コミックス完結記念SS 大人の恋は難しい
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「サルシナとフラバスって長い付き合いよねぇ。どっちも独身なんだしぃ、あんたたち付き合っちゃえばぁ?」
呑気なメドゥーサのその言葉に、ふたりは同時に「「いや、ありえないから!」」と声を重ねた。
「えーっ!? そうなのぉ? なんだぁ、つまんないのぉ」
魔王城に勤める者たちの間で定期的に開かれる飲み会。酔ったハンシニーが誰かれ構わず絡みに行くのはいつものことだが……自分が既婚者になったからといって無関係の独身同士をくっつけようとするのはいただけない。フラバスは苦い顔をしながらウイスキーのグラスを傾けた。
けれども、そういう話題になってしまうのもある意味仕方のないことではあった。
――人間と魔族が共存するようになってから、密かに社会問題化しているのが「魔族の独身化」だった。一昔前まではそれぞれの里の同族同士で結婚するのが常識だったが、今や多くの魔族が活動域を広げ、人間に混ざって暮らしている。新しい暮らしの様式が進み、既婚率は大幅に低下した。
フラバスやサルシナも例に漏れずその一人であった。
「サルシナもフラバスもっ、魔族幹部だし陛下の側近なんだから、モテるはずなんだけどなぁーっ! ホントに出会いとかないのー?」
「「いや全然。仕事が忙しくて……」」
再び声が重なると、ハンシニーがキャッキャッと笑いながら手を叩く。
「えーっ、めちゃくちゃ息ぴったりじゃないのぉ! ウケるーっ!」
「おいこらハンシニー。飲み過ぎだって。すいません、フラバスさんにサルシナさん」
「いや、あたしたちは別に構わないけど……。あんたちょっと呑み過ぎじゃないかい?」
サルシナは呆れ顔でハンシニーが握りしめている一升瓶を取り上げた。
「店の前に保護者が来てるんで、もう帰させます。ほらお迎えがきてるぞ」
門番の同僚であるエロウスが泥酔したメドゥーサを引きずっていき、店の前に来ている夫に身柄を引き渡す。
夜も更けそろそろ日付が変わるという頃合いもあり、「なら、そろそろあたしも」「じゃあ僕も」とフラバスとサルシナもついでのように店を出る。アピスの街はまだまだ賑やかで、治世の平和ぶりを表していた。
騒がしいメドゥーサがいなくなると、いつものふたりの空気感に戻る。付き合いは長いが顔を合わせるのは仕事のときぐらい。こうしてプライベートだと交わす言葉も少なく静かなものであった。
申し合わせるでもなく同じ方向に歩き始めたふたりは、頭の中でさきほどまでハンシニーが騒いでいた件を思い返していた。
(仕事命のフラバスに振り向いてもらえなかった女は数知れない。きっと結婚は考えていないんだろう)
(サルシナは幹部の中でも高嶺の花だったな。今さら男女のことなんて興味無いだろう)
今でこそ、魔族のなかでも『重鎮』『ベテラン』と呼ばれる歳になってしまったが、若かりし頃は互いに今とは違うすがたをしていた。サルシナは近寄るのもためらわれるほどのオーラを纏う孤高の美女で、一方のフラバスは仕事以外はポンコツな無自覚女たらしだった。
面識はなくとも、互いに噂が耳に入ってくる程度には有名な話だった。
それからから何十年と時が経ち、こうして飲み屋で隣同士に座り、メドゥーサにからかわれるようになるとは。――サルシナはおかしくなってきて、ぴたりと足を止める。偶然にも、フラバスも同時に足を止めていた。ふたり顔を見合わせて、
「「あのさ、」」
三度重なる声。きょとんとした表情のふたりは、すぐに相好を崩した。
「今日はよく言葉がかぶるねえ」
「ほんとうだね。ここまでくると面白いな」
くすくすと口元に手を当てて笑い合う。「で、なんて言おうとしたんだい?」とサルシナが訊ねると、フラバスは照れ隠しのように頭をかいた。
「そういえば、君と二人でゆっくり話したことはなかったなと思ってさ。よかったら二軒目はどうかなと思って」
「ああ、あたしも誘おうと思ったところだったんだ。明日は仕事が休みだからさ」
「ありがとう」
彼が安心したように微笑むと、サルシナもにこりと微笑みを返す。
「あっちに行きつけのバーがあるんだ。ゴールデンボールっていうところ」
「あんたは昔この辺に住んでいたんだったね。お供するよ」
――アピスの深い夜は、まだまだ終わらない。
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改めまして、ここまでお付き合いくださった読者の皆さま、漫画を描いてくださった初瀬先生、編集様や関係者の皆様方にお礼を申し上げます。




