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マッドサイエンティストの夏休み

最後に本作書籍化のお知らせがございます(2022.8.20)。

 とある日の魔王城。

 魔王デルマティティディスとその妃セーナ、そして二人の王子は夕食の食卓を囲んでいた。


「――ときにセーナ。来月、夏休みが取れたのだ。みなでどこかに行かないか?」


 思いもよらないその言葉に、セーナはぱっと顔を輝かせた。


「いいんですか!? うわあ、嬉しい。デル様、ありがとうございます」

「むしろ、すまないな。今までどこも連れて行ってやれなかった」


 十年間セーナにあった政権がデルマティティディスに戻り、国内を安定させるために数年。そしてセーナも立て続けに二人の王子を出産し、仕事と育児の両立に邁進。忙しく時は過ぎていき、家族旅行に行く時間など無かったのだ。


 可愛らしい二人の王子も、この珍しい出来事に顔をほころばせる。


「父様と母様と旅行ですか? とても楽しみです!」

「僕も! ねえ、どこに行くの!?」


 はしゃぐ二人を落ち着かせるように、デルマティティディスが言い聞かせる。


「行先とやることは母様に決定権がある。いいな?」

「「はーい!」」

「私が決めていいんですか? どうしよう、行きたいところがありすぎて……!」


 満面の笑みを浮かべるセーナを、デルマティティディスが優しい目で見守る。これぞ幸せな家族といった、和やかな光景だ。

 しかし、私たちは忘れてはいけない。セーナは普通の王妃ではないということを――――。


 ◇


 夏休み初日。

 一行が訪れていたのは、ブラストマイセス王国の南部にある都市、コプリだ。

 海、山、湖を擁し、気候は温暖。王国内唯一と言っていい貴重なリゾート地である。

 旅行だと喜ぶ王子たちのためにと、転移魔法ではなく、専用馬車を貸し切ってはるばるやって来たのだった。


「父様! 母様! 何をしましょうか? 海へ泳ぎに行きますか?」


 元気よく馬車を飛び降りたウエンティ王子が言う。 


「いいえ、ウエンティ。海には行きません。今から皆で、森に向かいます」

「は、はいっ! 森ですね!」

「ほう、森か。アスレチックでもあるのだろうか……?」


 鞄を背負ったセーナに続いて、一行は宿泊所裏の森へと入っていく。

 木々の間の少し開けたところで足を止め、荷物を下ろす。


「では始めます! ウエンティとセレベラは私に付いてきて。デル様には特別なお願いがあるのですが……聞いていただけますか?」

 

 お願いとは何だろうか。セーナがそのようなことを言うのは非常に珍しい。

 そうでなくとも何より大切な妃の頼みなど断れるはずがない。頼ってくれた嬉しさを感じつつ、決まりきった返事をする。


「むろん、聞こう。この旅行はそなたたちが楽しむことに意義があるのだから」


 にこやかに答えると、こげ茶色の目が嬉しそうに細められた。


「ありがとうございます! では、すみませんがなるべく肌を露出してここに立っていてください!」

「――――は?」


 いそいそと鞄から紙を取り出すセーナ。

 そこには、いくつかの絵が描かれていた。


「肌を露出していますと、おそらくこういう虫が寄ってくると思うんですよ。ヒルとアブって言うんですけど。そうしたら、魔法か何かで殺して取っておいてもらえますか? 性質に影響を与えない殺し方でお願いしますね」


 どうしよう。妻の言っていることが分からない。混乱するデルマティティディス。


 放たれた台詞と差し出された紙を呑み込んでいるうちに、セーナは「じゃあよろしくお願いしますね!」と言い、王子二人を引き連れて森に入っていってしまった。


 拠点に残されたのは、歴代最強と名高い魔王ただ一人。


「――――仕方ない。……やるか。ヒルとアブだな」


 そう呟いて彼はシャツを脱ぎ、のろのろとズボンの裾をまくり上げた。


 一国の王――魔王ともあろう者が虫採集の囮にされ、半裸で切り株に座っている。

 その寂しげな姿を、侍従たちは涙をこらえて見守っていた。


 ◇


「父様がヒルとアブを捕まえている間に、私たちはセミの抜け殻を集めるわよ! 二人とも、頑張って探してね!」

「セミの抜け殻!!」


 やんちゃ盛りの王子たちは目を輝かせる。

 普段は王城で王子らしい教育を受けているためか、野外でのこういった活動は新鮮だったのだ。


「それにしても母様、集めた抜け殻はどうするのですか?」

「良い質問です、ウエンティ。父様が捕まえたヒルとアブ、そして今から集めるセミの抜け殻は、漢方薬として使うのよ」

「そうなんですか!」


 生薬としての名は、ヒルは水蛭(すいてつ)、アブは虻虫(ぼうちゅう)、そしてセミは蝉退(せんたい)。水蛭と虻虫が駆瘀血薬、蝉退が辛涼解表薬として用いられる。

 整えられた王城の庭では手に入らない、貴重な生薬だ。


「さあ二人とも、頼んだわよ! 一番多く拾った人が勝ちだからね~」

「「はいっ!」」


 歓声を上げて一目散に駆け出す二人の王子に、微笑むマッドサイエンティスト。そして、ひとり虫と闘う魔王。


 青い空に、楽し気な声が響き渡る。

 一家の夏休みは始まったばかりだ。


このたび書籍化が決定いたしました。上巻が9月22日にメディアワークス文庫様より発売です。これもひとえに応援いただいた皆様のお陰です。本当にありがとうございます!!

素晴らしい表紙を描いてくださったのは白谷ゆう先生です。


挿絵(By みてみん)


WEB版を大幅に加筆修正していますので、WEBで読んだ方でも新しく楽しめる内容になっております。キャラクターの性格が違ったり、書下ろしエピソードが追加になっていたりとすごくパワーアップしています^^私の体感としては半分以上手を加えたと思います(※あくまで体感です。ゲッソリ……)

また、書籍化に伴いタイトルが変更になりました。新しいタイトルは「薬師と魔王 ~永遠の眷恋に咲く~」でございます。

アマゾン等各通販サイトでも予約が始まっております。よろしければぜひお手に取ってみて下さい。上下巻での構成となり、下巻の刊行予定も近いうちにお知らせできると思います。


まだまだ暑い日が続きますので皆さまお身体にはお気を付け下さい。

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本作が大幅改稿のうえ書籍化します! 2022/9/22 メディアワークス文庫から発売予定


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― 新着の感想 ―
[一言] セーナの研究日誌の焦燥感には読んでいて涙が出ました。 みんなが幸せになって読んでいる私も幸せになれました! ありがとうございます。 これからも創作活動応援しております。
[一言] デル様( ´∀` ) まぁチョウチョだし、良いニオイとか出してそうだし……余計な虫まで来そうだね(ォィ 殿下たち!! 小さい頃は、セミの抜け殻集めは楽しかったけど……今回の場合、いずれ大き…
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