もうひとつの真実
「――お疲れ様でした、セーナ様」
生意気侍女のロシナアムは、私のひどい有様を見ても、あえてそれしか言わなかった。彼女は当然デル様の状況も見ているので、色々聞きたいことはあるだろうに。
私自身気持ちがぐちゃぐちゃになっているところなので、あれこれ聞かずにそっとしてくれるのはありがたかった。
ボロボロになってしまったドレスを脱いで、浴室へ向かう。
風呂場で身体を見ると、あちこちに紫になっていて、腕は大きく腫れていた。
(やっぱり折れてる気がするわ……)
あとで私もドクターフラバスに診てもらおう。
毛玉になった髪の毛をほぐして洗い、軽く全身を清拭して風呂場を後にした。
急いでデル様の部屋に戻ると、ボサボサの赤毛に白衣の後ろ姿が目に飛び込んできた。
「ドクターフラバス! デル様はどうですか!?」
振り返ったドクターフラバスの顔は険しく、思わずハッと身を固くする。
「ああセーナ君。……陛下の外傷は角だけで、身体の他の部分は全く問題ないね。――角が折れたことによる影響は、正直分からない。前例がないんだ。とにかく様子を見て、その都度症状に対処していくことになると思う」
「そう、ですか……」
「今は一時的に身体のバランスが崩れているだけだよ。現時点で命に関わるような状況ではないから安心して」
「よ、かった――……」
足の力が一気に抜けて、へろりと絨毯にへたりこむ。
先の事はともかく、命に別状はないという事が何より私を安心させた。
「セーナ殿下、よかったですね!!」
河童さんが白い歯をキラリと見せて笑う。
歯だけでなく、目元も光ったように見えたのは、気のせいだろうか。
「魔王の角が折れるというのは前例がないから、治療は手さぐりになる。僕なんかはユニコーンだけど、折れてもまた生えてくるから全然問題ないんだ。――でも陛下の場合は違うのかもしれないね、これだけお辛そうなんだから」
「角が治るかどうかは、分からないという事ですか?」
「そう。折れたままなのか、生えてくるのか分からない。ちょっと長期戦になるかもしれないね」
「……分かりました。命が大丈夫だっただけで、私は……」
またまた泣きそうになってくる。
アラサーだし人前で泣くのはみっともないと思うのだけれど、今ばかりは自分で自分がコントロールできない。
「うん、大丈夫だよ。セーナ君、きみも怪我しているようじゃないか。さあ、診察しよう」
座り込んでいる私に、河童さんが騎士らしく手を差し伸べてくれる。
ありがたくその手を取り、よぼよぼと立ち上がる。
「あ、河童はすまないけど陛下を清めて差し上げて? しばらく入浴できないと思うから。水魔法の達人なら簡単でしょ?」
「それがしに任せてくれ」
河童さんの頭のあたりからふわ~っと霧のようなものが立ち上る。
それはふんわりとデル様を包み込み、浸透していく。
「ほら、セーナ君は診察だよ。腕見せて」
「あ、すみません。つい仕組みが気になっちゃって」
ドクターフラバスに向き合う形で着席する。
腫れあがった右腕を差し出す。
「――そういえば、デル様はあのマントをずっと抱きしめてるんです。わざわざ回収して、それからずっと。敵の持ち物なのに、なんでだろうって不思議なんですが……」
誰に言うとでもなく、疑問をこぼす。
デル様がモノに対してこだわりを見せるのは非常に珍しい。いつもは、何かもらっても、「良きに計らえ」と言って下賜してしまうし、部屋のインテリアですら部下任せで一切希望を言わないのに。
まあ、誰も答えを知っているはずがないだろう、と思ってはいたのだけれど――
「……うーん、これは陛下から直接聞いた方が……いや、それは酷だろうか……」
「えっ、何か知っているんですか、河童さん?」
予想に反した反応が返ってきたので、びっくりする。
ごにょごにょ言葉を濁す河童さんは、ドクターフラバスに意見を求めた。
「どう思う? フラバス殿」
「僕は、言っちゃっていいと思うけどね。セーナ君は王妃だ、知る権利がある」
私越しに会話が続けられる。二人は、このマントが何なのか、気付いているようだ。戦いの場に居なかったドクターフラバスまで分かるっていうのは、一体どういう訳なんだろう。
「教えて下さい。私、知りたいです」
くるりと振り返り、河童さんの緑色の目を見つめる。
じっと、数秒間無言が続き――暖炉の薪が爆ぜる音が部屋に響く。
彼はゆっくり口を開いた。
「このマントは、先代魔王――トリコイデス様の髪の毛で織られている」
「…………」
――私は耳を疑った。相槌を打てないほど――何も言葉が出ないほどに。
固まった私をチラリと見たドクターフラバスが、言葉をつなぐ。
「つまり、デルマティティディス陛下のお父様、ということになるね。我々魔族が、互いの魔力を感じ取れることは知っているだろう? このマントからは、トリコイデス様の魔力を感じる。多分、河童の言う通りなんだと思う」
開いた口を塞げないまま、デル様が抱きしめるマントに目をやる。
それは確かに――髪の毛と言われればそう見えるような光沢だ。でも、そんな、そんな恐ろしい事があるのだろうか?
「……先代の魔王様は、お若いうちに亡くなったと、聞きましたけど――」
からからの口を動かし、ぎゅっと締まった喉を無理やり機能させ、声を出した。
そう、確か以前、サルシナさんからそう聞いた。
「どういう亡くなり方をしたか、知ってる?」
「いえ、そこまでは……」
「フラバス殿、そこまではいいんじゃないか。さすがのセーナ殿下も、荷が重いだろう」
「……そうだね。結論だけ伝えるよ。トリコイデス様は……体の一部が無い状態で発見された。先代王妃様と私的な旅行中、何者かに襲われたと。簡単に言うと、そういうことなんだ」
「…………」
気を抜くと、意識が飛びそうだ。
ドクターフラバスは、かなり言葉を選んで話してくれた。それでも、あまりに残酷な話だ。これは、確かに、今の私には受け止めきれない話だと感じた。
(先代王妃様は、食事が摂れなくなって、後を追うように儚くなったとサルシナさんは言ってたわね。無理ないわ……)
ごくり、と唾を飲み込む。
「セーナ殿下、大丈夫ですか? それがしは、戦いの最中はそちらに集中していて気付けませんでした。恥ずかしながら、帰還してからもしやと……」
「僕もね、この部屋に入った時は、自分の感覚を疑ったよ。まさか、そんなわけあるかって思った。……どうやら、ヴージェキアはとんでもない人物だったようだね……」
「……彼女は、狂っていました」
ぽつりと呟く。
戦いの最中も、彼女の異常性は明らかだった。
その上、今聞いた話はなんてむごいんだろうか。デル様のおじい様が原因を作ったとはいえ、復讐心にまかせてトリコイデス様を殺めただけでは飽き足らず、その髪を編んで防具を作るなんて――正気の沙汰ではない。
デル様は、どんな気持ちで戦っていたのだろうか。自分の父親の仇だと、当然気づいていただろう。それこそ、ロイがこれを身に付けて反逆したときから、その想いは抱えていたんだろう。
毒ガスとダイナマイトなんて、生ぬるかったかもしれない。
本当は、デル様自身の手で――それこそ切り刻むぐらい、彼はしたかったのかもしれない。
ただ――私の勝手な想像だけど――彼は、そういう自分になりたくなかったのではないか、とも思う。それが良い事なのか、悪い事なのかは分からない。賢王であろうとして、自分を抑えたのか。それとも、彼女をうじ虫以下に思っていて、手を汚すことすら嫌悪したのか。
滲む視界で、デル様を見つめる。
一つだけ確実なことは、デル様はお父さんが大好きだったということ。
大事にマントを抱え、床につく彼は、今までで一番幼く見えた。
青白い顔で、苦しそうに呼吸をしながらも、その顔はどこか幸せそうだった。
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明日の夜も更新します。
それで戦い編はひと段落となります。




