一年感謝SS 魔王様にドッキリを仕掛けよう
トロピカリ時代(第一章)のころのエピソード。
友人となった魔王陛下ことデル様。
彼と付き合いが始まって数か月が経ったのだけれど、身に染みて実感していることが一つあった。
それは――
「デル様って、すごくお優しいわよね。……ほんとうに魔王様なのかしら?」
嘘をついているのではないかと疑っているわけではなくて、あり得ないぐらい優しいということを言いたいのだ。
農作業や調合を終えた、気持ちのいい昼下がり。テラスに腰かけて湖を眺めながら、私は彼の優しさについて考えていた。
「何をしても怒らないというか、穏やかに笑っているだけなのよね」
出会った頃のデル様は無表情無関心といった態度で冷たい印象を持ったけれど、そのときだって感情を昂らせたことは一度もない。
どうしてデル様はこんなに優しいんだろうと思うと同時に、なにをしたら怒るんだろうという疑問が湧いてくる。
暇を持て余していた私は、面白いことを思いついた。
「ふふっ。デル様にドッキリを仕掛けてみましょうか!」
我ながらいいアイデアだ。つまり、『優しいデル様はどこまでやったら怒るのか検証』である。
「お友達になったんだから、多少イタズラしても平気よね。……多分。……きっと」
じっくり考えると決意が鈍りそうだったので、むりやり頭を切り替えて、さっそくドッキリの内容を考え準備することにした。
決行は明後日だ。薬を取りに来たデル様に仕掛けることにする。
◇
予定通りの日にデル様は訪れた。いつものように戸を3回ノックし、私の名前を呼ぶ。
「セーナ。わたしだ。薬を貰いに来た」
(!!)
その声を聞いて、私はさっと身を隠す。
「……セーナ? いないのか?」
返事はしない。申し訳ない気持ちが胸をかすめたけれど、もうやると決めたのだから我慢だ。
訝し気な声がしたのち、扉を開く音がする。建付けが悪いのでキィと鳴るのだ。
「鍵がかかっていないな。――――んっ?」
デル様は頭上から落ちてきたクッションをひょいと避けた。床に転がったそれを拾い上げ、不思議そうに眺めている。
カーテンの裏からそれを見ていた私は失敗に唇を噛む。
「一発目は攻めたつもりだったけれど、さすがはデル様ね」
仕方がないのでさりげなく姿を現し、なんでもないように振る舞う。
「あっ、デル様! いらしてたんですね。すみません、奥で作業をしていて気がつきませんでした」
「いや、いいんだ。忙しいところすまないな。……ところでこの綿袋が降ってきたぞ。そなたのものか?」
ドキッとしつつも知らないふりをする。
「いっ、いいえ。何だろうそれ? 心当たりがありません」
「そうか。先の住人が屋根裏にでもしまい込んでいたのだろうか。そなたに当たらなくてよかった」
デル様は目を細めて穏やかに笑った。長い睫毛に縁どられた青い瞳は、安堵の色でいっぱいだった。
一発目の仕掛けが不発に終わったので、次なる仕掛けに移ることにする。
次の作戦は『薬を持ってくる間に出すお茶が激マズ』というものだ。
デル様に椅子を勧め、用意しておいた特製激渋茶を提供する。なお、味は不味いけれど健康にはとても良い薬草茶である。
「こちらを飲みながらお待ちになってください。すぐに戻ります」
「ありがたくもらおう」
デル様の前に湯飲みを置き、調剤室の扉の隙間から様子を見守る。
彼はさっそく湯飲みを手に取り傾けた。
(さあデル様! 不味いと言って怒ってください!! 私はとんでもない女ですよ!!)
心の中で叫んだものの――。彼は片眉をぴくりと上げただけで、何事もないようにお茶を飲んでいる。
眉毛を上げたことだって、よく様子を観察していないと分からない程度の、ごくわずかな動きだった。
(ああ……。これも失敗ね。デル様って、本当に何でもへっちゃらなのね)
薬を持って部屋に戻ると、彼は爽やかに礼を言う。
「今日の茶も身体に良さそうだ。いつもすまないな」
「いえいえ、いいんですよ……」
私の心は折れかかっていた。デル様は全てを笑顔で切り返し、そのうえ私を心配したりお礼を言ってくれるのである。彼は根っからの善人なのだ。
(次のドッキリで最後にしよう。どうせそれも怒らないだろうけど)
私の脳裏には『検証結果:デル様は全く怒らない、本当にいいひと』という文字が浮かんでいたけれど、最後の抵抗とばかりにもうひとつ挑戦することにした。
私はいつも座る彼の向かいの席ではなく、隣の椅子に腰かけた。
「はぁ。なんだか今日はもう疲れてしまいました。夏の日差しの中農作業をするのって、すごく消耗しますね」
いいながら、よよよと彼のほうに身体を傾けた。
――作戦3は、いわゆる色仕掛けである!
私なんかに接触されたら、さすがのデル様も不快に感じることだろう。最初のうちは紳士的にかわすだろうけれど、そこを少ししつこく迫ってみたら怒るんじゃないだろうか。
捨て身の作戦だけれど、もっとも確実な方法でもあった。
「デル様のお身体は大きいですね~。寄りかかると安定します」
絶妙に失礼なことも口にしてみる。魔王様は寄りかかるものではない。
「せ、セーナ? かなり疲れているようだな」
慌てた声が降ってくる。両手が行き場をなくしたようにさ迷いっていて、さすがのデル様も動揺を隠しきれない様子だ。
「うぅ~ん。眠い、です……」
そのまま私は体勢を崩していき、デル様に膝枕されているような格好になることに成功した。薄目をあけて見上げると、両手を上げて固まっている彼が見えた。角と顔が真っ赤である。
「ね、眠いのなら、わたしはそろそろ帰ろうと思う。ベッドでゆっくり休むべきだ」
「もう一歩も動けません……」
ぐぅ、とわざとらしく鼻を鳴らし、私は目を閉じた。
天下の魔王様の膝で寝てしまったら、さすがに激怒やむなしでしょう!!
さあ怒鳴ってください、膝から引きずり降ろしてください!!
期待して待ってみるものの、一向にその時は訪れない。
あと5分、あと3分、と待っているうちに、愚かな私は本当に眠りについてしまっていた――――。
◇
「まずい! 寝ちゃった!!!!」
跳ね起きて時計を見上げると、もう16時である。
窓の外は夕暮れで真っ赤に染まっていて、私は少なくとも2時間は寝てしまっていたことを知った。
「デル様は――っ」
彼はなんと、座った姿勢のままだった。
私に触れないようにするためか律儀に腕を組み、麗しい顔を少し傾けて、すやすやと寝息を立てていた。
彼がずっと太腿を貸してくれていたおかげで頭も首も痛いところはない。いつもの昼寝よりよほど熟睡できたような気さえして、頭も身体も非常にすっきりとしていた。
(私が起きてしまわないように、彼はこのままでいてくれたんだわ)
怒ることもなく、ただ静かに寄り添ってくれていた。
(……私の完敗だわ)
ドッキリは完全に失敗だ。デル様はほんとうに、海より広い心を持った、立派な魔王様だ。
彼の器をはかろうとした自分がひどくつまらない存在のように感じた。もうこんなことをするのはやめよう、と心に決める。
「デル様、すみませんでした。そして、ありがとうございます。大好きです」
優しくて穏やかな友人のことが、私はいっそう好きになった。
これからも共にゆったりと時間を過ごしていきたいし、お茶を飲みながら他愛もない話に花を咲かせたい。
彼が起きたら、とっておきの夕食を出して、直接謝ろう。
台所に向かった私の背中で、彼の顔が赤く染まっていることに気がついたのは、沈みゆく夕日だけだった。
今年は本作が受賞・書籍発売するなど、激動の一年でした。
読者の皆様に心よりお礼申し上げます。
2023年が皆様にとって素晴らしいものになりますように!




