親子三人・第一側妃視点ー①
時期的に親子三人のお茶会は帝国使節団の入国前になります。
「ふふ、二人とももう直ぐです。陛下も漸くお認めになられました」
「母上。おめでとうございます」
「お母様、おめでとうございます」
人払いを済ませた自室に招いた息子と娘。他人の邪魔なく耳目も気にせず語り合えると思うと自然と気が緩む。長きに渡り待ちわびた吉報。ゆるゆると口角が上がるのを止められないでいた。
屈辱を与えられ苦しかった。
長かった。辛かった。
想いを馳せるは汚辱に身を浸らせながらも歯を食いしばり耐え忍んだ過去。約束された輝ける栄光への道を歩んでいると夢見た少女の頃。
且つて側妃は、王太子の婚約内定者であった。そこには確約された未来があった。数多の女性から羨望の眼差しを受け、次代の王妃として王の隣に侍る自分の姿が確かにあった。あった…はずなのに。欲した栄光を手にする前に格下の女に搔っ攫われた。
二人からの祝いの言葉。
「母は嬉しく思います。陛下はわたくしが相応しいとお選びになりました。主幹家臣も賛同を得ています。ふふ、漸く正しい道に戻るのです。本来あるべき姿に王国は戻るのです」
夢破られて、惨めだった。
侯爵家の娘と生まれたことで将来の王妃への道が示された。他はないと。
王子と年の近い異性で上位者が侯爵家。筆頭婚約者候補に定められた。王妃と成るべくして生まれたと。誕生とともに与えられた義務。
そこに当事者の意志はない。
苦しめられた且つての記憶。
未だに『そうあらねばならないと』縛りつける。
皆の期待が呪縛となり苦しめる。
我が子には日の当たる道を歩んで欲しい。
「次は貴方ですよライムフォード。王太子の指名は必ずやされるでしょう」
正妃の子は、次代の王。そうあらねばならない。
側妃の子はただのスペア。どれだけ有能であっても所詮は正妃の子の補佐役。
我が子より落ちる愚の王子。生まれが正妃胎だからだと、そうあらねばならないと。我が子は誰よりも優れているのに。
立場が邪魔をする。立場が後押しをする。
だから邪魔をした。
「はい、母上。王太子となれば皆の期待に応えたいと思います」
「お兄様。おめでとうございます」
「ああ、ありがとうローデリアお前も婚約おめでとう」
「ありがとうございます。お兄様」
「まさかエリックとの婚約を承諾するとは思わず、耳にした時は驚きました」
根回しもなく急遽、決まったのが気に食わないのか。笑顔の瞳が笑っていない。
「‥‥もう、後がございませんもの。それにヴァンダイグフ家は陞爵しますわ。他国に嫁いで慣れない生活を強いられるよりもお母様やお兄様の下で、お役に立ちたいと思いましたの。ふふ、わたくしはお役に立ちましたかしら」
クスリと悪戯っ子のような笑みを浮かべ、自分の存在価値を仄めかす娘の姿に過去の自分が重なった。
相応しくあれ。
筆頭婚約者候補となった日から。
定められた責務として研鑽と努力を重ねる日々。王妃となることを期待された。
国のため家のため親のため役に立てと。それが己の価値だと教え込まれた。
親の期待を一身に受け、存在を肯定され大切に扱われた。それを愛だと誤解した。
あの日に取り残された少女時代の夢。
「ローデリア。貴女は充分に役に立っています。母は嬉しく思いますよ」
相応しくなかったのか。
いや、相応しくない女が出しゃばっただけ。
だから取り戻した。
邪魔者は闇に葬った。
一度我が手から離れた手を。
再びこの手に。
だから手を下した。
従わない者は従わせるだけ。
邪魔者はこれからも闇に葬るだけ。
「元第一王子の側近候補だというのに愚かな男を貴女の婚約者に据えてしまったのは母の落ち度です。あちらの陣営と良き橋渡しになるかと考えたのが仇になりましたね。貴女には辛い思いをさせて、母親失格ね。ごめんなさいローデリア」
第一王子の廃嫡と側近候補者達の放逐。あの愚か者のお陰で王妃派、第一王子派は一掃された。
自分の手を汚すことなく邪魔者は自滅した。喜ばしいことだが同時に娘を悲しみの淵に堕とした。
アレは我が娘まで苦しませるのか。
憎しみが募る。
どこまでも、どこまでも、ある一つの考えが付き纏う。
あの女さえと。
「お母様、そんな謝らないでください。わたくしは大丈夫ですわ。それにあの婚約はお父様のご命令でもありましたもの。‥‥お母様は悪くはないわ、だって身分の低い女に現を抜かしたのはニコルソンだもの。責めは彼と、女の色香に負けた異母兄様にあるわ」
少し拗ねた表情で元婚約者に未練はないと言い切った。初恋の相手と結ばれる未来を、恋に浮かれた少女は思い描いていただろうに。元婚約者は恋愛に呑まれた情けない男。か弱き女の魅力に負けた。
娘よ、この経験を糧とし強くしたたかに生きて欲しいと切に願った。
ニコルソン。トヴァイトヘルマン公爵の次男だった男。ヴァンダイグフ家に囲わせた。
浅慮でプライドの高い男はいろいろ勝手がよい。
利用価値のある間は生かしておく。
あの日、王太子が手を取ったのは格下の女。
侯爵家の娘が、伯爵家の娘に負けた日だ。
内定は取り消され、長年の努力も己の矜持も踏み躙られた。
両親の期待を失望に変え、劣った者と見做され、愛を失った。
悲しかった。
苦しかった。
自分は役立たずだと現実を見せられた。
もともと…‥愛はなかった。
「ローデリア、この場には私達だけだよ。辛い気持ちを口にしても誰も聞いていない。ローデリア、苦しい想いをしたね、よく頑張ったね」
労りに満ちた兄の顔で、ライムフォードは妹に向き合っていた。
虚を突かれ、目をパチパチと瞬いたローデリアは、兄に慰められているのだと気付き、頬を綻ばせた。
兄の思いやりと愛情を感じたのだろう。華が咲いたかのような愛らしい笑顔で、
「お兄様‥‥ふふ、慰めてくださるのですね。ありがとうございます。辛くないと言えば嘘になりますが、もう過ぎた話なのです。わたくしたち王族は国のため我が身を捧げるのが責務ですわ。わたくしはわたくしの矜持のために‥‥前を向いて歩みますわ」
誇り高き我が娘。
「よくいいましたローデリア。母は貴女を誇りに思います。貴女の献身のお陰でこの度ヴァンダイグフと縁付きになりました。王妃派と元第一王子派だった貴族を取り込むことができたのです。よくやりました」
「お母様とお兄様のお役に立てたのでしたら、わたくしも嬉しゅうございます」
あれほど邪魔だと感じたヴァンダイグフと縁付くとは。時の流れは人知を軽く凌駕する。
王妃派と元第一王子派を従えていた老人は、我が陣営に降った。
昨日の敵は今日の友に成り下がった。
「これで残すは第二側妃と第三王子の勢力です。今、彼等は帝国皇女の婚約者候補として勢いづきました。帝国に尻尾を振る小賢しい犬どもに王国は渡せません。神が守りし王国です。国を従えさせるのは神に選ばれた者です」
邪魔者は速やかに舞台から降りていただこう。
ミキール・ギャティギルソンは第二王女殿下の元婚約者です。
申し訳ございません、記載ミスです。
第一王女から第二王女に訂正しました。(12/12)
ローデリア第一王女の元婚約者はニコルソン・トヴァイトヘルマン公爵の元次男坊です。
エリックに高位貴族の立ち振る舞いを教えた人です。