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カビ毒

 放牧エリアの外側、木々が茂ったあたりに餌倉庫はあった。

 見た目は畜舎と同じだ。

 ブルーノさんが(かんぬき)を外して、重たそうな扉を引く。

  

「――ここでさあ。トウモロコシ、大麦なんかがメインで、落花生なんかのナッツ類もあります。奥が新しくて、手前に積んでるのが古いものです。さっきも言った通り、肥料のお蔭で今年は豊作なので……不作用に備蓄していた古い落花生――この山だけども、数か月前からこいつを混ぜて食わせてます」


 ちょっと湿気た、ほこりっぽい倉庫。ブルーノさんは一番手前にある一山を指し示した。

 茶色い土嚢袋のようなものが、いくつも積み上がっている。


「中身を見てもいいですか?」


「い、いいですけど、本当に普通の落花生ですよ?」


 ちょうど口が開いている土嚢袋の側に膝をつき、一掴み中身を取り出す。


 黄土色の、なんの変哲もない落花生だ。


(見た目は普通。中身は――)


 指先に力を込めて、落花生を割る。

 その中身を見て、心臓が跳ねあがる。


(――っ! これは!)


 皮の内側と豆の一部が、黒っぽく変色していた。


「……ドクターフラバス、ブルーノさん。分かったかもしれません。これは、カビ毒だと思われます」


「カビ、毒?」

「カビ毒って、どういうことだい? 毒をつくる種類のカビということ?」


 ドクターフラバスが私の手元を覗き込み、首をひねる。


「その通りです。元居た世界……ゴホン。異国で実際に起こった出来事です。ナッツや穀物を食べた家畜が、肝障害を起こしてバタバタと死んでしまったんです。調べたところ、餌であるナッツや穀物にカビが生えていたそうです」


「えっ、と……この黒いのが、カビだってことか?」


 ブルーノさんが、よく分からないといった顔で落花生の皮を指差す。


「そうです。その異国の最終報告によれば、カビはアスペルギルス・フラバスという種類のカビで、アフラトキシンという毒を生産していたそうです」


「ふ、フラバスねえ」


 苦笑いをするドクターフラバス。

 魔族は人間に化けて暮らすとき、人間用の名前を適当に考えてつけるらしい。ドクターフラバスのフルネームは『フラバス(人間名)ゼータ(魔族名)ユニコーン(種族)』である。

 偶然とはいえ、カビと名前かぶりするとは、ちょっとけしからん事態である。


「カビと同じ名前だなんてすごく羨ましいですよ! 残念ながら、セーナっていうカビはいないんです。ドクターフラバスは幸運ですよ、もっと喜ぶべきです! ……それでですね、そのアフラトキシンは肝臓にすごく毒なんです。ですから、現在の状況とすごく似ています。アフラトキシンである可能性はすごく高いと思います」


「ふむ……。セーナ君は異国の知識に長けているから、信じる価値はありそうだね。アフラトキシンかどうか、確定することはできるのかい?」


「研究所で分析すれば可能です。再現性をとることも考えると、2日ぐらいかかるとは思いますが。ブルーノさん、いくつか落花生を持ち帰ってもいいですか?」


「あ、ああ、もちろんさ。まさか、餌が原因だったとはな……。見た目が普通だったから、中にカビが生えてるなんて気づかなかったよ……」


 がっくりと膝をつくブルーノさん。


 聞けば、具合が悪くて食欲が落ちた家畜には、落花生を潰して湯に溶いたものを与えていたそう。アフラトキシンは熱でも分解しないから、さらに毒を与えてしまっていたことになる。

 そして唯一元気だった翼羊たちは、落花生が嫌いだったから、そもそも与えていなかったそうだ。


 うなだれる彼の横にしゃがみ、そっと背中に手を当てる。


「ブルーノさんは家畜のためを思ってやっていたのですから、自分を責めることはないですよ」


「そうだよブルーノ。原因が分からない中で君はよく頑張っていたと思う、仕方ないさ。落花生が原因だって分かったんだから、次にやることがあるだろう?」


 ドクターフラバスの声に、ハッと顔を上げるブルーノさん。


「そ、そうさね! 餌場から落花生を取り除いてきます!! 他の農場にも急いで通達を送らないと!!」


 そう叫び、彼は転がるように餌倉庫を飛び出していった。


「……ほんと、セーナ君には助けられるね」


「ふふ、だてに人生2回目じゃないですからね。でも、肝臓というキーワードがあったから、可能性が頭に浮かんでいたんですよ。ドクターフラバスの剖検のおかげです」


 マウスや蛇のように小型であれば自分で解剖できるけど、家畜レベルになるとちょっと手におえない。医師である彼が丁寧に剖検し、肝臓の異変を突き止めてくれたからこそ、最終的に「肝障害」が特徴的なアフラトキシンに行きついたのだ。


「僕も役に立てたならよかったよ。――で、アフラトキシンは治療薬はあるのかい? ごめんね、僕は初めて聞く病名だから」


「それが、無いんです。カビた落花生を取り除けば新しい発症は抑えられますが、すでに肝臓がやられているとなると、特効薬はないですね。対症療法ということになります」


「対症療法か……。肝臓がんには抗がん剤、手術で取り除ける場合は切り取る、そういう感じでいいのかな」


「そうですね。私は、回復をサポートするような漢方を調合しようと思います」


「じゃ、今日はこれからお互い処置に入ろう。で、セーナ君が持ち帰った落花生の分析結果が出たら、また打ち合わせをしようか」


「わかりました」


 互いにひとつ頷き、作業へと散った。


(さて、と)


 がんや肝障害に効果のある漢方薬は、論文レベルではいくつか報告があるものの、「これを飲めば必ず効く!」という処方はない。

 だけど、自分の免疫力を高めたり、体力を補う事で間接的にがんの諸症状を軽減するものはある。


「ロシナアム、調合するわよ!」


「承知しましたわ!」


 往診カバンを持ったロシナアムが小走りでこちらにやってくる。

 倉庫の中は衛生的ではないので、事務棟の一室を借りて調合することにした。


☆カビ毒とは(マイコトキシン)

カビの二次代謝産物として産生される毒の総称。

アスペルギルス・フラバス(Aspergillus flavus)によるものをアフラトキシンといい、天然物でもっとも強力な発ガン物質です。

アフラトキシンが原因のものとして、ターキーX(七面鳥X病)事件などがあります。

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本作が大幅改稿のうえ書籍化します! 2022/9/22 メディアワークス文庫から発売予定


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― 新着の感想 ―
[一言] カビ毒こわー!肝臓は「沈黙の臓器」ですもんね。 なかなか解らない筈だわ。
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