第一王子の反逆【中編】
「……なめるなよ。ハッ、魔族もたいしたことないな」
不敵な笑みを浮かべながらロイゼ王子は立ち上がり、身体を覆っていた黒いマントのようなものを雑に払い退けた。
これを被っていたから、ラドゥーンの炎を防げたのだろう。彼は無傷そのものであった。
彼が雑に払いのけたその黒いマントに――私の目は釘付けになった。
「……それをどこで手に入れた? そなたが作ったものではないな?」
「ふん、答える必要はない」
人間が魔物の攻撃を防ぐ場合、魔物の素材でできた防具を使うのが唯一の方法だ。
素材になった魔物の魔力が高いほど比例して防御力も高くなる。
彼が使ったそのマントは――
(…………)
心の奥底から、仄暗い気持ちが湧いてきた。
と、ヒュオッと空を裂く音が聞こえた。
次の瞬間、こちらに飛んでくる鞭が視界に入る。
指先で風の魔法を使い、その軌道を変える。
あの鞭が危険であることはもう分かったので、もう当たるつもりは無い。
それに自分の体を大切にしないと「せっかく健康になったのだから、身体を大事にしてください!」とセーナが怒りそうだ。彼女のおかげで取り戻したこの健康体を、こんな奴に傷つけられるのは癪だ。
「ロイゼ王子よ、いくつか質問がある」
ロイゼ王子は聞くつもりがないのか、汗を飛ばしながら腕を身体の前で大きく動かし、闇雲に鞭を振るう。
親指と人差し指をすり合わせる。風を生みだし、先ほどと同じように鞭の軌道を変える。
空を斬る鞭が目標物に当たることはなく、パシン、パシンとむなしく床を叩く。
「セーナを誘拐したのはそなたの手下だな?」
「……」
返事がないことは肯定だととらえる。
静まり返ったホールには、相変わらず鞭の音だけがむなしく響いている。
「私を恨み、攻撃するのは勝手だ。いくらでも受けて立とう。だがしかし、セーナを狙ったのは許せないな」
一気に殺気を膨らませ、射殺せんばかりの眼光で睨みつける。
ゆらゆらと、溢れんばかりの魔力がみなぎるのが自分でも分かった。
ゴクリ、と騎士たちが息をのむ声が聞こえる。
「だ、だってそれは……っ!」
「正々堂々立ち向かうと勝てないと分かっていたからではないのか? それが卑怯だと言っている。そんなやつが国王になれるはずがなかろう? ……まあ、何があったか知らないが、結局こうして一人で向かってきたことは誉めてやるが」
殺気をもろに食らったロイゼ王子の額には脂汗がにじみ、金色の髪の毛が顔に張り付いている。唇をかみしめて悔しそうな表情を浮かべていて、鞭は彼の右手からだらりと垂れさがっている。
「セーナに怖い思いをさせたうえ、器でもないのに国を乗っ取ろうとする小鼠が。跡形もなく捻り潰すことなど簡単だが、私は慈悲深いつもりだ」
親指と人差し指の腹を摺合せ、今度は炎を発生させる。フッと軽く吹けば勢いよく飛んでいき、鞭に着弾する。
ぼうっと燃え上がる鞭。瞬く間に使い物にならなくなった。
「……ちっ!」
唇を噛み、鞭を睨みつけるロイゼ王子。着ているシャツは汗でべったりと体に張り付いており、筋肉の乏しいひょろりとした体を浮き上がらせている。
一歩彼に向かって踏みだし、距離を縮める。
「そなたは私に勝てない。そうだろう? 命を奪わないとお前の先祖と約束したから、一度だけチャンスをやる。無駄なことはやめてトロピカリで大人しく暮らせ。元王族ということで住まいも金もそれなりの保障はしているはずだ。そなたの個人的な感情は、そなた自身で解決しろ。二度と馬鹿なことは考えるな」
ロイゼ王子は満身創痍といった表情で懐に手を突っ込み、まさぐっている。
まだ何か新しい武器を出そうとしているのだろうか。
どうやら降伏するという選択肢はないようだ。
(残念だ。だが、もう遠慮はしない。聞き出すことも色々あるからな)
次は何が出るんだ? と見ていると――――出てきた手には剣が握られていた。
懐によくそんなもの納まったな、こいつは手品師にでもなった方がよほど適職じゃあないか、という思いは一瞬で脳の片隅に追いやられた。
どす黒い魔力をまとった漆黒の刃に、金色の柄。柄頭には髑髏のような突起物がついている。――これは間違いなく魔剣だ。
……正直、これは予想外の品だ。
「何でお前がそんなものを持っている?」
自分が思ったより、ずっと低い声が出た。
魔剣。その名の通り、魔力が込められている剣のことだ。普通の剣と何が違うかと言えば、魔剣は魔物に致命傷を与えることができる。
と同時に魔剣は伝説上の剣だ。およそ1000年前、祖父の治世に一本だけ存在が確認されたと書物に残っているが、それもいつの間にか行方不明になっている。むしろ、書物の記載が本当なのかすら分からない。それくらいあやふやな存在のはずだ。市場で流通するなど、まずありえない代物だ。
(先ほどのマントといい、この男きな臭い匂いしかしないな……)
魔物の攻撃を防ぐマントに、魔物を倒すための剣。いずれも入手が相当困難であるものを、2つもこの男が持っている。
(この浅はかな男にそのような伝手があるとは思えない。誰かに利用されていると考えるのが妥当か……?)
魔剣の柄を両手で握りしめ、狂った目つきでこちらを睨みつけるロイゼ王子。
この男は強欲さゆえに、私を打倒して玉座を奪うのが目的だ。彼の後ろに黒幕がいるのだとしたら――やはりそれは、私の命が目的なのだろうか。
マントに魔剣にと、今度の刺客はずいぶんと本気のようだ。
いや、それだけではない。何より先ほどから心をざわつかせるもの。このマントから感じる魔力は――紛れもなく父上のものだ。父上は、私が幼いころに何者かに襲われて命を落としている。その亡骸と対面したとき、父上の長く黒い髪がばっさりと斬り落とされていたことに衝撃を受けた。
つまりこのマントは――父上を襲った者なり組織なりが作ったもので――実に悪趣味なことに、父上の髪を織って作られたものだ。
ギリ、と唇を噛む。
鉄の味がした。
「これは命令だ。マントと剣の入手先を言え」
「お前の命令など聞く筋合いはない!」
胸の中のどす黒いものが、一気に全身を駆け巡った。
刹那、私はロイゼ王子を床に引き倒し、その首に手をかけていた。
全身の毛が逆立つような感覚を覚えながら、私は再び彼に問うた。
「言え。どこで手に入れた?」
自制しないと、彼の白くて細い首など一瞬で握りつぶしてしまいそうだ。
こんな男に対して気を遣わねばならないことに馬鹿馬鹿しさを覚えながら、爪先だけを皮膚にめり込ませる。
「ぐうっ……!! はあっ、はあっ、……っ!! し、知らない!!」
「ほう? 今の言葉が遺言ということで、そなたはよいということだな?」
「ごひゅっ……!! あ、あ、ほっ、ほんとうに……知らない……。ひゅー、ひゅー。接触は手紙だけで……マントと剣は家の前……置かれてただけだ……離せ……息が…………」
怯えの色を浮かべた蒼い目が、私を見上げている。
その目を検分するように、睨みつける。
ロイゼ王子の顔は空気を求めて真っ赤になっており、目元にはじわりと涙が浮かんでいた。
蒼い瞳には純粋な恐怖のみが見て取れ、命を握られたこの状況で相手を騙そうという邪な感情は感じ取れなかった。
――知らないというのは、どうやら嘘ではないらしい。この男はあくまで今回の「実行犯」に利用されただけのようで、事件の本筋には関わっていないとみえる。




