この鏡はいつも、嘘をつく
時々“各務”とか“加賀見”という名前は目にするが、そのまま“鏡”という名前は珍しい。少なくとも、私は彼と彼の家族しか知らない。
「鏡よ鏡、世界で一番可愛い女の子はだぁれ?」
鏡はちょっと目を逸らして答える。
「……たぶん、2組の野々宮さん」
「こらぁ、微妙にリアルな回答すんなー!」
「俺、正直者なんで」
そんなやりとりも楽しかった。
私が、事故で顔に大火傷を負うまでは。
「とにかく良かった。ほんと、美々香が生きてて良かった」
「……だけど、こんな顔じゃあ、もう鏡のお嫁さんになんて、なれない……」
あふれる涙が止まらない。遠い昔にした約束。
「なら聞いてみろよ。正直者の鏡さんによ」
「え……?」
鏡がちょっと目を逸らす。
すぐに分かった。鏡は嘘を言うつもりだって。
だけど私はそんな嘘でも言って欲しくて、恐る恐る口を開く。
「か……鏡よ鏡、世界で一番可愛い女の子は、誰……」
彼の目を見れない私のアゴを、大きな手がガシリとつかんで上を向かされる。そこには真剣な2つの目が燃えていた。
「それはお前だ、美々香。いつか“鏡美々香”なんて冗談みたいな名前になるお前だ。言いづらくて“みみみ”って略したくなるお前だ。まったく良い加減にしろよ? ガラにもなく落ち込みやがって……!」
私の目から、違う涙があふれてくる。あふれて、あふれて、止まらなくなる。
「へへっ……もう、“みみみ”なんて、逆に言いづらいよ……」
だけど私は現代医療を甘く見てた。何とその後の手術で、私の顔はきれいさっぱり治ってしまったのだ。
「えへへ……どうかな。前より美人になった?」
「いや、前の方が良かったな。何かこう、顔の形が左右非対称になったんじゃないか?」
「そんなわけあるか、ボケぇーー!」
ちょっと目を逸らしてうそぶく彼の横顔に、私の本気の拳が炸裂する。
彼の顔が非対称になるまで殴りながら、私はこの魔法の鏡に感謝するのだ。
まったく、この鏡はいつも、嘘をつく。
お読み頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたでしょうか。
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