ハルさんとシッシーのお月見
武頼庵様企画『月とのお話し企画』に参加させていただきました。
ハルさんとシッシーのお月見
涼やかな夜風の中から、リーリー、リーンリーンと秋虫たちの大合唱が聞こえてきます。
夜空を見上げれば、のぼりたての十五夜の満月。
今夜はハルさんの家でお月見です。
ススキを飾り、三方にのせた山盛りの団子をしずしずと運んでくると、ハルさんは月に向かって手を合わせました。
「月を見てると、本当に心がしずまりますなあ」
ハルさんの横で、うっとりとつぶやく大きな身体は、河童の三太郎の父ちゃん。
「月もきれいだけど、オレは、早く団子食いてえな」
山盛りの団子から片時も目を離せないでいるのは河童の三太郎。そして待ちあぐねたように大きなため息をつきました。
「それにしても、ヨウカイのやつ、おせえなあ」
「ほんとだねえ。いつも真っ先にやってくるのにね」
お月見の後は、お供えした団子を、みんなでいただきましょうと、ハルさんは、イノシシの友だち、シッシーや、河童の三太郎や父ちゃんも誘ったのでした。
天狗様にも声をかけたのですが、天狗様はとても残念そうにこう言いました。
「すまない、ハルさん。今夜は東西南北の山の天狗たちが、月の客で呼ばれているのでな」
―ああ、天狗様たちもお月見なのね。
この、こうこうとした満月を四人の天狗様も仰いでおられるのだなとハルさんは思いました。
「それにしても、シッシーはおそいねえ……」
ハルさんが最後まで言い終わらないうちに、ザクザク聞きなれた足音が聞こえてきました。どうやらだれかといっしょのようです。
やがて、シッシーの後から、一羽のうさぎがひょっこり顔を出しました。真っ白な犬のように大きなうさぎです。
「ハルさん、すまん。変なうさぎがついてきちまった」
「変じゃありません。月のうさぎです。月の神の使いです」
大きなうさぎは、怒ったように鼻をならしました。
「月の神様の使いって? あんた、月からやってきたのかい?」
ハルさんが驚いてたずねると、うさぎは、あたりまえといわんばかりにこっくりとうなずいてみせました。
「そうです。今夜はお月見。いつもみなさんが団子やススキでもてなして下さるので、今夜は月の神様が、みなさんをぜひおもてなししたいといわれるのです。そのご案内にやってきたのです」
「へっ? 月の神様が?もてなしてくれるだって?」
シッシーが驚いたように問い返しましたが、うさぎは、山盛りの団子を前に身じろぎもしません。
「なるほど。これがお月見団子というものですね」
うさぎは団子をひょいとつまみあげ、ほおばると、もぐもぐと口を動かしました。
「うん、うまあい! こりゃたまらんな」
ひとつ、ふたつ、みっつとお団子の山はみるみるくずれていきます。
「やい、こら、いいかげんにしろ!」
「食いしん坊うさぎ、俺たちの分がなくなるじゃないか!」
シッシーと三太郎は大あわてです。
やがて、満足したのかうさぎは言いました。
「大丈夫です。減った分は必ず増えますので。ごちそうさまでした。今夜はわたしも体力がいるものですからね。それではどうか、ごゆっくりと月をながめていてください」
そういうや否や、うさぎは白い光となって、一直線に月の方へと消えていきました。
「あいつ、正真正銘の月のうさぎだったんだな」
「これから何が起こるんだろう」
ハルさんたちがかたずをのんで見守っていると、やがて十五夜の月に、くっきりと、餅つきをする大きなうさぎの影が浮かび上がりました。
ぺったん、ぺったん。小気味よい音が、今にも耳元に聞こえてきそうです。
つきあがったお餅を、小さなうさぎたちが丸めて、手分けしながら、投げるような仕草をしたと思ったとたん、ひゅんとお餅が飛んできたのでした。
すかさず、三太郎の父ちゃんが、ナイスキャッチ!
「こりゃあ、つきたてのほやほやだよ」
それからもどんどん、お餅は飛んできました。
ハルさんはお盆でキャッチ、シッシーは口でキャッチ、三太郎は頭のお皿でキャッチ。
お団子どころではない数のお餅が集まりました。
ようやく落ち着いたころを見計らって、口に入れると、それはふうわりととろけるように甘くて、元気がみなぎってくるような味なのでした。
月の客。ハルさんの頭に、ふと天狗さまが口にした言葉がよみがえりました。
―そうか。今夜はわたしたちが月のお客様なんだね。
今夜だけは、お月様のお使いうさぎたちが、ひと晩中お餅をついて、丸めて、投げておもてなしをしてくれるのでしょう。
「お月様、ありがとねー」
ハルさんは月に向かって思いきり大きな声で叫びました。
「ありがとう!」
「最高においしかったー」
「また来年なー」
シッシーも、三太郎も、父ちゃんも、思い思いに叫んでいます。
月はますます高く昇り、十五夜の夜空を、ほの明るく照らし出していました。