銀色ポニーテール
肝臓の炎症を抑える――黄連解毒湯、五物解毒散、茵陳蒿湯
体力、気力の支援――十全大補湯、補中益気湯
食欲の向上――六君子湯、加味逍遥散
(……こんなところかしら。トロピカリ中の家畜に与えるとなると、ものすごい量になるわね)
事務棟の休憩室を貸してもらい、調合の段取りを紙に書き出す。
6つの処方に必要な生薬は26種類にものぼる。また、家畜の体重に合わせて、構成する生薬の量も増やさなくてはいけない。
生薬の重さ総量としては、数千パム単位になる計算だ。
私1人到底さばき切れない量である。現状、人手も材料も不足している。
私は念話でサルシナさんに連絡を取り、医療研究所の担当部署で量産してもらうよう依頼をお願いした。加えて、トロピカリの診療所にも応援依頼をかけた。
応援が来るまでは、往診カバンに入っているものを使って調合を行うことにする。
無心で調合していると、ほどなくして診療所のひょろり医師と薬師が到着した。このメンバーでひたすら調合し、今日明日分くらいの薬は確保することが出来た。
王城へ帰還したのは、日付が変わった頃だった。
◇
翌日から、早速持ち帰ってきた落花生の分析を開始した。
使うのは、おなじみの液クロである。
落花生を有機溶媒で抽出し、試料を液クロ分析にかけた結果――
――アフラトキシンが検出された。
念のため顕微鏡で黒カビを観察したところ、アフラトキシンを生産するアスペルギルス属の特徴的な形態も見えたし、間違いなさそうだ。
トロピカリの一大事とあって、ここ数日は帰城せず、研究所に泊まり込んで分析や調合の指導などに専念している。
とにもかくにも自分の予想が当たっていたことが分かり、胸をなでおろす。
(アフラトキシンじゃなかったら、私の知識にない病気だもの)
幸か不幸か、これまでに私がブラストマイセスで出くわしている病気は、前世の知識として知っているものか、簡単な薬で治るようなものばかりだ。人より記憶力が良いお蔭で毎回対処できているけれど、今後ずっとそうである保証はない。未知の病気と対峙した時、薬師として、王妃として、自分は打ち勝てるのか。そういう不安は常にある。
(――とにかく、結果をドクターフラバスに報告して、ブルーノさんに説明しなきゃね)
薬物部で大量生産してもらっている各種漢方薬も、ある程度仕上がってきている。
ロシナアムに各方面への連絡とスケジュールの調整をしてもらい、さっそく明日トロピカリへ向かうことになった。
◇
翌日。
泊まりこんでいた研究所から、シャバに出る。
陽射しがまぶしい。2月にしては、季節外れの温かさだ。
ここ数日、睡眠時間はどれぐらいだっただろうか。不死身の身体とはいえ、さすがに眠いなぁとぼんやりしていると、明るい声が耳に入った。
「よ! 今日は俺が護衛だぜ」
「ライ!? ロシナアムがお休みだから、代役はジョゼリーヌかと思っていたわ! どうしたのよ、急に!?」
迎えに来たのは、白い騎士服に身を包み、ピカーッと笑うライだった。良く晴れた今日の天気に似合う、爽やかな笑顔だ。
魔王城はホワイト企業なので、使用人でも週に2日は休みがもらえる。もちろんロシナアムも例外ではなく、彼女が休みの日は双子の妹ジョゼリーヌが来てくれるから、てっきり今日もそうかと思っていた。
「なんだよ、俺じゃ不満か? ジョゼリーヌが風邪ぎみらしくてさ、話が回ってきたんだよ」
「とんでもないわ! 騎士団副長様に護衛してもらえるなんて、光栄でございます」
スカートをつまんで、私も彼の真似をしてピカーッと笑ってみる。
ライは元々爽やかイケメンだったけれど、今やそれに加えて騎士団副長を務めるほど強い。白い騎士服は彼の白い肌と銀髪によく似合っているし、腰にはいた剣もすごく様になっている。
ロシナアム情報によると、ライは巷で「氷の騎士様」とか呼ばれていて、すごくモテているらしい。王都のパトロールをすると、瞬く間に婦女子に囲まれるそうである。なんでかいつも仏頂面で、全然相手にしないらしいけれど。
そんな彼を不満だなんて思ったら、王都の婦女子からボロクソに叩かれる事間違いない。
「ふん、ならいいんだ! ほ、ほら、行くぞ!」
サッと踵を返したライだけど、長い脚がからまってつまづいた。
「ふふっ、何してるのよ」
「う、うるさいな! ひ、久しぶりにトロピカリに行けるから緊張してんだよっ」
さっと耳に朱がさすライ。
これが氷の騎士様とは、世の中分からないものだ。口を開けばやんちゃなお兄さんて感じなのに。トロピカリに住んでいた頃から、彼の中身はほとんど変わらない。
「そっか、騎士団に入ってから帰ってないんだっけ。お父さんとお母さん、心配してるんじゃないの?」
「あー、両親はとっくに死んでるんだ。事故でさ」
先を行くライが、こっちを振り返って、困ったように笑う。
「そ、そうだったの! ごめんなさい、余計なこと言っちゃって」
「いーよ。正直俺、3歳とかそこらだったかさら、よく覚えてないんだ」
からからと笑うライ。
常に明るい彼だけれど、早くにご両親を亡くしたんじゃ、苦労も多かったのではないだろうか。己の軽口を悔やみつつ、小走りで彼の横に並び、横顔を見上げる。
「な、何だよ。あんまし見るなよ」
「ご、ごめん」
何となく気まずい空気のなか、ドラゴン乗り場に向かう。
調合した大量の漢方薬は、すでに積み込みが終わっていた。ファミリーサイズドラゴンの大きな背中が、木箱でいっぱいになっている。
「では、王妃様はいつも通りステッキーをお使いくださいませ」
受付嬢のアナウンス。いつも通り、ってことは、ステッキーは半ば専属のような扱いになっているのだろうか。こちらとしても、ころころ乗るドラゴンが変わるより、同じドラゴンの方がリラックスできるからありがたいけれど。
フリードリンクの『あたたか~い』コーナーからレモンティーを一つ頂き、ステッキーに乗り込んだ。護衛のライも隣に座る。
ばっさばっさとステッキーが大きくはばたくごとに、ぐんと高度があがっていく。
「ライは、高い所は平気なの?」
「おーよ。気持ちいいよな、空を飛ぶって。悩みとか、もやもやした気持ちまで吹き飛ばされる気がする」
そう言う彼の銀色のポニーテールは、陽の光を浴びてきらめきながら、風を受ける。
ミドリムシのように澄んだ瞳が、私を見て微笑む。
私は単純に、すごく綺麗な姿だと思った。
・パムはこの世界の重さの単位です。1パムは1グラムに相当します。
・『あたたか~い』恒温器は、エロウス(炎竜)の鱗で作った魔片具です。




