下巻発売記念SS セーナの誕生日
※本文中のラファニーとは書籍版のクロードのことです。
(書籍版では名前が変わっています)
もうすぐセーナの誕生日だ。
セーナがわたしの誕生日を祝ってくれたあと、すぐロシナアムを通じて日にちを確認した。案外日がないことに焦りを感じ、さてどうしようかと日々思案している。なにしろ誰かの誕生日を祝うということは数百年ぶりなのだ。
(セーナはわたしのことを考えて、料理や贈り物をしてくれたが……)
あの時はてっきり夜の不満があるのだろうと勘違いしてしまったが、本当は疲労回復を願ってのことだったと打ち明けられた時は、ふたりして大笑いしてしまった。
懐かしいやり取りを思い出して思わず頬が緩むと、ラファニーのやや不機嫌な声が飛んでくる。
「陛下。なにニヤニヤしてるんですか? 俺との会議中だってこと、忘れてます?」
「ああ。そなたとメデゥーサの痴話喧嘩話を聞くよりも、我が婚約者への贈り物についてひとり考えるほうが、よほど有意義だ」
「ちょっ! 陛下、言いますねえ。まったく、セーナ様が絡むと本当に人が変わりますよね」
この男は何を当たり前のことを言っているのだろう。セーナは至高の存在で、わたしの存在する意味だと言い換えてもいい。そんな彼女がもうすぐ誕生日を迎えるのだから、これ以上に重要な事柄などあるはずがない。
しかし、ふと気が付く。
(ラファニーはメドゥーサの心を掴むために様々贈り物をしていると聞いたな。どんなものを選んでいるのだ?)
この男は元遊び人で、まったく羨ましくはないものの、女性に対する経験値はわたしより高いはずだ。セーナを喜ばせるためにはどんな手段もいとわない。ここはひとつ意見を聞いてみることにする。
「そなたは、メドゥーサにどんな贈り物をしているのだ?」
「え、俺ですか? 普通ですよ。メドゥーサちゃんは流行りのものが好きなんで、人気店のお菓子とか宝飾品が多いですかね~」
「菓子と宝飾品か……」
セーナは宝飾品を好まないから、菓子というのはいい選択肢かもしれない。
「でも、セーナ様はお披露目式に向けて減量中って聞いてますよ。食いもんはまずいんじゃないですか?」
「むっ。そういえばそうだな……」
今のままで十分なのだが、どうもセーナは体型を気にしているらしい。菓子をあげたならセーナは必ず食べてくれるだろうから、かえって負担をかけてしまうことは避けたい。
「他にはないのか。メドゥーサはどのようなものを喜んでいた?」
「そうですねえ。目のつけどころが良いと褒められたのは、あれですね。クリームでした」
「クリーム?」
「はい。ほら、メドゥーサちゃんは頭に蛇をたくさん飼ってるでしょ? 毎日一匹は脱皮するやつがいるみたいで、ケアするのが意外と大変だって言ってて。人魔共通の保湿クリームをあげたら、頭を撫でて褒めてくれました」
あれは嬉しかったなぁ、三日徹夜した直後だったけど疲れが吹き飛んだもんなぁ、と鼻の下を伸ばすラファニー。完全にメドゥーサの手のひらで転がされているようだが、彼はそこに幸せを見出しているようなので、まあいいかと目を逸らす。
(セーナにあげることはできないが、相手の特性に合わせた良い選択だな。そういう視点でいくと、やはり薬関係か……?)
とはいえ彼女は医薬研究所の所長をしていて、必要となるものは揃えられる環境にある。
彼女個人が望むものとは一体……。
(そういえば、トロピカリが恋しいと言っていたことがあったな)
夕食後、ふたりで過ごしていたときのことだった。「王都やお城は素晴らしいですが、いささか整い過ぎているきらいがありますね。だからなのか、トロピカリの森を恋しく思うことがあります。あそこが私の原点で、自由に調合や薬草採りをして暮らしていた場所ですから」と。
そう言った後、慌てて「すみません! 十分な環境を与えてもらっているので、別に帰りたいとかじゃないですからね。ふと思い出して、懐かしくなっただけです」と笑っていたものの、そのときのどこか寂しそうな笑顔がずっと頭の隅に引っかかっていた。
(トロピカリの森、か)
これだ、と直感した。無意識に口角が上がり、目ざといラファニーから指摘が入る。
「あっ。陛下、何か思いつきましたね! そういうお顔をしているときは閃いたときだって、俺はもう学習してますよ」
「ああ。そなたの意見がいい刺激になったようだ。礼を言うぞラファニー」
「俺ってば、やっぱり優秀ですよね~! それなのに靡かないメドゥーサちゃんって本当にすごい……」
もはや互いに会議をする気持ちではなくなってきたので、今日は終いにすることにした。
「まだ議題は残っているが、わたしは今すぐに取り組む案件が発生した。残りはラファニー、ひとまず草案を作っておいてくれ。修正はこちらでやる」
「わかりました。よかったですね、陛下」
ラファニーは「早く終わったから、メドゥーサちゃんを夕飯に誘ってみようかな……」と呟きながら、速やかに会議室を出ていった。
部屋にひとりになったわたしは、さっそく贈り物の手配に取り掛かったのだった。
◇
そうして迎えたセーナの誕生日当日。
王城の奥まった閑静な区画に、わたしはトロピカリの森を用意した。魔法を駆使し、セーナがかつて暮らした森を再現したのだ。
更に国内外から希少な植物も取り寄せ、周囲に植えた。つまり、広大な彼女専用の植物園を贈ったのだ。
「えっ……。この景色は……私の小屋の、すぐ目の前の風景だわ……」
口に手を当てて言葉を失うセーナ。じわじわと歓喜が広がるその表情を見るに、どうやら贈り物は成功したらしい。
最初こそ驚いて固まっていた彼女だが、やがて躍り上がって喜び、勢いでわたしの頭を撫でたとき――悔しくもラファニーの気持ちが分ってしまったことは、今も自分の胸の中だけにしまっているのである。




