安全な薬なんてない
「結論から言いましょう。ゴンザレスさんの最近の体調不良は、偽アルドステロン症というものです」
「ぎ、あるどすてろん……? なな、なんでしょうか、それは?」
困惑の表情を浮かべるゴンザレスさんに、事情を説明していく。
「漢方薬が、いくつかの生薬の組み合わせで成り立っていることはご存知ですね? その一つに甘草というものがあるんですけれど、これを摂りすぎると偽アルドステロン症という病気になってしまうんです。偽アルドステロン症の症状は、筋肉の痙攣や倦怠感、全身のむくみなどです。……最近のゴンザレスさんの症状にそっくりだと思いませんか?」
ハッとして目を見開くゴンザレスさん。「確かにそうだ」と一言、小さく呟いた。
「偽アルドステロン症は、甘草の量が1日あたり7.5グラム……つまり75パメラを超えると出やすいと言われています。ゴンザレスさんが持病で飲んでいた甘麦大棗湯、人参湯、黄連湯に含まれる甘草は合計110パメラ。これにより偽アルドステロン症が発症したと考えられますが、そうとは気づかず、筋肉のつりを抑えるために、更に芍薬甘草湯が追加されました。芍薬甘草湯にも甘草が60パメラ入っていますから、合計すると17グラム……170パメラの甘草を摂取していたことになります。だから、どんどん体調が悪化していったんですよ」
「そ、そんな……」
がっくりと大きな肩を落とすゴンザレスさん。
よかれと思って飲んでいた薬たちが、かえって体調を悪くしていたとは。やりきれない気持ちだろう。
そして、私も申し訳なさでいっぱいだった。漢方薬は安全性が高い薬ではあるけれど、副作用がないわけではない。そして甘草による偽アルドステロン症は、薬剤師であればだれもが知っているような初歩的な副作用だ。私の注意が不足していたと言わざるを得ない。
現在漢方薬は研究所の開発部・薬物部を通して国内に広めているのだけれど、副作用や過剰摂取による危険性は、薬に添付している説明文書に書いてあるだけだ。全ての診療所や病院が、文章のすみずみまで目を通しているとは限らない。緊急の文章を発令して、今一度注意喚起を行う必要がありそうだ。
「二度とこういうことが起こらないように、医療機関には指導をしておきます。本当にすみません」
一通り説明をしてもう一度頭を下げれば、ゴンザレスさんは再び恐縮し始めた。
「いっいえいえ、そんなことして頂かなくていいです! お薬の説明書には書いてあったということですし、かかったお医者さんがうっかりしていたんでしょうねえ……。運が悪かったと、そう思うことにします。それで王妃様……偽あるどすてろん症、っていうのは、治るんでしょうか……?」
「はい、治ります。甘草の過剰摂取を止めればいいので、今飲んでいるものを一旦全てストップしましょう。そうすれば大丈夫ですよ」
「よ、よかった……!!これ以上悪くならずに済むと分かっただけで、すごく嬉しいです!!」
つぶらな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれていく。
ぐすんぐすんと肩を震わせるゴンザレスさんは、見た目に反してとても可愛らしい。大柄で強面なのに、不眠と胃痛の薬を飲んでいるあたり、神経の細い騎士なんだろうなと感じる。
「偽アルドステロン症の症状が治まったら、不眠と胃痛の漢方は再開しましょう。とは言っても、今のものだと甘草の量がオーバーしてますから、別の処方を私が考えますね。そもそも漢方薬は3種類以上飲むのはお勧めしません。生薬同士が喧嘩をしたり、効き目がぼやけることがありますから。そのあたりも、お医者さんたちに通知を出さないといけないですね……」
「あっあっ、ありがとうございますっ!!」
「良かったな、おっちゃん!」
いつの間にかライがやってきていて、むせび泣くゴンザレスさんの肩を抱いていた。
薬を飲んでも飲んでも治らない、むしろ悪くなると言うのは大層不安な状況だっただろう。彼のために、そして仲間想いな騎士たちのために、最適な処方を選んでみせるぞと、私は決意するのであった。




