ダルの願い 義兄視点
今回の調査で、王族と主幹家臣の関与が判明もしくは示唆する証拠が見つかれば良いのですが。
クリスフォード阿呆の証言は心許ないので確たる証拠が必要なのです。
いまだ全貌の見えぬ敵に翻弄される日々は地味に疲労が増していきます。一つ一つ潰しに掛かるしかないのも後手ですね。
「主、薬が効き始めましたが、少々時間が必要です。暫しお待ち下さい」
「…‥仕方ありませんね。口の痺れが取れるまで待ちましょう」
ギルガはギウに任せて、私は思考の海にとっぷり浸りましょうか。
雑多な記憶を振り返り置かれた環境を見直します。
義父上は、敢えて策謀に乗ることで陛下や三公爵の目を欺かれ…言葉が適切ではありませんね、傍観です。ふふ、ご隠居様の如く傍観者のお立場を選ばれました。
‥‥私と言う手足を得て、です。
レティを守る役を託されるまで…漸く私は義父上に認められたのです。
ふふふ、感無量とはこういう気持ちですか。
義父上は契約魔法によって、陛下を裏切れません。
それを私は呑気にも、陛下に忠実な義父上の『忠誠心』だと誤解していました。
事実は糞野郎契約で締結された独裁的支配に過ぎなかったのです。
事実を知った私の国や陛下に対する己の幻想が脆く崩れ去りました。
義父上は国に忠誠を誓うお方ですのに、踏み躙られた気がしますね。
契約で縛られた義父上がお気の毒です。
‥‥陛下は臣下を信じられないのでしょうね。
契約を解術する方法は、
『当主交代』新たに守秘契約が課せられる。それと『当人の死』だと聞きました。
引っ掛かるのは『当人の死』。この当人とはどちらを指すのでしょうか。
頃合いを見てレティに王家の真実を教えます。ですが今ではありません。
王家と神殿が、理由はどうであれ結託しているのです。暗闇に蠢く悪しき性根の者がどこに潜んでいるのか。周囲の思惑が読み取れない今、安易に動くのは悪手でしょう。
私はレティに一縷の望みを持っています。
『契約魔法の無効化』あの子なら可能でしょう。魔法術の動力は魔力です。
他者の魔力を奪いと‥‥吸収可能な能力を有するのです。出来なくはないと思います。断言できないのが痛いですが。
ギルガの手の紋章も一種の契約魔法でしたから、それを吸収できたのです。
本音を言えば、レティの能力を使いたくありません。
ですが、もし、仮に、あの子が隷属の契約を結ばされたらと思うと不安で不安で堪りません。
当人の使える手段が増えることは善い事ですよ。身を助けられますからね。
折角、貴重な実験体が二体いるのです。試す価値はあるでしょう。
偶然知り得た王家の契約魔法。貴重な情報提供者に感謝ですね。と言ってももう身罷ましたが‥‥。残念です、せめて神殿深部の情報を漏らしてから旅立たれるべきでしたよ、己の仕出かした責任を取らずだなんて、とんだ無責任なお方です。
とは言えど、契約の情報を寄越したのは償いの気持ちでしたか。
…‥陛下に尽くした総神殿長。心よりご冥福をお祈りいたします。
「若君、協力を申し出た身です。計画をお教え下されば私も動きやすいのですが」
恐る恐るの態で、話すダルの言葉で現実に引き戻されました。そうです、彼の話も聞かなくてはいけません。
「‥‥ダル、申し出は感謝いたします。その前に義母上との交渉内容を教えなさい。私の話はそれからです」
勿論、倒れても働いてもらいます。ああ、回復薬ぐらい飲ませますよ。遣い潰せば困るのは私です。それぐらいの分別はあります。
ふふ、優秀な彼の協力があれば仕事は捗るでしょう。良い人を寄越して下さってありがとうございます義母上。
「はい。公爵夫人からはお二方の安全と協力を。勿論、守秘の契約魔法を結びますので他言できません。私からは‥‥ジオルド様の、救出でございます」
「…‥仮初であっても‥‥主思いですね」
やはり彼のためでしたか。余程の恩義を感じてか、本来の潜入目的のためか。
「お前を派遣した義母上は元よりそのおつもりです。親の意を汲むのも子の役目。良いでしょう。だが、優先順位は私が決めます。いいですね」
「はい」
「守秘契約はギルガもです。同時に行います。ギウ、準備しておきなさい」
必要以上、手間暇かけたくないので、一括で終わらせます。
「ダル、あれから情報を掴みましたか?」
「…碌に得れずに申し訳ございません。本邸にも領地にも戻れず、ジオルド様の部下に紛れ込んでいた者すら特定できておりません。誰が味方で敵か、わからないのです」
情報入手が上手くいっていないですね。ダルは単独の諜報員でしたか。他に協力者はいない‥‥から私に。
「‥‥ふむ。手下については今更です。既に逃亡の可能性が高いですからね。それよりも動機です。殺人罪が確定と聞きましたが、その理由は? 供述内容は掴んでいますか?」
そうです。私と彼の御仁の接点は無きに等しいのです。二人の間に確執も何もない、動機が何か私としてはそちらが大変興味深いです。
「それですが公爵夫人の手の者の調べでは‥‥そ、その‥…」
「何ですか? 歯切れが悪いですね。はっきり言いなさい」
「…‥あのう、聞かれても‥‥お怒りにならないとお約束頂けますか、でないと私の口から申し上げるのは憚れます」
その物言い、イラっとします。
怯えた表情に、更にイラっとしました。
「…‥いいでしょう。話なさい」
「…あぅ、きょうがおれのめいにちかも‥‥」
よく聞き取れません。何ですか。顔色が悪いですよ。
「‥‥じょ、…‥ち、…‥ゴボッ、フゥ…。一人の女性を巡る痴情の縺れ‥‥と、もう一つは、ご子息が卑劣な罠により陥れられた…報復が動機と供述書にはあったそうです」
はっ?
「‥‥よくわかりませんね。謂れのない罪を被せられるのが冤罪ですから。ですがわかるよう言いなさい」
どうでもいいですが、ダル、額の汗が酷いですね。汗はしっかり拭わないと臭いますよ。レティの前で臭ったらハイデに消毒させますからね。