若年層貴族生活指導センター
輝くシャンデリアの下、楽団が華やかなワルツを奏でる。着飾った男女は楽しげに語らい、踊る。一段高いところには王族の姿があり、こちらもワインを片手に語らっている。
きらびやかなパーティは、鋭い声に遮られた。
「アイラ!国王主催のこのパーティの場を借りて、貴様との婚約を破棄する!」
身なりのいい青年が、目の前で立ち尽くす少女を指差した。
「貴様はこの麗しの聖女マリーを妬み、いじめ、命まで奪おうとした!そのような女はこの王太子レオンの王妃にふさわしくない!即刻この国から立ち去れ!」
「そ、そんな、レオン様…!私はそんな罪深いことはしておりません、なにかの間違いです!」
美しいドレスに身をつつんだ金髪の少女、アイラは、思わずレオンに取りすがる。
「アイラ様!罪を認めて!心から謝ってくださったら、私…」
レオンに抱き寄せられているピンクの髪の乙女が、涙ながらにアイラに手を差し伸べる。
「…マリーは優しすぎるのだ…ああ、私のマリー」
周囲の男女は目を見張り、三人を遠巻きにしている。貴賓席の王族たちも言葉を失っているようだ。
「レオン様…私は…!」
「はい、まずはここまで。パーティでの婚約破棄、大変な事態ですね、恐ろしいことです」
映写機を止めた男は、身なりの良い若者たちが並ぶ貴族学園の講義室を見渡した。
好奇心いっぱいに見つめる者、口を半開きにしてぼんやりしている者、興味をなくして爪をいじっている者、目を開けて寝ている者…まあ、いつもおなじような光景だ。
「みなさんね、これただのフィクション、ドラマだと思ってるでしょ。これは何年か前に起こった実話を元にしてますからね。あ、人物の名前や状況は変えてありますけどね」
生徒たちは戸惑ったように顔を見合わせた。こんなバカげた状況になんて陥るわけがないと思っていたのだ。空気が変わったのを察した男は、畳み掛けるように続けた。
「自分には関係ないと思っていてはダメですよ。みなさんは、軽微なルール違反、マナー違反を重ねたため、私たち『ナロウ王国若年層貴族生活指導センター』の講座を受ける事態となりました。つまり、あなた方は『潜在的ざまあ予備群』なのです!」
ナロウ王国若年層貴族生活指導センター指導員は、銀縁メガネをくいっと持ち上げ、冷たく笑った。
映写機が、魔石に記録された映像を再び流し始める。
「ほう、なんの証拠があってアイラを断罪したのだ?王太子レオンよ」
「あ、あなたは…留学生のギャレッド様!」
「美しい人、ようやく私の想いを伝えることができるよ」
「な、なにを!お前はいったい」
「私は実は隣国の皇太子なのだ!」
「えっ、あなたが皇太子様?!私、聖女なの!あなたのお国に連れて行って!」
「ふっ、お前は偽物の聖女だ!本物の聖女は…アイラ、君なのだ!」
「わ、わたしが、聖女…」
「さあ私の妻になっておくれ、我が愛!」
「はい、なんだかんだあって、こんなことになりました。この後、この国は帝国に聖女を奪われ、病気が蔓延し、作物は枯れ、天変地異が起こり、魔物に襲われて滅びました。悲惨ですね、怖いですね。このような事態に陥ったのは、なぜでしょう。はい、最前列の男爵令嬢ローズさん!」
指導員に指名され、ぽかんとした顔で映像を眺めていたピンクの髪の男爵令嬢がおどおどと立ち上がった。
「あの、えっと…まず、国王様主催のパーティであんなに大声出すのは良くないと思いまぁす」
「すばらしい!基本的なところに気が付きましたね。そうです、レオン氏は王太子。王族主催のパーティではホスト側にあたります。無礼というより、非常識です」
指導員は黒板に大きな字で【パーティ 断罪 ✕】と書いた。
「そもそもパーティは人を断罪する場所ではありません。もちろん、ワインを引っ掛けたり女の子に声をかけまくったり気に食わない人をベランダでひっぱたいたりする場所でもありませんよねえ」
じろりと睨むと、何人かがうつむいた。
「ローズさん、よく指摘してくれましたね。他になにか気づいたことは?」
ローズはほっそりした指を口元に当てて首を傾げた。
「んー…聖女マリー嬢はレオン様の髪の色のドレスを着ていましたぁ。よくある手ですけどぉ、婚約者のアイラ嬢に対する宣戦布告ですよねぇ」
「よく気が付きましたね!さすがは貴族学園の薔薇!」
称賛すると、ローズはにっこりと花のように微笑んだ。
「つまり、あなたはパーティの意義やドレスの色の意味するところを理解するだけの知能があるということ。『ローズわかんなぁい』とか『わたしこの色が好きなだけなのぉ』というのは言い訳ですね?」
「うっ」
ぎりっと唇を噛むローズの顔は、別人のように険しく猛々しい。棘だらけのローズの姿を、貴族子息たちが冷や汗をかきながらこっそり見つめていた。
「天真爛漫な薔薇姫ローズ嬢が…」「こわい…女ってこわい…」
「次は…手が上がってますね。公爵令息シャスタさん?どんなことに気が付きましたか?」
小太りの青年が勢いよく立ち上がり、早口でまくしたてる。
「お、王太子レオン氏のセリフなんですけど、『王太子の王妃』って表現はどうかと。まだ即位してないので、『王太子妃』ですよね常識的に。まるで国王の退位が迫っているようで不敬ですよ。それに、レオン氏はアイラ嬢に対して国外追放を命じていましたが、越権行為です。国王もおられる前ですので、最悪反逆罪かと。あ、それから聖女は成人後に教会から指名されるので、マリー嬢は聖女とは断定できませんね、これも越権行為、それから彼女にはさらに高位貴族に対する不敬罪が適応…」
「…あ、シャスタさんは法務大臣のご子息ですね…はいわかりました。大変細かいご指摘ですがそのとおり。なぜあなたのようにルールに詳しい人がここに?」
「わ、わたしは、昨今の貴族女性のドレスコードについて思う所あり、あまりに不適当なドレスを身に着けている女性に指摘、指導をしていたところ…」
「はいありがとうございます。細かいところが目につくのはいいことでもありますが、大きなところにも意識を向けましょうね。そもそも聖女だろうがなんだろうが、人前で女性が王太子に抱かれている時点でありえないことですよね」
指導員は黒板に【広い視野 公正な心】と大書きした。シャスタは真っ赤な顔をしてドスンと椅子に座り込んだ。
「はい、他に気がついたことは?そこの、騎士団長子息ガルバスくん?」
赤毛の大柄な青年が、大きな体を小さくしながらモジモジ立ち上がる。
「ご、護衛騎士はどうしてたのか、気になります…。王太子とはいえ、アイラ嬢に対する態度は、どうかと…」
「なるほど!護衛騎士としては注意すべき場面でしたね。これは女性に対するマナーの問題を超えた、公共の場での暴力行為です。ガルバスくん、この場面を見てどう思いました?」
「は、はい…王太子を抑えるため、割って入るべきだったかと…」
「…あー、違いますねえ。考えてください、王族主催のパーティです。護衛騎士が動くと大問題になりますよねえ」
「は、はあ…」
ガルバスの額に汗が浮かんだ。
騎士団長の息子ガルバスは、将来を期待されている騎士の卵。大きな体と卓越した剣術で、貴族学園の自警団を自称している。どんな小さなトラブルでも駆けつけては威嚇して制圧するので、周囲からは密かに「貴族学園の狂犬」と呼ばれていた。
「護衛騎士は存在するだけで周囲を威圧するものです。特に、このパーティは外国の方も大勢いる模様。不測の事態が起きれば、国際問題になりかねませんね」
指導員は映像を巻き戻し、パーティに参加している人々の異国風のドレスや髪型を光魔法で示した。
バンと机を叩き、ガルバスが大声を上げた。
「では、どうすればよかったのですか?!アイラ嬢は一方的に弾劾され、傷つけられました!騎士は女性を守るべき存在ですよね?」
「…そうですねえ、本来ならこのような状況になる前に対処すべき問題でした。護衛騎士は王太子に常に付き従うもの。事前に状況を把握し、しかるべきところに相談すべきでした」
指導員はため息をついき、黒板に【正義 一歩止まって考えよう】と書き込んだ。
「…どんな場でもただ正義を成せばいいというものではありませんね。騎士が力を示すのは、最後の手段。その意味を今一度考えてください」
何度も映像を繰り返し、解説を加え、時には討論しながら、ナロウ王国若年層貴族生活指導センター指導員の講義は続いた。
権力を振りかざしたり、仲の良い男女に割り込んだり、こそこそ誰かの悪口を言いふらしたり。貴族学園はちょっとしたルール違反やマナー違反だらけだ。学生だからと緩んだ気持ちでいるうちに、取り返しのつかないことになってしまった王太子レオン(仮名)の物語は、彼らの意識を少しずつ変えていった。
チャイムが鳴った。指導員はパンと手を叩き、にっこりと笑った。
「はいみなさん、お疲れさまでした。ナロウ王国若年層貴族生活指導センターの講義『婚約破棄の危険予測』はこれで終わりです。みなさん、明日朝今日の講座のレポートを提出してください。提出されない場合は魔獣が直接受け取りに参りますので、そのおつもりで」
未来ある貴族の若者たちが講義室を出ていく。この中の何人の心にこの講座が届いただろうか。短い時間ではあるが、地道な講座がこの国の明るい明日につながっていると、ナロウ王国若年層貴族生活指導センターは信じて日々広報活動に努めている。
ナロウ王国若年層貴族生活指導センターの活動を支える「ナロウ国生活安全指導協会」のへのご入会は、貴族学園中央事務室までお問い合わせください。




