第六話 頼れる女
「では、あなたは本当に医者であると?」
「ああもちろんだ。諸事情あって、身分を証明できるものが手元にないんだが……」
俺はやはり、堂々と嘘を突き通した。
「あと、こっちのサリアも医療補助者だ。だからリンドゥが重罪に問われることはない。」
勝手にサリアの身分詐称もしておく。
サリアの目尻が釣り上がったが、そんなのは無視だ、無視。
と、リンドゥが面白いことを口走った。
「ご夫婦で医療従事者とは、もしや、ご主人は名のあるお医者なのか?」
「ふ、夫婦ですって!?」
仰天したサリアに、リンドゥが怪しげな目を向ける。
「む、違うのか。先ほど、この小屋でふたりで着替えをしていたようだったが……」
ぎくりと震えるサリアの肩。
着替えという、裸を見せる行為をしていた以上、その人間は、配偶者同士でなければありえない。
「そ、その通りですわリンドゥさん。この人は私の旦那様で、王都で開業医をしておりますの」
口元をひきつらせながら、サリアはどうにか笑顔をこしらえた。
ここまで嘘を塗り固めたら、もう後戻りはできないだろう。
***
「私は、ある目的を果たさねばならない。だが、あなた方への恩義は返したい」
リンドゥは、毅然とした顔で宣言した。
「この森を出るまで、差し障りなければ護衛を務めさせて欲しい。その先の目的地が合うようなら、以降の護衛も買ってでたい」
ありがたい申し出だが、断らざるをえない。
俺とサリアは身分を偽っている。正体や、俺のスキルを知られるのはまずい。
森を出るまで行動を共にして、その後は体よく別れるといのが、一番穏便に済むだろう。
「ありがとう。では、森の出口、ヤーラムの町まで一緒に行きましょう」
サリアも同じことを考えたようだ。
そして、このまま出口に向かって行くと、ヤーラムという町に着くらしい。
***
「ところで、気になっていたのだが」
リンドゥが俺に、改まって何かを聞こうとする。
「彼女なら募集中だ」
「奥さんの前で、堂々と浮気宣言か」
笑い飛ばすリンドゥ。
隣でサリアも引きつった笑いを顔に浮かべている。
「聞きたいのは、私が襲いかかってしまった時のことだ。私の武器を、不思議な力で消し飛ばしただろう?」
「すんません。弁償します。サリアが」
「私なの!?」
リンドゥは再び笑い飛ばした。
「あの斧は小屋で拾ったものだ。だから弁償は不要だよ。それより純粋に、あの力について知りたいんだ」
「いやあ、なんと説明していいものか」
実際、どこまで話していいんだコレは?
リンドゥは勇者信仰のない大陸の出身らしいが、だからって、そう簡単に吹聴していいとは思えない。
何か良からぬ事態に繋がる危険がある。
そういう気がしてならないのだ。
「いや、やはり人には言えない力だったか。済まなかったな、聞いたことは忘れてくれ」
物分りの良い褐色乙女のリンドゥさん。
助けてよかった。
王女やら騎士やら魔導師と違って、この人は純然たるいい人だ。
(むしろ俺、このままリンドゥに着いてくべきなんじゃないか?)
事情を知ってる腐れ王女より、事情を聞かずにいてくれる褐色蛮族さんのほうが、遥かに頼りになる気がする。
そんなことを考えていたら、サリアに頬をつねられた。
「そろそろヤーラムに着きますよぉ」
恨みがましい目で俺を見るサリア。
俺の思考は駄々漏れだったようだ。
サリアは小声で、俺にささやく。
「ゾチャリ族には、あまり肩入れしないで。厄介な掟が多数あるうえに、彼女は何者かに呪いを受けていたのよ」
ああ、確かに呪いの件はヤバそうだ。
どんな奴らが関わってくるのか、ろくでもないのは確定だろう。
「何にせよ、彼女とはヤーラムの町で――」
「伏せろふたりとも!」
リンドゥの怒声が轟き、とっさに俺とサリアは地に伏せた。
最前まで、俺たちの頭があったところを、瞬速の矢が飛んでいく。
「ふん、躱しやがったかい」
ふてぶてしい声とともに、荒くれ者の男女が7人、俺たちの前に立ちふさがった。
「盗賊、か?」
ちらりとサリアに目線を送る。
サリアは表情を強ばらせ、小さくこくんと頷いた。