宿にて
「ジェフ。捨ててきなさい」
「‥‥若、捨て犬を拾ってきたみたいに言わないで下さい。わかりました。どこかの娼館に捨ててきます」
本当に捨てられていた場所に戻すみたいなノリでジェフリーは暗示に掛かった二人組を違和感なく酩酊状態にするため片手にハイデさん調合の薬と共に宿を出て行った。
‥‥ジェフリーへの雑な扱いを見てしまった気がする。そんな扱いをされても文句も言わず従う彼の日常が暗に想像出来てしまって、ちょっと目頭が熱くなる。
上司って選べないよね…。鬼のような義兄に酷い仕打ちをされてもめげずに仕える彼は良い部下だよなぁと部屋を退出した彼の後姿を見ていた俺にハイデさんは容赦なく追い打ちを掛ける。彼女の放つ言葉は辛辣だ。
「アレは若様に雑に扱われるのを無上の喜びとする変態です。能力はある男ですので問題ないかと」
…‥いや、ハイデさんよ、問題ありまくりじゃね?
それにシレっとバラされた彼の特殊性癖。ハイデさんは鬼か。
待っている間に、予定が大幅に狂ってしまった調整を行いたいとギルガの申し出で話し合うことになった。これで俺と義兄の話し合う時間はまた後回しに。
仕方ないと理解しているがフラストレーション溜まりそう。はぁ‥…
「では話し合う前に‥‥ハイデ、お茶の用意をお願いします」
「はい、若様。お嬢様申し訳ございません、少しばかりお手伝いお願い出来まんか」
この部屋は二人部屋でシンプルなベッドが二つとテーブルに椅子が二脚しかない本当に簡易な客室だった。今は隣室の椅子を持ち寄って座れるようにしているが大人が集まると部屋が途端に狭苦しい。息苦しく感じる部屋で待つのも嫌だったのでハイデさんの申し出に喜んで飛びついた。
部屋を出る時に茶葉は義兄の荷物にあるので実際するのは茶器の準備とお湯を沸かすことと‥‥水の浄化。
一体何のことか尋ねながらハイデさんと二人厨房に向かう。
町の水は井戸の水を大甕に溜めて各家庭で使用していると言う。この宿の厨房も同じく溜めた水を使用する。ハイデさんはそれでは美味しいお茶をお出しできませんからと円筒を取り出し中に水を注いだ。
「お嬢様、これは液体を浄化させる魔道具です。水筒型の浄化魔道具は既製品ですがこれは若様が改良された物で保温と保冷、どちらも可能で高性能です」
「ええ、お義兄様が? へぇ‥‥」
くすっとハイデさんに笑われたが俺の関心の度合いが通じたのだろう。
「若様は剣士の腕もですが、魔道技師としても高名を得ていらっしゃいます」
俺の知らない義兄が、どうやら帝国では当たり前に知られているのか。
ハイデさんは「王国内の方が知られていないのですよ。皮肉ですね」と笑っていたが彼女も何か思う事があるのだろう。暗に王国非難の言葉に聞こえてしまう。
レティエルもそうだがこの国は俺達公爵家を蔑ろにし過ぎじゃなかろうか。
政敵のいる高位貴族だからと言ってしまえばそれまでだが、どうしてもこの国に対する評価は厳しくなる。多分、気持ちは離れてんだよね‥…もう。
ーーーーーーーー
コンコン
「お義兄様、御用意が出来ましたわ」
「ああご苦労だったね。入りなさい」
義兄の声が穏やかなこともあり何も考えずに部屋に入ると‥‥‥
ギルガが縛られて床に転がされていた。
あー俺も慣れたのか、然程驚きはしない。
何となくだけど義兄がギルガを疑っていると感じていたから、いつかこうなるだろうなーと薄々予感はあった。
でもまさか、今だとは思わなかったよ。
ああ、ハイデさんが俺を連れ立たせた理由がこれか。
捕縛時に俺に被害がないようにしたのか。
「‥‥はぁお義兄様、今度はどうされましたの? ギルガが何か阻喪でも?」
「ムグゥ…グゥ…グウウ…」
必死で何か喋っているんだけど‥‥全然わからん。取り敢えず微笑んでおこう。
俺に助けを求めても無駄だ。義兄に逆らう気は一切持ち合わせていないのだ。
俺も我が身が可愛い!
「お嬢様。お側に寄ると穢れますので。こちらへ」
辛辣さは相変わらずな彼女に誘導され義兄の横に座った俺にお茶を淹れてくれる。うん、通常運転。
義兄も穏やかな表情で「驚かせたかなレティ? ごめんね」こちらも通常運転。
うん、慣れたわ。ちょっとおかしいこの人達の相手をするのに一々感情を揺らぎらせれば俺が摩耗する。気にしては駄目なやつだ。
「さぁ、先ずは食後のお茶を楽しもうね。これは君の好きな茶葉だよ。飲みなさい」
「ムグゥゥ‥‥」
「ありがとうございますお義兄様‥‥あら本当、良い香りですわ」
「ググ‥‥グゥ」
「あ、ハイデも一緒に座って。お茶を飲みましょう」
「ヌググ…グゥ」
「いえ、私は控えております」
「グゥ…‥」
「ハイデ、構わないよ。レティの横に座りなさい」
「グ‥‥‥」
「はっ! 畏まりました。では失礼いたします」
「…‥‥」
「漸く静になりましたね。ではそろそろ正体を白状してもらいましょうか」