パパ同盟
デルマティティディス目線。
とある日の会議室。時刻は午後十八時。
外務大臣と定例の会議を終えた後、帰り支度をする彼に声をかけた。
「ラファニー。少しよいか?」
「陛下。なんでしょう? 家でハニーと子供たちが待ってるんで、手短にお願いします」
ブロンズの髪を肩のところで切りそろえた彼が、迷惑そうな感情を丸出しで言った。ともすれば国王に対して無礼な態度にもなりうるが、彼とは旧知の関係だ。二人きりのときは無礼講というのが暗黙の了解になっている。
「なるべく手短にしよう。……実はだな。そなたに知恵を借りたいことがあるのだ」
「俺に? 陛下が? ええ~、なんでしょう? 面倒なことは嫌ですよ」
ラファニーはしかめっ面をして、鞄に手をかけた。帰ろうとしている。
帰られたら困る。正直、彼以外に適任者が見つからない案件なのだ。さりげなくドアの前に移動して退路を塞ぐ。
「まあそう言うな。育児のことなのだ」
「育児、ですか。まあ、それなら多少はわかるかな……」
鞄を掴んだ手を放し、彼は初めて私の目を見た。
「ああ。来週セーナが泊まり込みの実験があるとかで、私が一晩子の面倒を見ることになったのだ。だから、夜の面倒についてぜひコツを教えてほしいのだ」
「乳母がいるじゃないですか、陛下のところは」
「セーナの方針で、夜は三人で寝ているのだ」
「……なるほどねえ」
「そういうわけだ。まあ、とにかく座ってくれ」
「……じゃ、お言葉に甘えて」
先ほどまで座っていた椅子を引き、彼は腰を下ろした。自分もその向かいに腰を下ろす。
「不安はわかりますよ。俺も昔、ハニーに気分転換に旅行でも行ってきなよって言ったものの、内心ガクブルでしたからね」
「そうか、そなたにもそのような時代があったのだな」
「今はもう何でも来いって感じですけどね。俺も成長したんですよ」
腕を組み、遠くを見つめるラファニー。それはたまにセーナがしている目と同じだということに気が付く。育児をしている者はもれなくああいう目になるのだろうか……? 私もできる限り参加するようにしているが、公務で城を外すことは多い。子の世話をする時間は現状セーナのほうが多いので、とても申し訳なく思っている。
「それで。陛下が不安なのは夜の世話ですか」
「うむ。具体的に言うと、寝かしつけとおしめの交換と、泣いたときの対処法だろうか」
「全部じゃないですか」
「ぐっ!」
半目になって私をねめつけるラファニー。「さては陛下、普段全然育児をしていませんね?」という視線が痛い。
「ち、違う! 私も努力しているのだが、どうもセーナのように上手くいかないのだ!」
慌てて事情を説明するも、彼の顔はニヤついたままだ。
実際、自分なりには頑張っているのだ。子が夜泣きをすれば起きてセーナと交互で抱っこをするし、おしめも替える。しかし、なぜか私がやると子は大泣きするのだ。セーナのほうに身体を乗り出すし、おしめの交換ではひどく暴れる。情けないことに、結局最後はセーナ頼みになってしまうのだ。
「ふーん? まあ、いいですよ。まだ半年ですからね。子どもも成長していきますし、いつも同じ手で上手くいくわけでもないですから」
「そう言ってもらえると助かる。ぜひコツを教えてくれ」
「へいへい」
まずですね――。と、ラファニーは切り出した。
抱っこは上下に揺さぶるよりも、左右に揺らすほうが入眠を促すからよい。お気に入りのタオルやぬいぐるみがあるようなら、それを持たせるのもよい。安心してリラックスさせることが大切だと。
「なるほど。具体的で助かる」
彼は続けた。
おしめ替えは、泣かれたからと言ってひるんではいけない。両足を片手でつかみ、素早く動きを封じる。尻をガバッと持ち上げ、手早く拭き取りを行うこと。可哀想に思うかもしれないが、一思いにやること。変に情けをかけるとこちらが便尿まみれになるし、寝具もだめになるからと。
「――素晴らしいな。さすが、手練れの父親は違うな」
「まあ、うちは三人いますからね。自然にこうなるんですよ。ああ、あと寝かしつけでしたっけ。うちは絵本を読み聞かせているとそのうち寝ますけど……。生後半年だとまだ難しいですね。お腹のあたりをトントンしてやるといいですよ」
「トントンか」
「はい。なるべくゆっくり。時間はかかるかもしれないですけど、そのうち必ず寝ますから」
「やってみよう」
普段はつかみどころがなく、軽薄な印象さえあるラファニーだが。こと自分の得意分野となったときの信頼感は抜群なのである。外務大臣の仕事にしろ、育児相談にしろ、実は頼れる男なのだ。――ああ、そういえばこういう関係のことを、セーナが何か言っていたな。
「……思い出した。『イクメン』だ」
「なんですか、それ」
がさごそと自分の鞄に手を突っ込みながら、ラファニーが言った。
「セーナが元居た世界にあった言葉だ。子育てをする男性を指す言葉らしい」
「へえ~、そういう言葉があるんですね。じゃ、俺たちはさしずめイクメン仲間ってことですかね?」
「イクメン仲間か……」
――良い響きだ。
国王という立場上、周りの者とは上下関係が当然ある。セーナは唯一と言っていいくらいの例外だが、仲間という表現は適切ではない気がする。妻でありパートナーだ。だから仲間なんていう関係性は、もしかしたら初めてかもしれない。
「陛下。もしかして、結構頑張っちゃってます?」
ラファニーが、少し真面目な顔で私を見た。
「ああ、もちろんだ。セーナだけに大変な思いをさせたくないからな。子のことをすべて引き受けられるようになりたいのだ」
「その考えはだめですよ」
「えっ、そうなのか?」
予想外の返事に、困惑する。
セーナの負担を減らし、自分が引き受けられるようになるのが理想だと思っていたのだが。だめなのか?
意図をはかりかねていると、ラファニーは足を組み替えた。
「男が母親になろうとはしなくていいんです。そこには越えられない壁がありますからね。どんなに世話をしたって、子供は母親じゃなきゃだめなときが絶対あるんです」
「ほ、ほう……」
彼はまた、遠い目をしていた。窓の外に広がる夕焼けを見ながら、何かを思い出しているようだった。
「で、では、どうしたら……」
「お教えしましょう。男はね、育児は最低限出来ればいいんです。一人で一日みられるくらいになればそれでよし。もっと大切なのは、妻のケアをすることなんですよ。これ、俺が五年かけて気づいたことです」
「ほう……!」
五年かけて得た気づきを教えてくれるとは、やはり、この男に相談してよかった。
膝の上に置いたこぶしに力を込めて、私は彼に尋ねた。
「具体的に教えてくれないか」
「いいでしょう。そのうち陛下も分かると思いますけど、やっぱり子供は母親が大好きなんですよ。だから必然的に、育児の負担は母親が多くなります。そこで張り合うのはね、時間の無駄なんです。それよりも疲れた妻の肩を揉んだりだとか、愚痴を聞いたり、家事を代わったり。そっちで貢献するほうがポイント高いみたいですよ」
「そういうものなのか。新しい知見だ」
「そうです。結局、家庭内の平和は妻の機嫌次第ですから」
「なるほど……」
ラファニーの言葉には、説得力があった。それに、思い当たる節もあった。基本的に温厚なセーナだが、子が生まれてからは忙しなくしていて、余裕がなさそうに感じられる時もあった。私はおろおろするばかりで、彼女の作業を手伝おうとするものの、「デル様はいいです、私がやりますから」と断られることが度々あった。
なるほど、今後こういう時は妻のケアに回ればいいのだな。育児と実験で疲れているだろうから、肩や手を揉むのを提案してみよう。
「……ありがとうラファニー。とてもためになった」
「全然いいですよ。確かに、陛下の周りで小さい子供がいるのって俺ぐらいですしね」
「ああ。乳母もいるが、やはり男性に話を聞きたくてな。助かった。長々と引き留めて悪かったな」
立ち上がり、もう帰って大丈夫だという意思を示す。
しかし、彼は意外な言葉を口にした。
「わかりますよ。俺も同性にいろいろ聞けたらよかったなって思いますもん。もし陛下がよかったら、この後食事でもどうですか? お互い、育児の話とかしましょうよ」
「えっ? メドゥーサと子が待っているのではないか?」
「今、念話を飛ばしたんで大丈夫です」
そう言う彼の手には、念話を飛ばす魔術具があった。
耳を疑った。家庭第一のラファニーから、終業後のお誘いがあるだなんて。これはもちろん初めてのことだ。信じられないという気持ちが彼にも伝わったのか、彼は少し照れくさそうに頭をかいた。
「……俺たち、イクメン仲間じゃないですか」
「……ラファニー!!」
気がついたら、私たちはがっしりと握手を交わしていた。
――このあと私たちは、おのおのの子を連れて、健全な食事会をした。ラファニーの子たちは活発でいたずらばかりしていた。自分の子も間もなくあのようになるかと思うと苦笑いしてしまったが、とても楽しい時間を過ごした。
そして会の最後に「そういや陛下。陛下は魔法が使えるんだから、お尻拭きなんて水魔法でちゃちゃっとやっちゃえばいいじゃないですか。寝かしつけだって、軽い鎮静魔法でいけるでしょ!」とラファニーが気づいた。「そうか! その手があったな。なぜ今まで気が付かなかったんだ――!?」と、私は思わず頭を抱えたのであった。




