斬撃
そこからは、全てがスローモーションのように、ゆっくり見えた。
武器を持たず、丸腰のまま私の前に立ちはだかるデル様。
歓喜の雄叫びを上げながら加速するヴージェキア。
顔の横に剣を構え、興奮のあまり足をもつらせながら走り迫る。
狂っている。
数メートルというところで、自分の足がバネのように動く。
彼を死なせてはいけない。卑怯だとなじられようが構わない。代わりに私がやられる方がましだ。
もとより、デル様と添い遂げるために得た永遠の命。
彼のために使えるのなら、望むところだ――
ヴージェキアが大きく横に振りかぶる。
タンッ――――……
彼女の踏込に合わせて、私は躍り出る。
力の限り無機質な床を蹴り上げる。
一歩、二歩――――
「馬鹿っ、戻れセーナ――――」
デル様が私の名を呼んでいる気がした。
振りかぶった彼女の両手が、勢いをつけて戻ろうとするのが見える。
(今だ!)
勢いのまま、斜め下から渾身の力で鳩尾目がけて頭を突き上げる。
「ぐうっ…………!!」
酸い臭いが鼻を突く。
ぐらりと後ろへ態勢を崩すヴージェキア。
「ああああああああああああああぁぁぁ!!!」
剣を振り抜く空裂音。
必死に彼女にしがみついて倒れ込みながら、剣の動きを目で追う。
私が頭突きを食らわせたことにより、本来狙っていたであろう軌道からは大きく逸れていた。
キィィィィン――――
耳を突くような高い音が響き渡る。
どしゃっ
突っ込んだ勢いそのまま、ヴージェキアを下敷きにする形で倒れ込んだ。
「――――痛っ……」
腕に激痛が走る。
――頭もジンジンしてきた。
痛覚をきっかけに、様々な感覚が戻ってきた。腕の中で空ろな目をし、ぶつぶつと悪態をつくヴージェキアは、スローモーションではない。
心臓が、破裂しそうなぐらいバクバク言っている。
意識して息を深く吸い込み、呼吸を整える。
(はぁ、ただの薬剤師に肉弾戦は無茶だったわね……)
不死身の体とはいえ、身体能力を超えた無茶をすれば普通に痛みや苦痛は感じる。
腕の骨が折れているような痛みと気持ち悪さがある。頭はそのうちタンコブになりそうだ。
でも、これでデル様の最悪の事態は免れたはずだ。
いいよ、卑怯で。私は清廉な王妃でも騎士でもなんでもないから、追い詰められれば汚い手だって躊躇なく使う。
ヴージェキアの体を突き離し、身をねじって横にごろりと身を起こす。
怒った彼女に反撃されるかもしれない。早く距離をとらないと。
ふと向けた目線の先に、何かが転がっていた。
無機質な床に転がっているのは――――場違いに美しい琥珀色の欠片。
「え?」
ひゅっと喉が鳴る。
この琥珀色は、床に転がっているようなものではないはずだ。
何か鋭利な刃物で一閃されたように滑らかな切断面。
「あ、あっ、あ……っ?」
上手く空気が吸えない。
どう見てもこれは、デル様の角だった。




