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深夜の図書室

 時計は静かに、そして確実に時を刻み、時刻は午前3時10分を指していた。


「……結局、めぼしい情報は最初にデル様が見つけたものだけでしたね」


 関係ありそうな本全てに目を通したけど、他に得る物は無かった。


「うむ。ヴージェキアの功績についての記述はあったが、本人に関するものは皆無と言っていいな。ま、当たり前と言えば当たり前の話だ。召喚人はその者自身ではなく、持つ技術をあてにして呼ばれるのだから」


 長い腕と脚を組んで、椅子にもたれるデル様。


 調べ物の邪魔になるからか、長い髪を後ろで一つに結わえており、夜着のシャツと相まってなんだか新鮮なスタイルだ。


(うーん、セクシー)


 思わず、オジサンみたいなことを考えてしまう。こんな美丈夫が私の婚約者だなんて、いまだに夢なんじゃないかと思う時がある。

 あっ、ちなみに私はクラスTシャツと高校ジャージだ。10年前、トロピカリの掘っ立て小屋に置いてきたのを、サルシナさんが回収して保管してくれていたのだ。相変わらず着心地抜群である。



「――私の推測では、ヴージェキアは人間としての寿命を終えた後、何らかの理由で冥界から蘇った。そして、何らかの理由でセーナを狙っている。そういう線が高いと思っている」


「確か、冥界に行った者には選択肢が2つあるんでしたよね。転生するか、そのまま冥界に住むか。私はデル様と結婚するという理由があったので、例外的にこの世へ出られましたけど。一体ヴージェキアはどうやったんでしょうね?」


「これも推測になるが、当時の魔王ペリキュローザが一枚かんでいるのではないかと思う」


「……デル様のおじい様ですか」


「ああ。彼はヴェージェキアを気に入っていたと書いてあったし、史実によればかなり粘着質な性格だったようだ。考えたくないことではあるが……彼女の死を受け入れられず、秘密裏に冥界から連れ出した可能性はある」


 苦虫を噛み潰したような表情のデル様。

 脚を組みかえ、深いため息をついた。


「魔王としての職権を乱用した、ということですか?」


「そうだ。ただ、それはあってはならないことだ。死んだはずの者を好き勝手に連れ戻しては、現世が混乱する。理由も無くしてはいけないことなのだ。……ペリキュローザには当然妻がいたし、史実によれば恐妻家だったようだから、公的な方法が取れなかったのかもしれない」


「なるほど……」


 デル様の推測には矛盾が無く、今ある情報をつなぎ合わせると最適解に思える。


 しかし、聞けば聞くほどペリキュローザという人物は身勝手な性格をしているではないか。


「……ペリキュローザ様は、ヴェージェキアを連れ戻すだけ連れ戻して、先に自分が亡くなったんですね」


 なんとも無責任ではないか。


 私もそうだけど、冥界から蘇った者は基本的に不老不死だ。例外として魂の器が無くなるくらい体が粉々になれば別だけど、そうでない限り死にたくても死ねないらしい。

 ヴージェキアさんは、そのあたりを知らない可能性もある。ペリキュローザ様に先立たれ、生きたくもないのに生きているのだとしたら、ちょっぴり可哀想だと思う。


「本来、魔王とは身勝手で欲深い存在だ。身内を擁護するわけではないが、そういう意味では祖父は魔王らしい魔王とも言えるな。もし祖父が私を見たら腰抜けとでも言いそうだ」


 自虐的な笑みを浮かべるデル様。


「……っ、デル様は腰抜けなんかじゃないです! 優しいし強いし、国民みんなデル様が大好きですよ!!」


 デル様が少しだけ目を見開く。


 急いでデル様の隣に駆け寄って、一気にまくし立てる。


「それに、私がここに戻ったのは自分の意思です。デル様と一緒にもう一度生きたいと思ったから。……デル様は独断で私を連れ戻すこともできたのに、そうしなかった。それは私の気持ちを尊重してくれたからでしょう? そういう思慮深い方だからこそ、国民も私もデル様に付いて行こうと思うのです。腰抜けは、奥さんが怖くてコソコソ違法なことをしたペリキュローザ様の方ですっ!」


 こんなにも国民のために身を粉にしている為政者、前世を含めてもいなかった。だから、どうかデル様にはそんな顔をしないでほしいと思った。


 乱れた呼吸を整えていると、ふわりと抱き寄せられる。


「ありがとうセーナ。落ち込んでいたわけではないが、そなたの言葉はとても嬉しい。……私は早くに両親を亡くしているからか、幸せそうな国民――――特に、家族を見るのが好きなのだ。だから争いで彼等が傷ついたり、必要以上の税や徴収で苦しむ姿を見たくない。平和で、十分な食べ物があればそれが一番ではないかと思っている。私の役目は彼等の生活と命を守ることだ」


「……はい」


 デル様が自身の家族について話をしてくれるのは初めてだ。

 彼の背中に手を回し、撫でるように動かす。


「魔王らしくないと言われるかもしれないが、これが私のやり方だ。セーナのように私を理解し、支えてくれる妃を娶ることができ、本当に良かったと思っている」


「一生お側にいますからね」


「ああ、頼む。だから、次のチャンスが来たら絶対にヴージェキアを捕えるぞ。彼女はある意味では祖父の被害者だ。言い分があるなら聞いてやる必要がある。罰はそれからだ」


「そうですね。次、彼女がいつ仕掛けてくるのか分かれば楽なんですが…………あっ」


「どうした?」


「分かったかもしれません。次に彼女が狙って来るのは、結婚のお披露目式です」


お読みいただき、ありがとうございます。

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次回更新は木曜の予定です。

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本作が大幅改稿のうえ書籍化します! 2022/9/22 メディアワークス文庫から発売予定


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― 新着の感想 ―
[気になる点] またセーナさんが「冥界から蘇った」と発言している箇所が2つありました。 [一言] お久しぶりです。結局あの後、2ギガ超えのギガ死になりました(笑) デル様とセーナさんの推理が光る回でし…
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