デルマティティディスの独白(後編)
……ああ、苦々しい。
深くため息をつき、顔に手を当てて天を仰ぐ。
珈琲を下げさせ、バルコニーに出る。
初夏のじんわりとした日差しが出迎え、そよりと気持ちのよい風が髪を弄ぶ。
はるか東方、セーナが住まう湖の方角に目をやり、目を細める。
考えは、どうしたらセーナを元の世界に戻せるかということに移る。
彼女に伝えたとおり、『門』でこの世界から人を送り出すということは稀だ。というより実のところ、過去にたった一例しか聞いたことがない。
その一例というのが、まさに『門』の術式を完成した張本人だ。はるかなる太古の昔、この世界を統べたという偉大な蝶の魔物のことである。
魔王家に伝わる機密の書によると、かの蝶はこの世界を統一して一通りみてまわったのち、違う世界へ行ってみたいと思うようになったという。そこで永遠とも思える長い時をかけて創り出したのが『門』、すなわち異界とこの世界を結ぶ術式だ。世界と世界の間にあるという事象の地平線を越えて、生命を行き来させるという非常に高度な魔術である。かの蝶はこの世界を臣下に託し、『門』の術式を行使して、この世界から飛び立ったという。
それから幾千の時を経て、『門』は異世界へ渡るためではなく、異世界から有用な人物を呼び寄せるものへと役割が変化した。
『門』の術式を行使できるのは魔王だけだ。しかし、魔王といえど、むやみやたらに何回も『門』を実行することはできない。なぜなら術式を行使するものは、代償として名をひとつ失う。それが意味するのは、寿命が一定程度奪われるということだ。子孫が好き放題に『門』を行使して世界の均衡が崩れぬよう、太古の蝶が術に組み込んだ、とても高度で美しい魔術である。
しかし、どの程度寿命が短くなるのかは、異界との距離や、その者の魔力量に関係するため、一概には分からない。
魔王が命を削ることは、すなわち国家の危機だ。のちに決められた『門と召喚』に関する法の中に、術式を行使するできる条件のひとつとして、世継ぎが二人以上いること、というものが盛り込まれている。
ただ、今回は私に落ち度があるので、その条件は守らなくても議会の承認は下りるだろう。なぜなら、『門』の意図しない暴走で呼び出された者はすみやかに元の世界に戻すことが望ましいという、上位の原則があるからだ。太古の蝶は賢く聡明で、自身の術式が悪用されること望まなかったという書の記録にのっとって定められた高位法だ。
偉大なる蝶が生きていたのははるかの昔だから、『門』を用いてセーナを送り出す方法について、現存する資料は無いに等しい。念のため王城の書庫と魔王家の禁書庫を今一度すべて確認をしてみよう。それと、長命な魔族や古の魔物に聞いてみれば何か分かるかもしれない。
セーナはここでの暮らしを楽しんでいるように見えたが、心の中では故郷を、そこに残してきた家族のことを恋しく思っているに違いない。元の世界に戻ることが彼女の幸せなのだ。
(――帰したくない、なんて少しでも思ってしまう私は、為政者として失格だな)
見つけたと思ったら、すぐに居なくなるのか。
そう思うと、自然とひとつため息が出た。
幼少のころは、自分もいつか家族を持ち、幸せになれると思っていた。しかし、それは叶わぬものだと、しだいに学んだ。むしろ、大切な人ができることが怖くなった。だから何もあてにせず、執着せずに生きてきた。王は国と民を守ることが最も大切なことで、自身の幸せなど望める立場にないのだと言い聞かせて。
それでも、視察で街に出るたびに、幸せそうな家族たちの姿を目で追ってしまう。彼らがひどく眩しくみえて、つい足を止めて見入ってしまうが、それは自分には手に入らない存在だ。そう頭では分かっているのに、心のどこかでは飢えている自分がいるのだ。
期待したぶんだけ、叶わなかったときの――壊れてしまったときの悲しみが大きいことを、私は知っている。
それでも――彼女が帰るそのときまで、好きでいるぐらいは許されるだろうか。そばにいて、寄り添い見守ることぐらいは、してもいいだろうか。彼女がくれるあたたかい気持ちは乾いた心に際限なく染みこみ、帰るまでの限られた時間とはいえ、私に幸福な夢を見させてくれるだろう。
(まずは『門』を正しく起動できるくらいに体調が戻らないといけないな。さあ、次はいつセーナのもとへ行こうか? あれの薬は本当によく効く)
私の名は魔王、デルマティティディス・レイ・アール・ブラストマイセス。
どうか今は少しだけ、このあたたかい陽だまりにいさせてほしい。




