液クロ
――翌日。
「サルシナさん、おはようございます! 今日もカラムの続きですねっ!」
出勤後、身支度を整えて、実験室に飛び込む。
サンプルがたくさんあるため、カラムは昨日だけでは終わらなかった。今日いっぱいはかかる見込みだ。時間が惜しい。一秒でも早く取り掛かりたい!
「おはよう。あんた、いつもの事だけど、すごく生き生きしてるよね……」
寝ぼけまなこのサルシナさん。あくびを噛み殺しつつ、朝食であろうパンを食んでいる。
一緒に働いてみて分かったのだけど、サルシナさんは朝が弱い。どうやら夜更かししているらしいのだけど、何をしているのかは教えてくれない。
「そりゃあもう! だって実験ができるんですもん。早く活性成分ちゃんを見つけて、薬にしてあげるのが私の使命であり、やりがいです!!」
異世界は、未知なるものに溢れている。いくら私が不老不死だからと言っても、その全てを明らかにして、役割を与えるには、のんびりしていられない。多少眠くたって疲れていたって、研究所に来れば力がみなぎってくるのである。
壁にかかった白衣を羽織りつつ、今日やることに頭を巡らせる。
「サルシナさんは引き続きカラムをお願いします。私はカラム完了したものを液クロにかけて、ピークを分取しちゃいます」
「はいよ。これ食べ終わって手を洗ったら、すぐ取り掛かる」
「お願いします。先に始めてますね~!」
(棺桶に入れて持ってきた液クロ! ようやく出番だわ!)
弾む心に、自然とスキップをしてしまう。液クロは、個人的に好きな実験ナンバーワンなのだ。
実験室のすみっこに配置した、液クロの元へと向かう。
――高速液体クロマトグラフィー、略して液クロ。仕組みはカラム分画とほぼほぼ同じだ。何が違うのかと言うと、カラム分画を機械化したことによって、より細かく、定量的に、成分を分析できることだ。
鼻歌交じりに、ポチッと液クロの電源ボタンを押す。
緑色のランプが点灯し、ウイーンと機械音が鳴り始める。
(ふふっ、この音が好きなのよね!)
笑みとヨダレがこらえきれない。多分、理系なら自分の好きなお気に入り実験器具の一つや二つ、あるんではないだろうか。したがって、私は不審者ではない。
ちなみにブラストマイセスに公共電気は無いので、液クロは電竜の魔片を使用して動かしている。
「まずパージね」
Puegeと書かれたボタンを押す。
パージというのは、装置内ポンプの空気を抜いたり、溶媒を流す圧力を安定させるために行う。実験前の安定化の作業だ。
液クロ本体とつながっているモニターに、折れ線グラフのようなものが映し出される。
これが液クロで分析したデータを表していて、横軸が時間、縦軸が量を表している。まあ、表示設定は色々変えられるから、必ず「これがこう!」と決まっているわけではない。
モニター上のグラフが安定すれば、回路がスタンバイ状態になったということだ。準備完了である。
昨日カラム分画して、一晩デシケーターで乾燥させたサンプルを、日本の単位でいう1mg/mlに再度溶解する。
シリンジに充填し、指ではじいて空気を抜く。液クロに空気の混入は大敵だから、気を付けなければいけない。
シリンジを、液クロの注入ポートに差し込む。
サンプル注入後、バルブをinjectionと書かれた方に回し、スタートボタンを押す。
「測定開始っと!」
ウィィーンと、先ほどとは違う機械音が鳴り出す。
組んだプログラムは、1時間で0~100%のグラジエントをかけるものだ。液クロの機械が自動で濃度を上げていってくれるので、実験者がいちいち動くことはない。
試料に含まれる成分が溶出するとき、モニターのグラフは山のように上に伸びる。溶出が終わると、グラフも下降していく。
上に伸び始めたら、素早く試験管を持ち、廃液を回収する。こうすることで、このとき検出されている成分を単離することができるのだ。
画面を見ながら、グラフの上昇に合わせて廃液を回収。
これを1時間続ける。
「このピークのどれかが、目的成分かもしれないわ! そう思うとドキドキが止まらない……!!」
ここで回収した成分はおおよそ単一であるから、再度スクリーニングにかければどのピークに活性があるのか分かるということだ。
興奮に胸を躍らせながら、液クロを進めていく。
ちらりとサルシナさんの方を見やると、彼女も真剣にカラムを流していた。
(……良いわね。研究の相棒がサルシナさんでよかったわ。丁寧に、しっかりやってくれているもの)
研究の成功は、丁寧さにかかっていると言ってもいい。
すごく頭のいい人が、お金をたくさんつぎ込んで取り組んでも、雑な実験をしていれば絶対に成功しない。逆に、凡人であっても、愚直に丁寧に実験をしていれば、必ず綺麗なデータは取れるのだ。
サルシナさんという素晴らしいパートナーに恵まれたことに、心の中で感謝した。
――液クロを2セットかけたところで、お昼の時間になってしまった。
「もうこんな時間かぁ。名残り惜しいけど、休憩はしっかり取らないとね。続きは明日にしましょう」
Purgeボタンを押して、溶媒を流す。これは測定終了後の洗浄を意味していて、回路に残っている試料なんかを綺麗にするのだ。
「サルシナさん、そっちはどうですか?」
カチャカチャと試験管をまとめながら、ひょいっと首を伸ばす。
「全部カラムをかけ終えたよ。午後は片づけをして、エバポレーターをすることになると思う」
サルシナさんもひょいっと身体を傾けて、棚の向こうから応える。
「順調ですね! ご苦労様です。えーと、私は午後外回りなので、あとはよろしくお願いします」
「はいよ。気を付けて行ってきな」
廃液を分取した試験管たちは、カバーをかけて冷蔵庫へしまう。この処理はまた明日だ。
白衣を脱いで執務室に戻る。
見計らったかのように、食堂からのデリバリーが届く。
「ご注文のステーキセットです」
「ありがとう。机に置いてください」
腹が減っては戦ができぬ。
外回りは結構消耗するので、しっかり食べてから出かけることにしている。
席につき、カバンから手帳を引っ張り出す。午後の予定は何だっただろうか。
お行儀は悪いけれど、時間が勿体ないので「ながら飯」である。
「今日から3日間トロピカリ……。あ、この付け合わせおいしい。……え、ドクターフラバスも同行? 家畜に関する相談。詳しくは到着してから説明するって、一体どういう状況なのかしら」
いつもと違う業務内容に戸惑いながらも、ステーキセットを食べ終えた私は、迎えに来たロシナアムと合流した。




