良い報告と悪い報告とどうでもいい報告
『良い報告と悪い報告とどうでもいい報告がある』
三日ぶりの義兄は疲労の色濃い顔で俺を見下ろし『どれが聞きたい』と宣った。
・・・はっ? そこはどれが先に聞きたいじゃないの?!
三日ぶりの義兄はお疲れが溜まり過ぎて、ポンコツになっていた。
「お義兄様、良い報告、どうでもいい報告、最後に悪い報告をお願いします」
口調がきつくなったのは、俺のせいじゃないよ。ポンコツのせいだからね。
自分に関わる話は是非とも耳に入れときたい派の俺は、ジトっとした視線をものとはせず報告を待つ。
「・・・・・・・・・では、良い報告から」
間が長いって。
目頭を揉み込む義兄、相当お疲れが溜まってるね、だいじょーぶ? 労わりの眼差しを向けた先の…義兄の後ろに目付の悪い怨霊が視えるのは見間違いかな? ドロドロっとした圧を発するアレは視てはいけない何かだろう。うん、気にしない気にしない。
疲労度の濃い顔の中に、隠しきれない喜びがありありと浮かんでる。嬉しいのが凄くわかる。
「あの契約書の解読が出来たよ」
「?!!」
マジで?!
事の発端は三日前。そう、あのサロンでのこと。
ぶっちゃけ悪ノリでした。でもまあ自信あったし。いけると踏んだから、契約書に魔力流したよ。
でもねー、その後が・・・何と言うか、書面に違和感がねぇ。だからあれは脊髄反射です。勘がね、こう、スルンっと。そう、ツルンっと。吸い取っちゃえって。
「「「「…‥‥」」」」
現れたのは・・・ナニコレ?
俺達の顔もナニコレ。
「え? 子供のラクガキ?」
「お嬢様、わざわざ、めくらましの術をかけて、ラクガキを隠します?」
「・・・しないわ」
馬鹿にした目のクリスフォードの顔で言われると、グーで殴りたくなる。グーで。
「ふむ、詐欺魔法を使用していましたか。手が込んでますね」
「え? これがそうなの?」
聞けば、証書偽造の違法魔術。認識阻害の一つだけど、今では文書を偽装するしか使い道がないらし。ええ、どう考えても犯罪目的で考案したでしょ?
・・・偽装してもしなくても、読めないんですけど。
果たしてヴォグルフ達は・・・特にクリスフォードは、この書面を読めたのだろうか。いや、アイツは読めない! 読まない! 調子のいい言葉にのせられて疑いもなくサインしただろう。アイツなら遣り兼ねんわと過去のやらかしを思い出して苦い顔になる。ちょっとタコ殴りしてきていい?
「ねぇ、これを読める人って、いるの?」
「ですよね~。少なくともこの場にはいませんね~」
早くも座礁したよ。おい。
新たな難題を突き付けてきたよ。おい。
・・・いや、待って。それ読めなくてもよくない?
必要性を感じない俺は、早々に興味を失っていた。面倒が臭くなったのだ。
だが野郎どもは謎の闘志を漲らせて喰いついちゃってた。うえぇ、マジか。
特にガザの喰いつきが良過ぎる。鼻息荒いよ。何がそんなに興奮させるのか、まったくわからん。義兄に、解読の暁には、とか言っちゃってるし。いつの間にか、ラクガキ読み隊結成してる。マジだ。
彼等のアツアツな熱意をわかりたくない俺は、冷めた紅茶を啜る。
あー冷めちゃった冷めちゃったわ。
そんなわけで? 難題は義兄の宿題となってサロンでのティータイムは終了。
で、今に至る。
兎に角、三日も引き籠って調べてくれたわけです。はい。読めなくてもいいって思ってゴメンナサイ。
目の下に黒いクマちゃん飼っている義兄を見たら、どうでもいいなんて言えないし思えない。あ~ここは、絶賛しておこう。うんそうしよう。
成程、魔法術大好きな義兄にとっては良い報告だよね。
努力と熱意は賞賛に値する。義兄が魔道技師として名を馳せるのも頷けるわ。こういう点は尊敬できるね、この人のこと。
口角が少し上がったその顔。あー嬉しいんだ。義兄の自然な笑みって珍しいよね。大体いつも、貼り付けた笑顔だし。喜んだ様子から苦労が報われて本当に良かったと思う。
「『主の命令に従うこと』『人知れず自らの意志で主の元に参ずること』後は罰則が書かれていたよ。それに、面白いことに最後の一文。これが、署名欄の名を消す呪文になってね。クク」
「・・・はっ???」
なんて?!
「これがあれば、クク、・・・隷属できますね」
えっ?! 嬉しかったのは、そっち?! そして誰を?!
ニタリと目を細めて愉し気に微笑む義兄は、そうれはそれはもう、悪魔でした。
いーやー、悪魔降臨したじゃん!! 悪魔に闇アイテムを持たせちゃったよ!!
これのどこが良い報告?! あーあー、義兄にとっては良い報告だよね!!
契約魔法の変更は不可。これが常識。不履行を防ぐ目的で科される魔法契約だからおいそれと変更は効かない。中には例外もあるらしいけど、ここは割愛で。
だから、これはとんでもない話なわけ。
「それでね・・・」
何だかな・・・なんだかなんだよ。ちょっと裏切られた気がする。努力家の義兄を賞賛したいのに。
「最後の一文を記載した意図はわからないけれど、推察ぐらいはね。恐らく、この契約書を作成した者は抗いたかったのだと思うよ。それに、依頼主はこの言語が読めなかった。作成者の叛意もね。でなければ署名を消そうとは思わないだろう?」
静かな口調だけど、何となく・・・怒ってない?
「確かに言われてみれば、契約内容の最後に、無効にさせる言葉を残すのって不自然ね。やっぱりお義兄様の言う通り、逆らいたかったのよ。きっと権力者に無茶ぶりされたのね」
「・・・無茶ぶり? 面白い言い方をするねレティ、ふふ。古いモノだから当時何があったのか知りようがないけれど、逆らえなかっただろうね」
どこかを見る目が、切なく見えるのは気のせい?
・・・やっぱ寝不足がきてんじゃない? 焦点合ってないじゃん、早く寝た方が良いよ?
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