に溺れた王子は愛しい女と共に国を治めようと夢想した。


期待外れだ。

カルディスに失望した。




「異母兄に、あの狡猾なカリスと同じ血が流れているとは、到底思えません。企てをザックバイヤーグラヤスに暴かれ失脚とは些かお粗末でした。そして、今や借金地獄。片腹痛いです。それにしても、あの処罰の甘さは見過ごせません。あれは本当に父上の裁可かと疑念が残ります」


言外にヴァンダイグフの横槍かとライムフォードは圧す。

だがこの場で明かすわけにはいかぬ。

娘の手前とぼけてみせれば、案の定、引き際を心得た息子はこれ以上の詮索はしない。良い子だ。







そう、カルディス陛下は‥‥。



頭を擡げるのは、カルディスがあの日、わたくしの手を取ってくだされば、王国は守護神のご加護に、祝福に、満ち溢れたのではないかと。


先代が歪ませた王国を、わたくしと息子で変えてみせる。

新たな王国に、カルディスは要らない。





カルディスは学生時代、ヴァンダイグフ家の次女(王妃の妹)と恋に落ちた。

わたくしには目をくれずその女に夢中になった。


二人の馴れ初めなど興味もない。

学園という狭い世界で愛を育めば、それは醜聞となった。

私情を上手く扱えず女の色香に負けた、為政者の素質を疑った。


卒業後、婚姻の契約を交わす予定をカルディスは反故にした。

一方的に内定は取り消され婚約者候補達も追いやられた。


裏切りだ。

無責任だ。

次期王たる者が私情で貴族間の取り決めを反故にした。

わたくしが王家に縛られた十数年(婚約者候補の期間)もの時間は、一体何だったのか。少女の多感な時期は無機質な義務に摘み取られ踏み躙られた。


『真に愛する人に出会えた』


十数年もの献身を、愚かな一声で無駄にされた。

なんと無情な。

憤怒で狂いそう。

悔しさで嗚咽が止まらない。

涙が枯れるほど泣きじゃくった。


愛を求めてはいない。

使命を全うしたかった。

求めたのはわたくしを王妃にと取り交わした約束を厳守して欲しかったから。


『私達の愛を引き裂く気か。恥を知れ』


罵られた。

惨めだった。

無力だった。


カルディスもあの女も業腹だ。

わたくしの痛みを幾分なりとも味合わせ、償わせよう。



だから。

嘯いた。


女が色香で惑わせたのだ、だからその色香で償わせた。

先代国王は数多の令嬢を召し上げ、好色王と揶揄されていた。

魔力を持つ女は、殊の外お喜びかと。


『ヴァンダイグフ家の次女は魔力持ち』


手の者に囁やかせれば。

首尾よく好色王の手に堕ちた。

後始末は母后の役目。万事滞りなく処された。

惚れた相手(カルディス)の父親に求められるとは。

やはりあの女は業深い。





先代国王が崩御されカルディスが国王に。


晴れてわたくしがカルディスの妻に。

喜びよりも漸く元の形に戻るのだと安堵した。


喪に服したカルディス。

公の場に姿を現さず月日だけが無情に過ぎた。


喪が明け再び姿を現した彼は、ヴァンダイグフの長女を隣に置いた。


またもや裏切られた。

お前は駄目だと突き付けられた。

酷い仕打ちはわたくしの心に大きな爪痕を。

消えない傷が心を苛む。



国王となったカルディスは人が変わったように、今までの甘さは鳴りを潜め厳格になった。家臣の忠誠を執拗に求め猜疑心の塊と化した。その変貌は異常だ。

愛を失えばそうなるのかと訝しんだ。

感情に呑まれ易いカルディスは信用ならぬ。




彼の心を射止められないのは、女の魅力に欠けていたからとそこかしこで囁かれ。

且つての婚約者候補としての羨望は儚く消え失せていた。

誰もわたくしを一人の人として女性として見ていないのだと痛感させられた。

このまま・・・。

わたくしはどう生きれば良いのかわからなくなった。



子が産まれなければ側妃を娶る、そうカルディスが公言したと父から聞かされた。

愛する人を失くせば主張を変えるのかと、幻滅した。

ならば、費やしたわたくしの過去を返してもらおう。

であれば、王妃に子は不要。


手の者は我が意を得た者。

二年もの間、王妃に懐妊の兆しはなく。

わたくしが側妃として召し上げられた。



カルディスとの間に待望の第一子が。

その少し前、早産で王妃の子が産まれた。

身籠らないよう注意していたのだが、予定が狂った。

だから。

猜疑心の強いカルディスに囁いた。


第一王子は貴方に似ていないわねと。

疑念の芽は容易く芽吹いた。


苦しまされた十数年。

今度は貴方が苦しめば良いのよ。


彼はもう誰も信用していない。

孤独の王よ。

独り善がりの王よ。

一人虚しく命を散らすがよい。


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