⑥・神殿と言えばアレ
ちょっと怖い想像しちゃった。
ジオルドに関しては義兄に丸投げで。うん。それがいい。
俺に出来ることと言えばせめて情状酌量があればと祈るぐらいだ。日頃の行いが良ければ何とかなるって! 悪けりゃ自業自得でしょう。
ふぅ、やれやれと感情の起伏で大忙しのメンタルもちょっと落ち着きを取り戻したところで、さっきから頭の片隅でぷかぷか浮いてる引っ掛かりに意識を向ける。
何だかねぇ、スッキリしないんだよねぇ。
神殿、神殿‥‥何か忘れてる気がするんだけど‥‥あ?! そうだ! 神殿と言えばアレだよ、アレ。
守護神!!
忘れちゃ不味いよね。
「お祖父様、王国は根強い守護神信仰がございます。この国の統治者は神の代理人と信じられていますのよ? 神殿がそう易々と帝国の属国になることを許すとは思えませんわ」
「新総神殿長は最有力候補を抑えて伸上った野心家です。おまけに魔力保持者を嫌気する否定派の代表格ですよ。その彼がおいそれと魔力保持者優位の帝国に大人しく従うとは想像できません。協力者は神殿をどう攻略するのでしょうか? お義祖父様は何かご存じでいらっしゃいますか?」
ボソッと『穏健派に頭を挿げ替えればいけるか? 過激派を一掃すれば…』と耳に纏わる義兄の闇の声。うん、幻聴、幻聴に違いない。
トップが変わって今の神殿がヤバめなのはわかった。間違いなく壁になるよ? だけど、お祖父ちゃんは『極秘扱いの作戦に儂は参加しておらんからのう。知らんのじゃ』と何処吹く風だ。
‥‥ちっ。じいじ使えなーい。
うん、孫はじいじに容赦ないのだよ。
「の、の、なんじゃのう、その顔は、儂が知っておるわけなかろうて。一介のジジイじゃぞ?」
えー、その慌てぶりで? あっやしーな。
「お義祖父様。神殿は陛下を支持しています。新総神殿長は魔物の脅威から守られているのは陛下の統治が守護神の御心だと声高らかに人心を煽っているようですよ」
ホラ、義兄も既知だと判断して話始めたよ。
先代あたりから求心力を失くしていた王家はクリスフォードのやらかしでまたもや支持率を下げた。特に下級貴族の恨みを買ったようだ。詳しいことは知らないけど好い様に使い捨てたからだと予想がつく。それに王妃の不審死もジオルドの件も王族の不信を誘うに充分な出来事だ。貴族どころか国民も離れそう。今のとこ情報規制が役立ってるので騒ぎにはなっていない。
神殿の不祥事は隠蔽されているみたいだけど‥‥。
「それはそうじゃが、それぐらいは協力者が上手くやるじゃろうて」
「お祖父様、協力なさるお方は神殿を相手取って立ち回れるお立場なの?」
「む? 協力者が持ちかけた話じゃよって何か算段があるんじゃろ」
え、なにそれ。
帝国側のオファーじゃなくて? 売りに行ったの?! マジかよ。
やっぱタコ殴り、いや膝蹴り踵落としぐらいはいっときたい。くそ。ミリアに身体強化教えてもらおう!
俺の心の不穏な願望を感じ取った‥‥のならちょっと怖い義兄が徐に話を変えた。
「そう言えば皇子殿下はライムフォード殿下と交流を深めたいとご希望でしたね」
「う‥‥む、そうじゃが‥‥な、なんじゃラムよ? 唐突に」
あ、お祖父ちゃん警戒したね?
フッと軽く息を吐いた義兄がニコリと悪魔の微笑を浮かべてる。
「今回の皇子殿下の使節団が組まれた切っ掛けである第一王女のご婚約披露ですが、ご成婚後臣籍降下が決まっています。第三王子殿下は第二皇女殿下の婚約候補となられ今や留学生という名の人質に。王弟は、アレなので。肝心の陛下は公の場に姿を現さなくなられたとか。それに王妃の不審死。第一側妃が社交を精力的になさっているのに対し第二側妃は幼い第二王女と共に離宮に籠られていらっしゃるとか」
饒舌な語りは王家の現状を。そして一旦口を閉じて何かを思い浮かべたのか剣呑な雰囲気を醸し出す。
えっ? 今度は何? 肝が冷えるんだけど。
「ああ、そう言えば思い出すと悔しさの余り血涙が流れてしまいそうですが仕方ありません。阿呆の元第一王子と公爵家の至宝であるレティの婚約解消も次代の後継を狂わせましたね。アレも故意に仕組まれたものだと判明しています。公爵家は黒幕に感謝していますので炙り出すのを止めましたが、お義祖父様もですよね? その代わりと言ってしまって宜しいのか判断の難しいところですが怒りの矛先を王家に絞りましたのでは? ‥‥ふふ、お義祖父様、阿呆の生殺与奪は手中ですのでご安心を」
黙って苦々しい表情で聞いていたお祖父ちゃんだが最後だけニタリと黒い笑みを浮かべる。双方気が合ってんじゃん。だから怖いって。
「皇子が交流を深めたいと望まれたのは計画の進捗具合を確かめるためでしょうか?」
「お義兄様、第二王子が協力者なのは確かですの? でも、それ、おかしくありません?」
消去法で説明されると一番怪しく聞こえた。でもそれだとどうしても腑に落ちない点がある。
義兄は優しい眼差しで話の続きを促してくれたが、お祖父ちゃんの視線は孫を猫っ可愛がりする爺様のソレだよ。ちゃんと意見が言えてえらいねーな感じの。やりづらいなもう。
「だって、第二王子が次期国王に決まったから第三王子は帝国に婿入り予定となったのでしょ? ‥‥王となるお方が自ら国を売るだなんて、おかしいわ」
「あくまでも推測だよレティ。でもね、戦争を回避できた上に自分の地位が約束されたとなれば悪い話ではないと思うよ? どの道、軍事力の弱い王国が周辺国の争いに巻き込まれれば国は滅ぶ。王国の魔物除けは侵略者たちを退けることが出来ないからね。大樹の下に寄り添う方が賢明と考えても間違いではないよ」
そういって内政が荒れている今、立て直す前に他国に攻め入れられたらひとたまりも無いと教えてくれた。実際、危ない事態に陥る寸前までいったとか。上手く介入したから大丈夫と微笑まれた。
あっ、それって王妃と隣国の? ‥‥大丈夫ならいいや。
お祖父ちゃんも同意見で王国の切り札は『魔物を寄せ付けない技術』これを皇帝に献上することで庇護下に。有事の際、帝国軍が助けてくれるわけだ。垂涎物の技術を人参を鼻先にぶら提げられた馬状態に持ち込んだのか。やるな協力者。
多少の兵糧や魔石の提供とかは必要だけど王国騎士達は魔法を使った戦闘に慣れていない。先々代まではちゃんと戦えたのが貴族達の軍事力を削ぎに行った政策変更のツケが今にきたわけか。
ううん、武力じゃない方法を執った協力者はまともか。
保有武力が抑止力になるのはわかるけど、戦いになれば一番困るのは国民だよ? 攻めて終わりじゃないんだし。そこで生きて行く人たちがいることを忘れてはダメだ。
戦争に対する忌避感が捨てれない俺は、帝国との戦争が避けられないのなら回避の手段として属するのもありだと思う。王族と貴族達の地位も余程のことがない限り現状維持を許されるらしい。それならまだ受け入れやすいか。神殿は未知な部分が多いがそれは協力者が何とかするだろう。
「ふふ、一番可能性が高いのがライムフォード殿下ってことだよ。それに神殿を従わせる材料ぐらい確保していると思うよ? 殿下は抜け目のない男だからね」
と、あっさり。
ライムフォードならと妙な信頼があるんだね。ちょっと複雑。
そう言いながら一つ危惧があると義兄は零す。
「ライムフォード殿下が公爵当主達と陛下が交わした契約魔法をご存じかどうかが気になります。あれは陛下と当主達しか知らない‥‥ああ、これにも神殿が関わっていましたね。本当にウザい奴‥‥コホン。失礼。特殊な環境で交わされた契約ですので知らないのも無理はないのですが…」
まじまじと義兄の顔を見るお祖父ちゃん。どうやら知らなかったみたい。軍も掴んでいない情報だとちょっと焦ってる。何だろう作戦を知らないお祖父ちゃんの慌てぶりが引っ掛かった。
「お義祖父様のそのご様子だと協力者も知らない可能性が高いですね。ふむ、これは不味い‥‥」
「お、お祖父様、情報部は掴んでいないの?」
「ぬう、儂が知らんのじゃ。情報部とて掴んでおらぬじゃろう‥‥して、その契約とは? それがどう影響するのじゃ? 詳しく話すのじゃ」
何だろう、今一瞬、義兄の目がキラリンって怪しく光った気がする。
「お義祖父様、残念なことに守秘義務の縛りが思った以上に厳しい契約魔法で、次期当主と目されていた私にも知らさぬよう徹底されておりました。ですが‥‥」
うわ、知らない振りして、シレっと嘘ついたよこの人。
この期に及んでまだ駆け引きを楽しむのかと、呆れた俺は半目で睨む。