表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

122/177

約束

 仕事を終えて部屋に戻ってきたデル様は、すごく謝ってきた。

 ロシナアムから事の顛末を聞いたようで、まさかセイレーンさんがそのような態度を取るとは思っていなかったらしい。


「元々気の強い女性ではあったが、公平な女性だったのだ。こんなことになるなんて思ってもみなかった……。産後の疲れでイライラしているのか知らんが、セーナに冷たく当たっていい理由にはならない。魔族の長として申し訳なく思う。本当にすまない」


 私の顔を覗き込み、眉を下げるデル様。

 捨てられた子犬のような表情をチラリと見つつ、机の上のお茶菓子に手を伸ばす。


「いいですよ、私にも落ち度はありましたし。子育てはそれだけ大変なのでしょう。ていうか、デル様は何にも悪くないじゃないですか。謝ることないです。……ただ……でも……一つ気になることがありまして……」


「何だ、何でも言ってほしい」


 対面に座っているデル様が身を乗り出し、私の手を掴んできた。

 その真剣な表情に、これから口にすることがすごく小さくて卑しいことに思えてきて、私は目を逸らした。 


「……デル様って、妖艶な女性が好みなんですか……? わ、私みたいに地味なのは、好みじゃないはずだってセイレーンさんが」


「せ、セーナ、それは、」


「……っ、こっちを見ないでください」


 やばい、言ってて泣きそうになってきた。

 ぐっと唇を噛みしめて、落ち着け落ち着けと、自分に言い聞かせる。

 こんな嫉妬みたいな質問をして泣くなんて、大人気ないにも程がある。聞くことそのものが嫉妬深い行動なのに、さらに泣いてしまえばさすがのデル様も呆れるだろう。


「はあ……」


 案の定、深いため息が上から降ってきた。

 あっ、嫌われる。そう瞬時に理解した私は、慌てて質問を撤回しようとしたのだけど――


(!?)


 強い力で、ぎゅっと引き寄せられた。

 ぎゅむっと、ほっぺたが彼の胸板で潰れる。


「でるさま……?」


「……すまない、あまりにセーナが可愛らしくて。それに……嫉妬、してもらえるなんて思ってもみなかったから」


 しんみりと、感極まったような声で話すデル様。


(嫌われたため息じゃなかったの……?)


「……私は角を失って以来、ろくに公務もできない男になってしまったからな。セーナの負担を増やしてしまっているし、嫌われたらどうしようと、恥ずかしいが、そんなことばかり考えてしまっていた。だから今……とても嬉しい」


(デル様が、不安になっていたなんて)


 私を抱きしめる腕が、身体が、ほんの少しだけ震えていることに気づく。

 いつも強気で頼れる魔王様が、私なんかに嫌われることを心配していただなんて。


(そんなこと、あるはずないのに)


 ふふ、と思わず頬が緩む。

 彼の背中に回した腕に力を込め、口を開く。


「私がデル様を嫌いになるなんて、あり得ません。こんなに優しくて私の事を理解してくれる方は、他にいないです。公務の件も負担ではないですよ? 夫婦なんですから、やれる方がやったらいいんです。……嫉妬、したのは自分でもびっくりしました。そんな感情、自分の中にあったんだって。すみません、心の狭い女で……。」


「……そんなことあるものか。そなたに好いてもらえて、私はとても幸せだ。私はそなたが可愛くて仕方がない」


 デル様は私の首元に顔をうずめて、いっそう強く抱きしめてくれた。彼の綺麗な髪の毛が顔にあたって、ちょっとこそばゆい。


「……セイレーンの一族は歌が上手くてな、魔王が催し物を開く際には必ず呼ばれるような関係性だったのだ。幼少期の私に、舞台で華々しく歌う彼女が素晴らしく見えたのは事実だ。ただそれは、はっきり言っておくが、恋愛感情ではなく感動だ。――妖艶な女性が好きだ、というのは、どうしてそういうことになったのか分からないが……もしかしたら、彼女の舞台衣装を褒めたのが、そう捉えられたのかもしれないな……」


 言葉を選ぶように、ゆっくり話すデル様。

 私が傷つかないように、という彼の気配りをすごく感じる。それこそが、彼の誠実な気持ちを何よりも表しているように感じられた。


「お話してくれてありがとうございます、よく分かりました」


「これからも、気になることがあったら聞いてほしい。そなたに隠すことなど、一つもないのだから。私はセーナだけがいてくれればいいのだ」


 首元から顔を上げて、まっすぐ私の目を見るデル様。

 夜空色に輝くその瞳には、なんの陰りもなかった。


「はい。ただし、デル様もですよ。一人で不安になるのは、お互いナシです!」


「くく、セーナには敵わないな。約束しよう」


 顔を見合わせて笑い合う。


 デル様が笑ってくれると、無条件に嬉しくなる。私はすごくこの人のことが好きなんだなあと、改めてじみじみと感じた。


「あっ、すみません。真っ直ぐ帰ってきちゃったので、お土産を買い忘れました。デル様が言っていた『まものの玉子』とか『鬼サブレー』、気になってたんですけど……」


 バルトネラのお勧めお菓子を教えてもらっていたんだけれど、とてもお土産屋さんに寄る気分じゃなかったのだ。全てすっきりした今となっては、かなり惜しいことをした心持ちになってくる。デル様もお菓子を楽しみにしていたかもしれないと思うと、申し訳なさもあった。


「ああ、それは全く問題ない。色々街を見て回るのも楽しいかと思って言っただけだからな。私はどんなものか知っているが、セーナは食べられなくて残念であろう。エロウスに命じて、明日取り寄せよう」


「いいんですか!? ありがとうございます!」


 なんだか長い一日だったけれど、デル様と笑顔で終えることができて良かったなあと、心から思うのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作が大幅改稿のうえ書籍化します! 2022/9/22 メディアワークス文庫から発売予定


html>
― 新着の感想 ―
[一言] 嫉妬とコンプレックスに悩むセーナさんが可愛いです。セーナさん、泣く必要無いんだよって、1話前のロシナアムのように抱き締めてあげたい。 でもそれはデル様の役目ですよね。 なにっ……?「まもの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ