私の存在意義
「……あんまし見んなって。そんなに俺がカッコいいか?」
にやりと口角をあげて目を細めるライ。
「うん、ライはカッコいいと思うよ。髪の毛がキラキラして綺麗だから、つい見とれちゃった」
「……っ! セー…、姫様はタチが悪いな……。魔王様め、うらやましいな……」
「え? 魔王様が何? ごめん、風がうるさくて聞こえなかった!」
耳に手を当ててライの方に顔を寄せると、なぜかぐいぐい体を押しやられた。
私の声が聞こえたのか、ステッキーが飛行速度を落としたのが感じられる。
「いや、なんでもない。あんまり近寄らないでくれ。……セー…姫様は平気なのか? その、魔王様が体調崩してるだろ。色々大変なんじゃないか?」
「んー、まあ仕事は忙しくなったかな。でも、別に苦じゃないわよ。お城でぼんやりしているより、仕事していたほうが生きてるって感じがするからね。私がしっかりやっていれば、デル様も安心して休めるだろうし。少しでも気がかりを減らして、ゆっくり療養してほしいの」
ふーん、とライは気の無い返事をした。自分から聞いてきたくせに、反応が薄いとはどういうことだ。
そのあと、ぽつりぽつりと話をしたものの、ステッキーの飛行する振動が気持ちよくて、いつの間にか私は眠ってしまった。
◇
トロピカリのドラゴン発着所に着くと、ブルーノさんとドクターフラバスが出迎えてくれた。
「やあセーナ君、お疲れ様。……やっぱりアフラトキシンだったんだね」
血の跡がついたツナギを着たドクターフラバス。午前中は家畜の手術をしてきたようだ。
「でしたね。ちゃんとデータで裏付けがとれて安心しました。ちゃんと結果資料を持ってきましたから、お見せできますよ。今日はもろもろの調査報告と、今後の対応を指南するという事で大丈夫でしょうか?」
「それなんだけどね。ブルーノが、農家のみなさんに説明してほしいって。直接僕とセーナ君がした方が説得力があるからってさ」
ドクターフラバスが、チラリと横にいるブルーノさんを見る。
「申し訳ないです、王妃様。原因も分かったことですし、最後みんなに説明してやってくれませんか? 後の事は、指示いただいた対応と処置をきちんとやりますんで」
へこへこと頭を下げるブルーノさん。腕や手には土がついていて、今日も書類仕事ではなく農作業をしていたと見える。
一応私は王妃だから、この案件にずっと時間を割くわけにはいかない。薬の飲ませ方や、カビの生えない餌の保存方法を指導し、今後は農業組合長のブルーノさんが中心となって立て直していくことになっている。
「それは大丈夫ですけれど、みなさんに分かりやすく説明できるような資料は持ってきてないですよ。持ってきたのは生データなので、ちょっと理解するのは難しいかと――」
「あっ、いえいえそこまではいいんです! ちょっと一言、原因は分かったから大丈夫だって言ってくださればいいんでさ!」
顔の前でぶんぶんと手を振るブルーノさん。
要は、安心できるような声掛けをしてほしいそうだ。
「そういうことでしたら。えっ、もう集まってらっしゃるんですか? 早速行きましょう。――あ、病気の動物に飲ませる漢方薬を持ってきました。この木箱全部がそうなので、適当な場所に運んでおいてもらえますか?」
「ありがとうございます! 何から何まで申し訳ないです!」
農家のみなさんは、農業組合本部に集まっているとのこと。さっそく向かうことにした。
◇
おなじみの農業組合ビルの最上階、一番大きな会議室。
ライがドアを開けると、たくさんの農家さんが来ていた。30人はいるだろうか。すでに着席していて、近くの人と歓談している。
ほとんどの人が作業着のまま来ているためか、部屋は土っぽいような、獣臭いような臭いがした。
(密だわ)
何となく気になったので、窓を開けて換気する。
「おい、そういうのは俺に言ってくれればやるから」
「あっ、ありがとうライ」
ライと手分けして、5つある窓を開けた。
「みんな~注目! 今日は、王妃様と筆頭医師のフラバス様が、今回の病気について説明してくださるから! 心して聞いてくれ!」
ブルーノさんが声をあげると、農家のみなさんが一斉に、私と一歩後ろにいるドクターフラバスの方を見た。
(ご、ごめんなさい。私が王妃だとは思わないわよね……)
動きやすさを重視した、簡素なワンピース。髪の毛もドラゴンに乗ると乱れてしまうため、ざっくり一つにしばっただけのスタイルだ。お披露目式ではバリバリ別人に変身していたため、あの時の華やかな王妃のイメージとはかなり剥離してしまっている。
ブルーノさんに促されて、講壇というのだろうか、一段高くなっている場所へ進む。
たくさんの視線を感じて、ちょっと緊張しつつも、口を開く。
「みなさん、ごきげんよう。王妃のセーナです」
何となく少し間を取ってみるけど、リアクションは無い。なので、話を続ける。
「このたびは、たくさんの家畜が被害に遭われたこと、まずは見舞いの気持ちを表します。……私とフラバス医師による調査の結果、古い落花生に付着していたカビ毒が原因だと判明しました」
ゆっくり、会場を見渡しながら言葉を紡ぐ。
農家さん達は、真剣な目で私の話を聞いてくれている。
「カビ毒に侵された家畜たちは、手術と薬によって回復を目指します。カビた古い落花生は廃棄。餌となる穀物の保存方法を見直します。具体的な方法はブルーノさんに伝えておくので、彼の指示に従ってください。正しく対処すれば、これ以上被害が出ることはありません。ご協力をお願いします」
声掛け程度で良いとのことなので、私からの説明はこれぐらいに留めることにする。何か不足があればドクターフラバスかブルーノさんが補足してくれるだろう。
(あー緊張した。見ず知らずの人の前でしゃべるのは苦手だわ)
ふう、と軽く息をつき、講壇から辞することにする。ドクターフラバスも、筆頭医師として何かコメントがあるはずだ。
段から降りる時、よろりと足がふらついた。
傍に居たライが、反射的に私の肩を支える。
「おい、大丈夫か?」
ミドリムシ色の瞳が、真剣な色を乗せて私の顔を覗き込む。
「――平気。ちょっと疲れてるだけだから。ごめんね」
(……さすがに徹夜続きだと調子が悪いわね。足がふにゃふにゃする……)
不死身の身体とはいえ、普通に疲れるし寝ないと体がしんどい。ドラゴンでの移動による疲労もあり、なんだか少し気分が悪い。
今日はなるべく早く帰って休まないとヤバいかも。そんなことを考えていた時。
「ふざけんな!!俺は納得してねェからな!!!」
野太い怒号が空気を割った。
(えっ?)
声がした方を振り向く。
部屋の真ん中あたりに男が立っていて、射殺さんばかりの勢いで私を睨みつけている。拳は固く握られ、肩がわなわなと震えているのが分かる。
「おっ、王妃様が肥料なんて開発するからいけねェんじゃねぇか!! 今までのやり方でも十分やっていけていたのに、余計なことしてくれてよォ!!」
(――――え? 私の、せい……?)
すうっと、血の気が引く思いがした。
「貴様、不敬だぞ。今すぐ口を閉じろ。そして王妃様に謝罪しろ」
ライが私を背中の後ろに隠して、剣を引き抜いた。
「なんだ小僧? お前には関係ねぇだろ。 ……んっ? お前もしかして鶏屋のライじゃねえか!? しばらく見ねえと思ったら、騎士様ゴッコかあ!? こりゃあ笑えるぜ!!」
ぶわははは、と下品に笑う男。ライの背中がビクリとほんの少し動いた。
ムカつくんだろうけど、必死で我慢しているのが手に取るように感じられた。
――会議室は、ざわざわと落ち着きがなくなってきた。
「確かにそうだよな――」「うちは、新しい肥料が無くても間に合ってるって言ったんだけどねぇ」「いつも通りやってれば、こんな事件は起きなかったんじゃないか?」「良い肥料より、水車の修理をしてほしかったよ」「ライはずいぶん男前になったなぁ」
農家さん達の呟き声が、ぐるぐると頭に流れ込んでくる。
(私のしたことは、迷惑だったということなの……?)
思わず、ぎゅっと両手を組み合わせる。
指先が、冷たい。
たくさん収穫できれば、より安い価格で国民が購入できるし、災害時の備蓄も充実する。他国に輸出することもできる。国としては利になると思って肥料を開発した。この件は中枢議会の承認も得ているし、その後のデル様の話から、収穫が増えて困っているということは聞いていないけれど――
(現場としては、ありがた迷惑だったのね)
私のしたことが、国民の負担になっている――?
私は、やっぱり王妃の器じゃなかったんだわ――
ぐるんぐるんと頭が回る。
喉のあたりが切なくなってきて、ひどく寒くなってきた。
「姫様、気にするな。こいつら、昔からちょっと都合のいいところがあるんだ。あとでこってり絞っておくから――って、大丈夫か!? すごい顔色悪いぞ!! フラバス殿、姫様が!!」
ライのひどく焦った声が、遠くで聞こえる。
農家さん達に向かって、ブルーノさんが身振り手振りで何か話している。
――視界に靄がかかり、思考がますます散漫になってくる。
(……だめ、しっかりしなきゃ。ここでしっかり対応しないと、デル様の名前にも傷がつくわ――)
足に力を入れて、踏ん張ら――なきゃ――――
そこで私の意識は途切れた。
これにて本章は終わりです。
いくつか閑話を挟んで最終章に入ります!
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