約束
仕事を終えて部屋に戻ってきたデル様は、すごく謝ってきた。
ロシナアムから事の顛末を聞いたようで、まさかセイレーンさんがそのような態度を取るとは思っていなかったらしい。
「元々気の強い女性ではあったが、公平な女性だったのだ。こんなことになるなんて思ってもみなかった……。産後の疲れでイライラしているのか知らんが、セーナに冷たく当たっていい理由にはならない。魔族の長として申し訳なく思う。本当にすまない」
私の顔を覗き込み、眉を下げるデル様。
捨てられた子犬のような表情をチラリと見つつ、机の上のお茶菓子に手を伸ばす。
「いいですよ、私にも落ち度はありましたし。子育てはそれだけ大変なのでしょう。ていうか、デル様は何にも悪くないじゃないですか。謝ることないです。……ただ……でも……一つ気になることがありまして……」
「何だ、何でも言ってほしい」
対面に座っているデル様が身を乗り出し、私の手を掴んできた。
その真剣な表情に、これから口にすることがすごく小さくて卑しいことに思えてきて、私は目を逸らした。
「……デル様って、妖艶な女性が好みなんですか……? わ、私みたいに地味なのは、好みじゃないはずだってセイレーンさんが」
「せ、セーナ、それは、」
「……っ、こっちを見ないでください」
やばい、言ってて泣きそうになってきた。
ぐっと唇を噛みしめて、落ち着け落ち着けと、自分に言い聞かせる。
こんな嫉妬みたいな質問をして泣くなんて、大人気ないにも程がある。聞くことそのものが嫉妬深い行動なのに、さらに泣いてしまえばさすがのデル様も呆れるだろう。
「はあ……」
案の定、深いため息が上から降ってきた。
あっ、嫌われる。そう瞬時に理解した私は、慌てて質問を撤回しようとしたのだけど――
(!?)
強い力で、ぎゅっと引き寄せられた。
ぎゅむっと、ほっぺたが彼の胸板で潰れる。
「でるさま……?」
「……すまない、あまりにセーナが可愛らしくて。それに……嫉妬、してもらえるなんて思ってもみなかったから」
しんみりと、感極まったような声で話すデル様。
(嫌われたため息じゃなかったの……?)
「……私は角を失って以来、ろくに公務もできない男になってしまったからな。セーナの負担を増やしてしまっているし、嫌われたらどうしようと、恥ずかしいが、そんなことばかり考えてしまっていた。だから今……とても嬉しい」
(デル様が、不安になっていたなんて)
私を抱きしめる腕が、身体が、ほんの少しだけ震えていることに気づく。
いつも強気で頼れる魔王様が、私なんかに嫌われることを心配していただなんて。
(そんなこと、あるはずないのに)
ふふ、と思わず頬が緩む。
彼の背中に回した腕に力を込め、口を開く。
「私がデル様を嫌いになるなんて、あり得ません。こんなに優しくて私の事を理解してくれる方は、他にいないです。公務の件も負担ではないですよ? 夫婦なんですから、やれる方がやったらいいんです。……嫉妬、したのは自分でもびっくりしました。そんな感情、自分の中にあったんだって。すみません、心の狭い女で……。」
「……そんなことあるものか。そなたに好いてもらえて、私はとても幸せだ。私はそなたが可愛くて仕方がない」
デル様は私の首元に顔をうずめて、いっそう強く抱きしめてくれた。彼の綺麗な髪の毛が顔にあたって、ちょっとこそばゆい。
「……セイレーンの一族は歌が上手くてな、魔王が催し物を開く際には必ず呼ばれるような関係性だったのだ。幼少期の私に、舞台で華々しく歌う彼女が素晴らしく見えたのは事実だ。ただそれは、はっきり言っておくが、恋愛感情ではなく感動だ。――妖艶な女性が好きだ、というのは、どうしてそういうことになったのか分からないが……もしかしたら、彼女の舞台衣装を褒めたのが、そう捉えられたのかもしれないな……」
言葉を選ぶように、ゆっくり話すデル様。
私が傷つかないように、という彼の気配りをすごく感じる。それこそが、彼の誠実な気持ちを何よりも表しているように感じられた。
「お話してくれてありがとうございます、よく分かりました」
「これからも、気になることがあったら聞いてほしい。そなたに隠すことなど、一つもないのだから。私はセーナだけがいてくれればいいのだ」
首元から顔を上げて、まっすぐ私の目を見るデル様。
夜空色に輝くその瞳には、なんの陰りもなかった。
「はい。ただし、デル様もですよ。一人で不安になるのは、お互いナシです!」
「くく、セーナには敵わないな。約束しよう」
顔を見合わせて笑い合う。
デル様が笑ってくれると、無条件に嬉しくなる。私はすごくこの人のことが好きなんだなあと、改めてじみじみと感じた。
「あっ、すみません。真っ直ぐ帰ってきちゃったので、お土産を買い忘れました。デル様が言っていた『まものの玉子』とか『鬼サブレー』、気になってたんですけど……」
バルトネラのお勧めお菓子を教えてもらっていたんだけれど、とてもお土産屋さんに寄る気分じゃなかったのだ。全てすっきりした今となっては、かなり惜しいことをした心持ちになってくる。デル様もお菓子を楽しみにしていたかもしれないと思うと、申し訳なさもあった。
「ああ、それは全く問題ない。色々街を見て回るのも楽しいかと思って言っただけだからな。私はどんなものか知っているが、セーナは食べられなくて残念であろう。エロウスに命じて、明日取り寄せよう」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
なんだか長い一日だったけれど、デル様と笑顔で終えることができて良かったなあと、心から思うのであった。




