毒矢
本編(セーナ視点)に戻ります
(ひどい目に遭った……)
デル様の誕生日会はとどこおりなく終了した。
シェフと共同制作した料理、ケーキ、プレゼント。どれもとても喜んでもらえた。――はずだったのに、なぜかデル様は私に謝り、寝室に押し込んだ。
デル様はすごかった。
何が、とはちょっと言えないのだけど。
(滋養強壮にいい食材が、そっちの方向に働いてしまったのかしら!?)
単純に疲労回復をしてもらいたくて、滋養強壮メニューにしたのだ。薬ではなくただの食材だし、量としてもかなり少ない分量だ。それしきで魔王であるデル様がどうにかなってしまう事は、あり得ないと思っていたのだけど……。
とにかく私は意識を失うまで……ゴホン。
目が覚めた今も体中がだるい。うん、もうやめよう。魔王様に滋養強壮は必要ないです。
バルコニーへ続く大きな窓の外は暗く、まだ夜中っぽい雰囲気だ。
隣ではデル様がすーすーと健やかな寝息をたてている。
よぼよぼと起き上がり、ベッドサイドに置いてあるグラスから水分を補給する。再び泥のようにベッドに沈み込む。
(はぁ、明日仕事に行けるかしら?)
不死身の身体とはいえ、普通に疲れるし、痛みも感じる。死なないだけで、感覚器官は働いているのだ。朝までに回復しているといいのだけれど。
ぼんやりと窓に目を向ける。
少々曇っているのか、星は見えない。
(……ん?)
私の第六感が何かを察知した。
窓の外から、何か――――
と思ったその瞬間。
「んっっ!?」
横から強く引っ張られ、ぐるんっと視界が回る。
と同時にガラスが割れる音がした。
静かな夜の帳をぶち壊す、パリイィィィンという場違いに高い音。
舞い散るガラス片がスローモーションに見えた。
ドッッ
1テンポ遅れて、物騒な音が耳元に響く。
頬からシーツの引きつれを感じた。
「ロシナアム! 追え!!」
私を抱き込んだデル様が鋭く叫ぶ。
「承知しましたわっ!」
どこからともなくロシナアムらしき影が現れる。
それは割れた窓から、ひらりと外へ飛び出していった。月に照らされたロシナアムの横顔は鋭かった。
(何!? 何が起きたの!?)
寝ていた位置をチラリと見れば、何が棒のようなものが突き刺さっていた。
1秒前まで私の頭があった場所だ。
「でで、デル様……っ!」
「大丈夫だセーナ。私はここにいる。まだ安心できないから、じっとしているように」
突然のことに、私は無意識のうちにぷるぷると震えていた。ぎゅっとデル様にしがみつけば、強い力でしっかりと抱きしめてくれた。
彼が片手をあげて左右にふると、部屋の灯りがついた。明るくなるだけで少し気持ちがホッとする。
「狙いはセーナなのか……?」
優しく頭をなでる手つきとは対照的に、ドスのきいた声でデル様が呟く。
その言葉で、私は毒菓子事件を思い出した。
犯人はまだ捕まっておらず、半ば迷宮入りしかかっている状態だ。
(もしかして、今回も同じ犯人が……?)
震えがおさまったところで、ゆっくり体を起こす。
私が寝ていた位置には、やはり細長い銀色の棒が刺さっていた。矢、だろうか?
その太さやベッドにめり込んだ感じからするに、当たっていたら確実に脳を射抜かれていたと思う。容赦ないやり方に、ぞくりと背中が震える。
おそるおそる手を伸ばす。
が、すぐにデル様の大きな手で阻まれた。
「触るなセーナ。毒が塗ってあるようだ」
「えっ」
「ここだ。無色透明だから分かりづらいが、何か塗ってある。……暗殺でよくある手法だ」
彼が指差したところをよく見ると、確かに何かヌラヌラしたものが塗られていた。
(一体何の毒だろう……? どうせ今の私には効かないのだから、少し舐めてみたらだめかしら?)
「デル様、少しだけ、なめ…」
「だめに決まっているだろう」
(ですよね)
切れ長の青い瞳が、ジトッと私をねめつける。
「そろそろ警備の者たちが駆け付けるだろう。毒矢は研究所のしかるべき部署に任せなさい。そなたが狙われた可能性がある以上、自ら研究することは許可できない。万一にでも何かあっては困る」
「……分かりました」
ちょっと残念だけど、デル様の言うことはもっともだ。
アラサーともなれば、みっともなくごねるような真似はしない。
デル様の言った通り、廊下から大勢の乱れた足音が聞こえてくる。
部屋の前でピタリとやみ、勢いよくドアが開く。
「陛下、セーナ様! ご無事ですか!?」
青い髪の少年騎士を先頭に、差し迫った表情の騎士たちが飛び込んできた。
(あっ、エロウスだ)
「ああ、大丈夫だ。ロシナアムを追跡に向かわせている。そなたらはこの部屋と、毒矢の調査を」
「「はっ!」」
(……はぁ。怖かった――)
深いため息をつく。
この場は彼らに任せ、私は別室に移動することになった。




