小説2巻・コミックス1巻発売記念SS
明日8月25日に本作の小説2巻、コミックス1巻が発売されます!
小説は完全書下ろしです。どこの投稿サイトでも読めません。ぜひセーナとデル様の物語の続きをお楽しみいただけたらと思います。
※書籍タイトルはWEB版から「薬師と魔王」に変わっております。検索する際はご注意ください。
夏の盛り、国立医療研究所。
私が調剤室にこもっていると、ジャーキーを咥えたサルシナさんがひょっこりと顔をのぞかせた。
「姿が見えないと思ったら。こんなところにいたのかい」
「サルシナさん! そうなんですよ。お城で夏バテしてる人が相次いじゃっているので、漢方を配ろうと思って。午後は調合にあてます」
「今年の夏は酷暑だからねえ。身体が強いあたしら魔族はともかく、人間たちは辛そうだね」
「年々暑くなってる気がしますよね。干ばつが起こらないか心配です」
ブラストマイセスには日本と同じように四季がある。
昨年外交訪問した常夏のプラーナ帝国よりはマシだけど、今年の夏はこれでもかというくらいの熱波が押し寄せている。部屋の冷却装置もあるにはあるものの、まったく性能が追い付いていない状況だ。
「夏バテにも漢方がいいのかい。なんだか意外だよ」
「漢方では夏バテを『胃腸の弱り』と捉えるんです。だるいとか食欲がないとかいう症状は、夏の熱と湿気によって胃腸が損なわれたために起こると考えます。ほら、昔トロピカリに住んでいたとき、よく夏には四君子湯を卸していたでしょう?」
「あ~!! 確かにそうだったね。食あたりとか食欲不振が増えるとか言ってね。そういうわけだったのかい」
サルシナさんは納得した表情をして、私の手元をのぞき込む。
「じゃ、今調合しているのは四君子湯かい?」
「これは清暑益気湯ですね。四君子湯と同じ補気剤ですけど、余分な熱をとったりエネルギーを補うような生薬構成になってます。元居た世界では夏バテの代表的な薬だったんですよ」
清暑益気湯。字面からも涼しさが感じられる漢方薬だ。これに加えて人参養栄湯や五苓散なども調合する予定。各々の体質や症状によって使い分けられるのが漢方薬のいいところだ。
興味深そうに調合を眺めていたサルシナさんだけど、突然驚き声を上げた。
「……あれっ。セーナ。首のところが赤くなっているよ。虫に刺されたんじゃないか? いやだね、どこから入ったんだろう」
「えっ? どこですか? 痒みはないですけど……」
サルシナさんが指し示すところを触ってみるけど、自分ではわからない。
鏡のところまで行って確認すると、それは――――。
(……!! これは虫刺されじゃないわ! もうっ、デル様ってば。服で隠せないところはやめてくださいって言ったのに……っ)
しかもよく見ると、赤いアザは一つだけではなかった。薄いのも合わせると首じゅうに広がっているではないか。
昨夜のことを思い出して顔に熱が集まる。夏だから虫刺されだと思ってもらえたけど、季節が違えば大恥をかいたところだ。
慌てて手近なタオルを首に巻き付け、席に戻る。
「あ、あはは……。刺されたとわかったら急に痒くなってきちゃいました。それと、首全体にあせもができてるみたいです。こうやって汗が流れないようにしておきましょうっ!」
「おや、顔が赤いよセーナ。もしかして熱中症なんじゃないかい? この部屋、少し暑い気がしてたんだ。ほら、ジャーキーをお食べ。こういうときは塩分の補給が大事なんだろう?」
心配顔のサルシナさんが世話を焼き始める。
口に差し込まれたジャーキーを食みながら「だっ、大丈夫です! 不老不死ですから少し暑いくらいでは体調を崩しません」と慌てて元気をアピールする。
そんな私を見て彼女は腕を組んだ。
「……本当かい? あたしは助手でもあるけど、ここでの護衛でもあるんだ。あんたを無事に城へ帰すのが一番の仕事だって陛下から念を押されている」
「ほんとうに平気です! 調子が悪かったらきちんと申告しますから」
このままではサルシナさんがデル様に念話でも送りそうだったので、しゃきっと調剤机に飛び戻る。
手を動かしながら考えるのは、今も王城で執務をしているであろう旦那様のこと。暑くなって外出することが減ったためか、休日は彼とのんびり過ごすことが多くなった。
その結果がこれだ。やや調子に乗り気味な旦那様にやられっぱなしではマッドサイエンティストの名がすたる。
……私は薬さじの手を止めた。
(――計画変更よ。デル様に苦~い漢方薬を作って差し上げましょう!)
連日の机仕事で頭痛がすると言っていた。だから今日の終わりに五苓散を作ろうと思っていたのだけど、ものすごく苦いと悪名高い呉茱萸湯にすることにした。
五苓散と呉茱萸湯どちらにしようかと考えて「苦くないほうが飲みやすいだろうな」と親切心を持っていたけど、もう関係ない。呉茱萸湯の方が効きそうだし、これでいいだろう!
「フフフ……フフ…………」
若干引いた顔で私を監視しているサルシナさんの前で、呉茱萸湯を調合する。
マッドサイエンティストを怒らせたらどういうことになるか、一度しっかりデル様にもお分かりいただかないと。
「……できた! すみませんサルシナさん。これ、デル様に届けていただけませんか? 欲しいと言っていた頭痛薬ですと伝えてください」
「あ、ああ。それはいいんだけど。……おお怖い。あんたを怒らせるとどういうことになるか、あたしゃ今はっきりと理解したよ」
尻尾を巻いてそそくさと部屋を出ていくサルシナさん。
私は一仕事を終えた達成感を噛みしめながら、引き続き清暑益気湯の調合作業に戻った。
その晩お城に帰ると、立派な角が垂れ下がったデル様から「すまなかった。わたしが全面的に悪かった」と謝罪を受けた。
私は善良な妻なので、彼の謝罪を受け入れた。決して鬼嫁などではない。
仲直りしたあとは、家族でいつもと変わらない、賑やかな食卓を囲んだのだった。
暑い日が続きますので、みなさまご自愛ください。




