携帯食
「少しでも口にした方が良い」
「‥…あのお義兄様これは? 宿の食事ではありませんよね?」
「ああ、これは帝国の携帯食だ。湯で溶けばそれで食せる」
「えっ? 携帯食‥‥ですか?」
目の前にスープなのかリゾットなのか、よく見ると押し麦とか穀物とか何かいろいろ入って美味しそう。
…‥でも、どうして義兄がこんなものを?
「お嬢様、携帯食や医薬品は隠密護衛の常備品です。これは我等が所持していた固形食で先程若様が宿の厨房を借りてお作り下さりました。ご安心してお召し上がり下さい」
優し気な微笑で告げるハイデさんは良いお姉さん、さっきの闇を含んだ人と同一人物だとは思えない。女性って怖っ!
「えっ、お義兄様がお作り下さったの? お料理がお出来だとは知りませんでした」
「ふふ、そうだね。この国では魔物討伐自体がないから討伐隊を組んで野営を行なったりしないからね」
何とビックリ。
帝国では魔物が出るんだって!
王国には魔物がいないだけに驚いた。精々野獣ぐらいだよ。
義兄は留学時代、授業以外にも魔獣狩りをしていたという。腕鳴らしと素材が欲しくて調達に狩り捲っていたのだと。
お祖父ちゃんの私兵団に同行したのが切っ掛けで料理を始めた。何でも出される食事の味が酷く満足しなかったのが理由だそうだ。
そういや義兄って拘る人だったよね。ふーん。
「ふふ、お嬢様。若様の腕前はプロ並みでございますので携帯食でも美味しく頂く事が出来るのです」
偉く褒めるハイデさんの言葉に半信半疑ながらも出された食事に手を付けた。
‥‥まあ、期待してないけど‥…
「あっ、美味しぃ」
流石に携帯食と専門シェフの腕とは比べられないが、それでも素直に美味しいと言える。熱すぎず丁度いい加減の温度で提供された、いい塩梅さ。
一騒動の後にホッと一息つける柔らかい味わいと温かさに緊張が解ける。
ギルガなんて「こ、これがあの携帯食の味ですか!?」と目をパチクリ瞬かせて驚きを隠そうともしない。
ふむ、それほど違うのか。
ここに来てまた俺の知らない義兄の一面を垣間見た。本当この人、何者なんだろうね‥…公爵家の子息とは思えない多彩さに呆れを通り越して薄ら怖いわ。
腹の足しになったところで忘れてはならないお話があるのだ。
先程は突然の義兄の攻撃ですっかり忘れてしまっていたが公爵家が今大変な目に遭っている元凶って確かこいつ。
この機に問質さねばと肩に力が入りそうになる。
だが未だギルガが側にいるのだ。彼の前で迂闊な話は出来ない。どうにかして彼に席を外してもらい俺の疑問を解消せねば。
義兄も俺の物言いたげな顔に気が付いたか、それでも自らは口を開かない。
ちょっとお預けされた気がして思わず「むう」と口を尖らせてしまった。
短めです。