根回しって大事だよね
ちょっと思い巡らせてみる‥…。
わたくしことレティエルは前世の記憶持ちだ。
覚えているのはこのゲームのストーリらしきもの。仕事で関わっていた記憶がある。制作サイドか営業かはもう忘れたが。
まぁ、何をしてたかはこの際もういいや。
今の俺にとって大事なことは、これからどうするかだ。
やることは決まっているがな!
攻略対象者は全員婚約している。そいつらにモーションかけるヒロインって。アホだろ。アホの子だろ! 禄でもない女なのは間違いない。
俺が考えている間に王子がサインをしていた。考えの浅い馬鹿な奴だ。
「レティエルこれでよいか! 俺を脅すなんて、やはりお前は性悪だぞ!」
王子は屈辱からか、悪事がバレたからか歪んだ顔でバツの悪さを誤魔化すために吐き捨てるようにほざいた。
「クリスフォード殿下。脅すとは人聞きの悪い。悪いのは頭だけ…おっと。コホン。そう思われるのは何か心に疚しさがあるからでは? わたくしは事実をお見せした迄ですが‥‥まぁいいですよ。時間の無駄‥…ゴホンゴホン」
あぁ~本音がぽろぽろでるわ~。やっべ。引き締め引き締め。
王子は悔しそうに唇を噛んでいる。
言い返したくとも適切な言葉が思いつかなくて内心かなり腹立たしく感じているのだろう。ざまあみろ。
「レティエル‥…俺を馬鹿にして「サ、サインって?何したんですか?クリスフォード様!」え?マリエラ‥‥」
大人しくしていたはずの女が割り込んできた。なにやら焦っているようだ。疎外感からだろうか。それとも王子が内容を理解してサインしたか不安になったか‥…。いやちがうな。やはりこいつは自分が話の中心にいないと気が済まないのだろう。
お~い、女、王子とセリフ、被っているぞ。不敬不敬プププ
「おい女。あっ間違えた。コホン。殿下は今わたくしにお声をかけられたのですよ。わたくし達の会話に許しもなく口を挟むなど、ご自身がとても無礼を働いたことを理解しています?」
メンドクサイ女を無視することは出来るが、少しでもボロをだしてくれればもっけもんだと、欲が少~しでた。ちょっと突いてみよう。
「な! ひっひどぉぃ。私の身分が低いからですかぁ。そんなことおっしゃるのは‥‥」
「ええそうですわ。よくわかっていらっしゃる。おりこうさんね。ふふふ」
‥‥小馬鹿な感じにしてみました。
「ひ、ひどぉいクリスフォードさまぁ」
大袈裟に嘆きながら屈辱王子の腕にまたもや縋りついた。それはそれはガッツリと。
‥‥あれ、胸あたってるよな‥‥
‥‥思春期王子! くっくそっ!鼻の下伸ばしやがって!
べ、別に羨ましくなんて‥‥ちょっと凹んだ。
もう馬鹿な二人は無視だ無視。
「それでは神官長。契約の無効の儀式をお願いいたします」
俺は神官長に『婚姻契約について』のページを見せて王子のサインを確認してもらう。
そう、この書面には婚姻に関する契約に不履行の際(無効・解消・破棄)の申し立ての欄があるのだ。申立人の言い分が承認されると神殿関係者の立ち合いで契約無効の儀式をしてもらえる。
そしてこの書面は立派な証文になり有責が証明でき慰謝料や損害賠償の請求権も認められる。逆をいえばこれが認められないと無効や請求が難しい。
…婚姻の契約とは婚約を指す。
俺は最初、結婚とどう違うのか不思議に思ったが前世と少し違うシステムだと理解した。婚姻届けの提出が必要なのは同じだが、どうやら婚姻の契約は婚約と同意義になるようだ。そこに神様との契約と言った宗教観がプラスされる。ちょっと変わった風習かな?
特に王族の場合、両家の婚約が将来国益に繋がると表明したいので縛りはキツイ。ただの婚約とは訳が違う。国益の為の婚姻であらねばならないのだから契約が成立=婚姻(確定)とみなされる。次代を見据えて周囲が動く。貴族間の婚約もだ。
契約後、神殿で『縁繋ぎ』の儀式を行い二人の縁を守護神に結んでもらう。要は守護神が縁を結びましたよ~認めましたよ~である。
手続きが神絡みとは俺には信じ難いシロモノだ。
一風変わった王族の婚姻‥‥特に王位継承権のある者の場合、守護神により代理人としてこの国の統治を任される身となる。尊い存在として君臨するわけだ。だから余計に国益が問われる。
国王が恋だの愛だの言ってられない事情はここにある。
だけど抜け穴はある。国王のみ条件付きの多妻が許されるからね。
そうそう、取り交わされた契約には婚姻の期日も含まれる。その他にも詳細な取り決めや不履行の場合についても。誰が誰にどうした云々細かい遣り取りが記載されている。かなり細かい。見込まれる利益に対する取り決めだしね。
俺はこの申立人を利用した。だって、俺に非はないからな。
王子は‥‥いや王子達か。この契約書を作成しようとしたが無理だった。
画策したのがあのメンドクサイ女だ。
王族貴族は余程の事がなければ申立てなどしない。呑み込んで我慢する。清濁併せ飲むのが貴族だ。利益と体裁が何より大事だ。
その貴族の常識を簡単に超えるのがあの女だ。どこか歪さを感じる。
俺はあの女は転生者だと疑っている。異世界臭がプンプンする。
話が逸れたが俺の申し立ての理由は、もちろん王子の不誠実。そう浮気ね。
これだけだと物足りないから手心を加えた。まぁ、花を添えた程度だよ。
虚偽じゃあないから。そんな悪いことはしません。レティエルはヨイ子だからね! それにこれには神殿から許可もらっているしね。抜かりないよ。
ちょこっと脚色は頼みました。文才はあるけどコネなし金なしの子爵家三男坊に。彼はノリノリで書いていたな。
‥‥王子って人徳ないね。ダメじゃん。
お礼に王宮文官…いわゆる花形部署に就職斡旋したら、感極まって男泣きしてたよ。いいよねぇ~感謝されるのって。王子、これだよ。人心掌握は大事だよねぇ。
王子の浮気+俺への冤罪(実は未遂)+横領(推定)+脱税(疑惑)+人身売買(容疑)+国家転覆(懸念)と。うわ~もう犯罪者だね(笑)
『彼等はシロでもクロでもない、だがグレーだね! 未来ある青年を悪の手から守らなきゃ。うんうん。保護監査対象だよね』まっ、こんな感じで。
彼等は実行犯ではないが手先。彼等の更生が上手くいくよう願うばかりだ。
まず、大神殿の総神殿長に直談判した。急を要したから仕方がなかった。
だって一国の王子が犯罪組織と関っているなんて。それがなくても、国の忠臣のご令嬢を惚れた女のために陥れるのはどこのゲス男だよって話だし。
フフフ。総神殿長、ゲキオコでした。
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【とある日の総神殿長との遣り取り。回想】
『わたくし国と民のために神殿の奉仕活動に勤しんでまいりました。それが殿下にはわたくしが神殿に足しげく通うのは見目麗しい男性神官にのぼせ上がっているからだろう。淑女としてあるまじき行いだ。恥を知れ!と。うっ。数年前に国土を襲った災害で未だ苦しむ民がいるので王族や高位貴族は救済活動に尽力するようにと陛下の勅命ですのに‥…うぅぅ』
『なっ!なんと! 神の代理として統治の役目を許されている王族‥‥しかも次期国王候補の第一王子殿下のお言葉とは思えませぬな! ‥‥あっいやぁレティエル様のお言葉を疑ったわけではございませぬぞ。貴女はお父様の公爵様に引けを取らぬ行いをされていると聞き及んでいますぞ。神官長から報告は受けておるゆえ。安心なされよ。‥‥うぅむ。しかしなぁ‥…』
俺は困惑と不安、婚約者からの暴言に打ちひしがれる美少女の素振り(演技)で迎え撃つ。
『総神殿長様、殿下のお心には他の女性がおります。王家と公爵家の契約を反故にしてまで、わたくしを陥れてでもそのお方と添い遂げたいと願われていらっしゃいます。わたくしは婚約者ですが臣下でもあります。将来この国を導きくださる殿下の憂いとなるのは、あまりにも辛うございます。わたくしの身一つで済むわけではないと存じますが、父を説得いたします故、婚姻契約の無効をお許しくださいませんか』
『しかしそれでは、申立人はどうなる? 殿下が貴女に濡れ衣を着せようと画策されたのはこのためではないのか?』
『うっ…申立人には殿下になっていただきます。殿下の仰る通りわたくしが横に立つのは分不相応なのでございましょう。そして殿下のお望みを叶えるにはこの方法が一番穏やかに、誰も傷つくことなく終わるのでございます』
『なんと健気な‥‥。だがそれで良いのかレティエル様。貴女は真摯に神殿活動にご尽力くださっている。肝心の殿下は全くなさらぬではないか。王族だからと言って守護神と契約をされた婚約者に対しなんたる暴言。嘆かわしい』
総神殿長の溜息がやけに耳に残るな。
『して、婚姻契約を無効にした後、貴女はどうなさるのか? 申立人を殿下としたならば貴女だけの瑕疵となる。それでは貴族社会での居場所はなくなるであろう。それは若い身では重き罰則となるではないか。それほどの処遇を受ける理由はないのじゃが‥‥』
俺は押し殺した声を一度発して呑み込む。
そして表情で全てを諦め受け入れるしか手立てがないのだと言外に示した。
『覚悟は出来ております。殿下と誓いを立てた時から伴侶として臣下として。そして同じ守護神様の契約者として。神に国に身を捧げる覚悟は出来ております。わたくしの望みなど取るに足らぬことでございます。あとは公爵家の判断に従います』
総神殿長、驚愕‥…表情が読めないがきっとそうだろう。そう思うことにした。
『‥…お覚悟‥‥立派じゃのう。しかし惜しいわ。‥…手立てが他にあると言えば貴女は考えを変えるか?』
これは思わせ振りに怯えた素振りをしてみせればいいかな。ちょっと涙目に震えてみよう。
『総神殿長、申し訳ございません。淑女にあるまじき取り乱しを‥‥お許しくださいませ』
『いや、構わぬ。して、レティエル様。お考えを変えるには何が障害に‥…いや今の貴女をそれほどまでに怯えさせるものをお教えくださるかな。ここは神の宮。大神殿ですぞ。恐れるものはありませぬぞ。神にお縋りなされよ』
おじいは、やはり好々爺で語りかけてくれる。優しいね。
さてともういいか。俺は書類とある物を差し出す。
最近、命の危険を感じると打ち明ける。事故に遭いそうになったり暴漢に狙われたりと。特に近々は酷かった。学園内でもヒヤリとすることがあった。学園内でも外でも狙われていると王子に相談したが、どうせ俺の気を引くための妄言だと王子は詰っていた。
それか素行の悪いお前が恨みを買ったのだろう、自業自得だと嘲られた。
王子が少しでも俺の身を案じていればこれから先の結果は変わったかもしれない。望みうすうすだけど。
どうでもいいか。俺は此れ幸いと罠を張る。
――わたくしの命を狙う者が王子のお側の者と関りがあるようなのです。
おじいとレティエルの会合は静かに終わりを迎えた。
回想終わり。
神官長が良い顔で確認終わりましたと告げてきた。良い笑顔だね。
俺は気持ちを切り替え神官長を見る。
9/26 改稿しました。
婚姻契約を補足的に加えました。分かり難い文章でしたら申し訳ないです。