表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

124/177

液クロ

 ――翌日。


「サルシナさん、おはようございます! 今日もカラムの続きですねっ!」


 出勤後、身支度を整えて、実験室に飛び込む。

 サンプルがたくさんあるため、カラムは昨日だけでは終わらなかった。今日いっぱいはかかる見込みだ。時間が惜しい。一秒でも早く取り掛かりたい!


「おはよう。あんた、いつもの事だけど、すごく生き生きしてるよね……」


 寝ぼけまなこのサルシナさん。あくびを噛み殺しつつ、朝食であろうパンを()んでいる。

 一緒に働いてみて分かったのだけど、サルシナさんは朝が弱い。どうやら夜更かししているらしいのだけど、何をしているのかは教えてくれない。


「そりゃあもう! だって実験ができるんですもん。早く活性成分ちゃんを見つけて、薬にしてあげるのが私の使命であり、やりがいです!!」


 異世界は、未知なるものに溢れている。いくら私が不老不死だからと言っても、その全てを明らかにして、役割を与えるには、のんびりしていられない。多少眠くたって疲れていたって、研究所(ここ)に来れば力がみなぎってくるのである。


 壁にかかった白衣を羽織りつつ、今日やることに頭を巡らせる。 


「サルシナさんは引き続きカラムをお願いします。私はカラム完了したものを液クロにかけて、ピークを分取しちゃいます」


「はいよ。これ食べ終わって手を洗ったら、すぐ取り掛かる」


「お願いします。先に始めてますね~!」


(棺桶に入れて持ってきた液クロ! ようやく出番だわ!)


 弾む心に、自然とスキップをしてしまう。液クロは、個人的に好きな実験ナンバーワンなのだ。

 実験室のすみっこに配置した、液クロの元へと向かう。


 ――高速液体クロマトグラフィー、略して液クロ。仕組みはカラム分画とほぼほぼ同じだ。何が違うのかと言うと、カラム分画を機械化したことによって、より細かく、定量的に、成分を分析できることだ。


 鼻歌交じりに、ポチッと液クロの電源ボタンを押す。

 緑色のランプが点灯し、ウイーンと機械音が鳴り始める。


(ふふっ、この音が好きなのよね!)


 笑みとヨダレがこらえきれない。多分、理系なら自分の好きなお気に入り実験器具の一つや二つ、あるんではないだろうか。したがって、私は不審者ではない。


 ちなみにブラストマイセスに公共電気は無いので、液クロは電竜の魔片を使用して動かしている。


「まずパージね」


 Puege(パージ)と書かれたボタンを押す。

 パージというのは、装置内ポンプの空気を抜いたり、溶媒を流す圧力を安定させるために行う。実験前の安定化の作業だ。


 液クロ本体とつながっているモニターに、折れ線グラフのようなものが映し出される。

 これが液クロで分析したデータを表していて、横軸が時間、縦軸が量を表している。まあ、表示設定は色々変えられるから、必ず「これがこう!」と決まっているわけではない。


 モニター上のグラフが安定すれば、回路がスタンバイ状態になったということだ。準備完了である。


 昨日カラム分画して、一晩デシケーター(真空防湿庫)で乾燥させたサンプルを、日本の単位でいう1mg/mlに再度溶解する。

 シリンジに充填し、指ではじいて空気を抜く。液クロに空気の混入は大敵だから、気を付けなければいけない。


 シリンジを、液クロの注入ポートに差し込む。

 サンプル注入後、バルブをinjection(インジェクション)と書かれた方に回し、スタートボタンを押す。


「測定開始っと!」


 ウィィーンと、先ほどとは違う機械音が鳴り出す。


 組んだプログラムは、1時間で0~100%のグラジエントをかけるものだ。液クロの機械が自動で濃度を上げていってくれるので、実験者がいちいち動くことはない。


 試料に含まれる成分が溶出するとき、モニターのグラフは山のように上に伸びる。溶出が終わると、グラフも下降していく。

 上に伸び始めたら、素早く試験管を持ち、廃液を回収する。こうすることで、このとき検出されている成分を単離することができるのだ。


 画面を見ながら、グラフの上昇ピークに合わせて廃液を回収。

 これを1時間続ける。


「このピークのどれかが、目的成分かもしれないわ! そう思うとドキドキが止まらない……!!」


 ここで回収した成分はおおよそ単一であるから、再度スクリーニングにかければどのピークに活性があるのか分かるということだ。


 興奮に胸を躍らせながら、液クロを進めていく。

 ちらりとサルシナさんの方を見やると、彼女も真剣にカラムを流していた。


(……良いわね。研究の相棒がサルシナさんでよかったわ。丁寧に、しっかりやってくれているもの)


 研究の成功は、丁寧さにかかっていると言ってもいい。

 すごく頭のいい人が、お金をたくさんつぎ込んで取り組んでも、雑な実験をしていれば絶対に成功しない。逆に、凡人であっても、愚直に丁寧に実験をしていれば、必ず綺麗なデータは取れるのだ。


 サルシナさんという素晴らしいパートナーに恵まれたことに、心の中で感謝した。



 ――液クロを2セットかけたところで、お昼の時間になってしまった。


「もうこんな時間かぁ。名残り惜しいけど、休憩はしっかり取らないとね。続きは明日にしましょう」


 Purge(パージ)ボタンを押して、溶媒を流す。これは測定終了後の洗浄を意味していて、回路に残っている試料なんかを綺麗にするのだ。


「サルシナさん、そっちはどうですか?」


 カチャカチャと試験管をまとめながら、ひょいっと首を伸ばす。


「全部カラムをかけ終えたよ。午後は片づけをして、エバポレーター(減圧蒸発)をすることになると思う」


 サルシナさんもひょいっと身体を傾けて、棚の向こうから応える。


「順調ですね! ご苦労様です。えーと、私は午後外回りなので、あとはよろしくお願いします」


「はいよ。気を付けて行ってきな」


 廃液を分取した試験管たちは、カバーをかけて冷蔵庫へしまう。この処理はまた明日だ。


 白衣を脱いで執務室に戻る。

 見計らったかのように、食堂からのデリバリーが届く。


「ご注文のステーキセットです」


「ありがとう。机に置いてください」


 腹が減っては戦ができぬ。

 外回りは結構消耗するので、しっかり食べてから出かけることにしている。


 席につき、カバンから手帳を引っ張り出す。午後の予定は何だっただろうか。

 お行儀は悪いけれど、時間が勿体ないので「ながら飯」である。


「今日から3日間トロピカリ……。あ、この付け合わせおいしい。……え、ドクターフラバスも同行? 家畜に関する相談。詳しくは到着してから説明するって、一体どういう状況なのかしら」


 いつもと違う業務内容に戸惑いながらも、ステーキセットを食べ終えた私は、迎えに来たロシナアムと合流した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作が大幅改稿のうえ書籍化します! 2022/9/22 メディアワークス文庫から発売予定


html>
― 新着の感想 ―
[良い点] Twitterで見て来ました 漢方薬学のパワーすごいです [一言] ガチでHPLCでしたね ちなみに検出器はUVですか? フラクションコレクター欲しくなっちゃいますね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ