第一話 ボケとツッコミ 〜私とハリセンの出会い〜 最終章
「私ね。ゴールデンウィークに、家族で大阪旅行に行くんだ」
カーテンの隙間から差し込む日差しに負けないくらいやんわりしたエンドーの口調に、ウチは俯けていた顔を上げた。
「大阪って、ほんま!? 吉本のあるとこやないか!」
「そう。フクちゃんの心の故郷」
ウチの反応がそんなに愉快だったのやろか、くふふ、と口元に丸めた手を当てつつ、目を細めるエンドー。チューブもぶら下げとらんし、包帯もしとらん。患者衣さえ着とらんかったら、見舞いに来た一般客と混同されてしまうことやろう。エンドーはベッドから上体を起して壁に凭れ掛かり、いかにも元気一杯といった感じの出で立ちやった。
あの後、結局なんやかんやで色々な事が有り、色々な惨事を起して――午後、ウチは病院のベッドで目覚めたエンドーと、林檎の皮むきをやっとりつつ、和やかに年頃の会話をしとった。因みに林檎はウチの親が差し入れに持ってきたモンで、彼奴等はウチら二人に気を遣って、さっさと帰ってもうた。くっ、責めて皮くらい向いてけば良いのに。エンドーやのうてウチが、指先に包帯するハメになっとる。くっ……今度から包丁使う際は、両手に指サックフル装備やな、こりゃ。
エンドーに告知された治療期間は、全治三日というモンやった。ま、外傷無しの単なる気絶な訳やし、そんなところやろうな。治療期間というより、様子見期間といったところか。ゴールデンウィークには余裕で間に合うな。
「うん。お土産とお土産話一杯にして帰ってくるから、楽しみに待っててね」
「うん。ところで、話変わるけどなエンドー。ウチと一緒におって、楽しい?」
何気ない調子を装って、革新を切り出した。シャリシャリと林檎を裸にしながら、眉毛の弓形をひそめ、深々と頭を垂れるウチの態度を、ベッドの上のエンドーはどう感じ取ったんやろなあ。いつも通りの、UMAを目撃したかのような眼差しを向けてきおった。
「ある人に言われて、ふと思ったんや。アンタは、ウチ一人が独占してええ人間やない。多分ウチが居なかったら、男子達が告白の順番待ちをしとるような、そんなヤツや。エンドー……ウチと一緒で、ホンマに楽しい?」
「当たり前じゃない」
間髪入れぬ返答に、思わず目を合わせる。眼鏡の奥の柔和な瞳が、そこにあった。
「私、フクちゃんと居ることで、我慢してることなんてない。只、恋愛かお笑いかの選択肢が出た際、より好きな後者を選んでいるだけ。どんな時でもフクちゃんの傍らで、一緒に夢を追いかけて生きたいから。只、それだけだよ」
そう言って、エンドーはにっこりと、白い歯を見せる。それを見て、ああ、やっぱり人の笑顔って、綺麗やな。そう思た。
特にこの、バラともヒマワリとも違う、タンポポみたいな笑顔を見ると――心に、しゅわっと、春風のような暖かい物が湧き上がるんや。そう。このカーテンの隙間から吹く、春の息吹みたいなのが。
「さてと――そんじゃ一つ、アンタのコイバナでもきかせてもらおか」
耳元がよれよれになったウサちゃんカットの林檎を一切れ、口に放り込む。自分から先に食べちゃうんだね……と言いたげに、エンドーが口端に人差し指を当てた。
「好きなヤツおるんやろ? 吐いたら楽になるで。プリーズゲロ」
「英語になってないよ、フクちゃん……。でもホント、私の恋愛話なんて、あんまり期待しないでね。ドラマティックなエピソードも何も無いから」
「人生ってのは自分を主役に添えた大河ドラマなんや。どんな小さな出来事も、貴重な体験やと思っとき」
はにかんで言葉を探っている様子のエンドーに、ワザと意地悪く微笑む。
そしてそれから三時間、ウチらは物凄く久し振りなことに、コイバナといういかにも年頃らしい、お笑い以外の話題で延々と盛り上がった。
(大阪かあ。良いですよねえ)
病院の入口を出たところで、右っ側からオンナの声が聞こえ、首をそちらに向ける。
二十代半ばくらいの女性やった。真っ白な和服姿で、右やなく左側を前にして着込んでいる。頭には白くて三角いヤツ。生白い肌と衣装に良く映えた豊かな黒髪を、背中で巨大な三つ編みにしとった。膝から下は、まるで絵の具に茶渋を引っ掛けてしまったかのようにぼやけて、半透明になっとる。
「ホンマにな。いっぺんと言わず、ひゃっぺんは行ってみたいわ。ところでウチ、まだアンタの名前、聞いてないで……ハリセンお化け」
周りに聞こえない程度の小声でそうノロケながら、ウチは家路へ向けて歩を進めた。オンナが音も無く宙を漂いながら、後に従う。
(あ、そうでしたっけ)
顎に人差し指を当て、ハリセンオンナは一分間ほど固まり……って、長!!
ばあん!
(痛いっ)
お化けオンナの頭を、ハリセンで叩いた。むしゃくしゃしとってやった。後悔はしとらん。というか、コイツ只でさえ背ェ高い上に浮いとるもんやから、ムッチャ叩きづらぁ!
(わ、私はAMA子。エー・エム・エーに子と書いて、AMA子。アマコと申します。貴方の持っているハリセンに宿った……しがない幽霊です)
「AMA子……? 随分と日本人離れした、けったいな名前やな」
(え!? 今の日本では、名前に英語を使うのが流行っているんじゃないのですか!? あ、えーとほら、例えば今大流行してるという……)
AMA子と名乗った女幽霊は、ウチに向けて、両手指をピストル状にする。
(ゲッツさんとかも)
「……あンな。そン人が流行したンは、もう何年も前や」
(え!? 確認の為にお尋ねしたいんですけど、今の世の中って、ガングロとチョベリバとガンズアンドローゼズが社会現象起こしてるんですよね!?)
「今は二十一世紀やで!?」
社会情勢から完全に置いてかれとる!
でもなんやろなあ、コイツとはさっき会ったばかりなはずやのに、まるで十年来の友人と会話しとるみたいや。昼間のコントも、突発的なモンとは思えないくらい、息が合っとったと自負できるしな。
「改めて名乗るけど、ウチは福部エミ――ま、皆からは『フク』って呼ばれとる。アマチュア漫才師にして、ノッカーズのリーダーや」
二カッと歯を見せ、思い返す。
今日、あの後起こった、出来事を。
腰を抜かした。
それが、あの後ウチがとった、最初の行動やった。
それがさ、目の前にけったいなモンが現れたんよ。分かる?
死装束を着た若いオンナやで。
しかも足元がボンヤリしてて見えへんのや。おお怖。コイツもあそこの亡霊オンナと同類か。そう思っとったら、
(ど、どうかしました? 私、そんな驚くほど不細工ですか?)
死装束のオンナは聞き覚えの有る、くぐもった声を発した。見るとオンナの足元には、あのハリセンが落ちとるやないか。
「あんた、ひょっとして、ハリセンか……?」
信疑の念が篭もったウチの台詞に、ハリセンオンナは首肯した。
(え、ええ……ちょっと恥ずかしくて、今まで出てこれなかったんですけど。あの、私、変じゃないですか?)
「変といえばどこもかしこも変やけど……ええんやないの。そのカッコがアンタのスタイルなんやろ。で、素の自分を晒すのが嫌やから、今の今まで姿見せんかったゆうんか、はん。自分の事や、もっと無い胸張って、堂々としいや。顔とか服とか、細かい事にこだわんな」
あ、とハリセンオンナが口を小皿みたいに丸くする。その視線の先を追っていくと、どこか疲弊しきった顔で立ち竦む、亡霊オンナの姿が在った。
(何だかさっきから興を殺がれる様な事ばかり。さては今日の獅子座、運勢最悪ね?)
溜息を吐きながら、そうのたまう。さっき以上に気迫が無い。何やろう。こっちは隙だらけやというのに、何で攻撃せえへんのや。
(フクさんの御言葉が、あの方の心を微かに捉えたのではと思いますよ)
ウチが? ウチ、アイツを怯ませるよな事、何か言ったっけ?
暫く頭を捻ったけど、そんな行動を起こした覚えは、特に無かった。ふと亡霊オンナを見ると、気のせいか、チカチカと、顔の真中で何か点みたいなんが瞬いとるのが見えた。何や?
「まあええ、チャンスや。一気に畳み掛けるで、ハリセンオンナ」
(はい。でも、何かネタは有るんですか?)
「まかしとき。今度こそ必ず、あの人を笑わしたる」
問い掛けるハリセンオンナの耳元に口を寄せ、ひそひそと指示を出す。
「さっき思いついたネタや――笑いのツボに効果覿面なンは、保障できるで」
(どうも〜、ハリーです)
「ども〜、エミーでーす。はい、二人揃って!」
(パイレーツです! )
「だっちゅーの……って何でやねん!」
(あらら〜、無い胸寄せて何やってんですか? エミーさん)
「アンタかてどっこいどっこいの大きさやろが! 人のこと言えんわ! ていうか、今の台詞台本に無いよ!? アドリブ紛れに本音語るなや!」
鉄道の前で即席コント。通行人が一人もいないのが寂しいところやが、唯一の観客である亡霊は当然拍手で迎えてくれる訳も無く、腕を組んだ険しいカオで、ウチラ二人の冷汗まみれの顔を、じいっ、と睨んどった。
(エミーさんエミーさん、実は今日お見合いをすることになりまして。それで今支度をしていたのですけれど、お化粧ってこんな感じで宜しいんでしょうかね?)
「いやいやいや、何やその格好! おま、それ化粧濃すぎやろ!」
そう訊ねてくるハリセンオンナに指ィ突き立て、怒鳴りつける。ハリー(『ハリセン』やから、ハリー)の化粧ときたら、もうセンスが無い以前の問題。マスカラとアイシャドウ付け過ぎの目は宛ら妖怪みたいやし、何と言ってもこの口紅! 食べこぼしたケチャップみたく、唇の周りまで赤く染めとる。くそう、高い金叩いて買った舞台メイクやというのに!
(いやあ、だってエミーさん言ってたじゃないですか。自分の事には、もっと胸を張って堂々としろ、って)
「阿呆」
相方の頭をハリセンで叩くと、吃驚するほど綺麗な音がした。
プッ。
観客席から、そんな息漏れが聞こえる。え、今のひょっとして、あの亡霊?
ん……んな馬鹿な。
おい、今あの幽霊さん、ちょっと笑わんかったか?
そう小声でハリセンオンナに語りかけると、おや、と彼女は口を窄めた。
(笑わせるって意気込んでいた当の本人が、どうして驚くんですか? ……あの方のお顔を見てください)
促されるままに亡霊オンナへと視線を持ってくと、彼女の鼻に覆い被さる様に、あの妙な点みたいなモンが、再び発光しとるのが目に留まった。
(やっと見えました。アレがあの方の『浄化点』です)
「浄化点……?」
聞き慣れない言葉やな。ま、ライトノベルに専門用語は付きモンやけど。
(要は、幽霊さんの急所です。和んだり動揺したり、とにかく油断させて魂に隙を生じさせることで、見えやすくなります。霊によってその位置は違ってまして、極端な事例としては本体から離れた他の町で確認されたという話もありますけど、まあ99.9パーセントの霊体は、これを体の中に宿しています)
「ふうん……つまりこの漫才の目的は、霊を宥めて浄化点を見えやすくする、ちゅーことやな。ようやく得心いったわ」
(ねえ)
焦燥感の入り混じった、観客の野次が飛ぶ。
(何時までナイショ話をしてるつもり? まさか今になって、ネタの打ち合わせしてるんじゃないでしょうね)
おぞましい容貌から、再開を要望する声が発せられる。心無しかその声にゃ、期待という名の思いが込められている様な気がした。
「確かにウチは、有りの侭の自分を見せろとアンタに言うた」
ご期待に添えて――漫才を再開させる。
「せやけど、今のアンタは有りの侭の自分を出しとるんか? そんなケチャップお化けみたいな顔が、アンタの本性なわけないやろ。素の自分に泥塗りたくって、本当の自分を隠そうとするんやない」
(うーん、でも、これくらい着飾らないと、お見合いが失敗しちゃうような気がしまして)
「何でやねん」
今度は、ハリセンは使わん。言葉の刃で、彼女の意見を一刀両断する。
「アンタは、これから好きになろうとしている相手に、そんな偽りの自分を見せたいんか。そんな小奇麗な自分を捨てて、素の自分を愛してもらえるように努力したいとは思わんのか。本当の自分を分かってもらえんかったら、分かってもらえるまで食い下がり続けえや。万が一フラレても、ソイツは恨むな。自分という人間をソイツに表現できたことを誇りに思うんや。次頑張ればええんやからな」
アドリブ全開にしてもうたけど、六行分のツッコミって長過ぎかもなあ。いや、何故か口がいらん事まで喋ってもうた。
(は、はい。じゃあ……もうこれ付けて、良いですよね)
「はい?」
急にゴソゴソと、ハリセンオンナは懐をまさぐりだす。やれやれ、コイツもアドリブか。アドリブにはアドリブを、てな計らいか? そう思って待ち構え、やがて死装束から姿を現したソレを見て、ウチは思わず目を点にした。
(ちゃちゃーん、はーなーめーがーねー……)
「……」
紳士髭の付いた鼻に、グリグリの瓶底眼鏡。
鼻メガネ。
昔、宴会でお世話になった懐かしのアイテムを、ハリセンオンナはすちゃ、と鼻に装着した。
「……」
沈して。
黙する。
(え、えーと、解説。これを付けてないと私は、落ち着いて夜も眠れないのです。でもお見合いの席に掛けて行くのは流石にどうかなあと思い、やめたのでした、解説終了)
「……」
目標は完全に沈黙しました。
(……)
「……」
(……)
「……」
(……!)
脱兎の如く逃げ出すハリー! しかし直後、見えない壁にでも追突した様に不自然な転び方をし、ずべしゃ、と地上に転がりおった。
(あ、うう、そうだ、忘れてました……私、そのハリセンから四メートル以上は離れられないんでした)
顔面にめり込んだ鼻メガネの位置を修正しつつ、ヨロヨロと起き上がるハリセン。せやけど何でまた、鼻メガネなんか懐に忍ばせてたんや? まさか本当に、普段から付けてんのかいな。
(え、えとえと、じゃあ、これで私達の漫才は終わりです。有り難う御座いました)
(ども、有り難う御座いました。て、無茶苦茶グダグダやないかーい!)
締めにハリセンオンナの頭をもう一発叩き、漫才終了。
……て、しもた! これもう漫才やのうて、半分くらい教訓話になっとるやん。やり終えてから、後悔の念が押し寄せる。しかしここで、異常事態が起こっとるのに、ウチは気付いた。
「笑っと……る?」
なんと。
先程まで、泣く子も呪う冷酷無比な表情を浮かべていたあの亡魂が――彫刻刀で無理矢理傷つけたかの様に歪んだ口の端を、微かに、ほんの微かに、上へと持ってっとるやないか。
そうかと思うと、
クツクツと。
クツクツという笑い声が聞こえ――やがて、喉をしゃくり上げる音までもが、聞こえ始めた。亡霊は腹を抑え、その腹の筋肉が捩れてまうんやないかと思えるほどに、声を振るわせとる。
(受けてます、ウケてますよ、フクさん!)
う……うけ、とる?
自分達の漫才が、ウケている。
その事実を知った時、何だか急にじんわりと、心の奥に何か暖かいモンが流れ込んでいくのを感じた。
ここまで、愉快そうに。
笑って、もらえるなんて。
視界が、途端に輝いた気がした。笑声は芸人にとって、どんな音楽にも勝るBGM。
久し振りに味わう――この感覚。
これやから――お笑いは、やめられへん。
まさか。
予定していたこととはいえ、それでもまさか即席で編み出したネタが、ここまで馬鹿受けするやなんて。
(きっとフクさんの漫才が、あの方の心を突いたのですよ)
「うーん。でも一体、何がそんなにウケたんやろなー」
今回やったことといえば、ハリセンオンナをぶっ叩いて、ハリセンオンナをぶっ叩いて、あとついでにチョロンと教訓めいた事を言っただけやで。
(霊魂は言わば、心にロックをかけた思念の塊ですからね。プラスの感情を見せることは少なくても、一度でも、何気ない拍子に些細な言動や行動でそのツボを突いて、魂にかけられた鍵を開錠すれば――魂は解放されて、プラスでもマイナスでも、好きなだけ感情を表すようになるんです。その人が一番表現したかった感情を。それは大抵――笑顔)
「つまり、ウチらがどっかで放った何気無いギャグが、あの亡霊の心を捉えた、ゆーわけやな」
(ええ。見てください、亡霊さんのお顔を)
未だに笑い続けとる亡霊の顔に浮かび上がった浄化点は、攻撃的なほど強い光を放つまでになっとった。
(あの点の部分を霊具で攻撃すれば、あの方は成仏します。どなたか通行人の方が通られると面倒ですので、どうかお早めに、そのハリセンで)
成程。このハリセンは、霊を成仏させる霊具の一種って事やな。道理でこんなびっしり、お経みたいな文句が書かれとる訳や。
でも、ま……成仏させる前に、ロスタイムを取ろうやないか。
お腹を抱えて蹲っている亡霊の元へ足を運び、片膝を着く。
「今後の為に、良かったら聞かせてくれんか? ウチの漫才の何処に、そこまで爆笑できる要素が有ったのか」
(私から語るべきことは、何も無いわ)
そう言って、亡霊は顔を上げた。そン顔を見て、少し動揺する。
笑い泣きとも、泣き笑いとも取れるそン顔は、さっきまでのあの、人間としての体を成していない、醜悪なそれやなかった。
(私から言える事は、只一つ――貴方の様な人には、生きているうちに出会いたかった)
そこにおったのは、二十になるかならんか程度の、黒髪の女の子やった。色白の肌に、スッと通った鼻立ち。口紅もマスカラもしてないけど、その顔には一番の化粧――満面の笑顔が、広がっとる。
「なんや、ほんまにべっぴんさんやん」
(ま、それ程でも有るわね)
きひひ、と歯を見せて褒め称えてやると、亡霊オンナは軽くノロケた。
(これからは、自分の顔に背かずに過ごしていくわ。どんな顔を持って生まれ変わったとしてもね。さっきの台詞の意味は、また会う時までに理解しておくこと。何だったら、一緒に極楽へ行かない? 答えを教えてあげるから)
そう言って、女は覚悟を決めた様に、優しく目を瞑った。そン顔に、先程までの憎悪は無い。
ウチはそんな彼女を見て破顔し、ハリセンでサッと、空気を薙いだ。
「なんでや、ねん!」
乾いた音がした。
「なあ、ハリセンババア」
家までものの数分。まるで幽霊が出そうな田んぼ道を、腕を頭の後ろで組み、星空を見上げながら歩く。
一通りの回想を終えたウチは立ち止まり、背後で浮遊している女幽霊を振り返った。不思議やけど、自然に笑みが生じる。
(AMA子です。なんでしょう)
「ウチ、こン先もアンタに協力してもええ。 ……なんか、そう思えてきたわ」
(え、ホントですか!?)
「ホンマやホンマ。ちょー本気。百パーセント本音」
(そ、それは僥倖です!)
花が咲いた様に、パッ、と両手を合わせて欣喜するAMA子。うん、顔面中心のとあるパーツさえなければ、それなりに可愛く見えたろうになァ。
(有難う御座います、とても嬉しいです。何年も捜し求めて、やっと条件に合う人とめぐり合えた。それだけでも嬉しいんですけど……)
一拍置いた後、顎に手を添え、緊張気味に声を張るAMA子。
(何より――今日四月十九日は、私の誕生日なんですよ)
「……、今日は、四月九日やで」
(え!?)
格好良く決めようとしたらしいが、とんでもない墓穴を掘っとった。
「でも、コンビの相方なら誕生日のプレゼントも考えとかんとなあ。十九日か。幽霊ってのは基本、何が欲しいんや?」
(あ、良いですよ、気を遣って下さらなくても。プレゼントなんて、熊の胆で十分ですっ)
「謙遜するフリして贅沢やね!」
プレゼントの話題は危険と判断したので、無理矢理に話を切り替える。
「いやそれにしても、正反対なようであそこまで波長が合うコンビなんて、ウチとエンドー以外だと早々おらんやろうなあ。うんうん」
(そうですねえ。学年一位と最下位のお二人がコンビを組んでらっしゃるというのも、奇妙で面白いですよねえ)
「アンタの誕生日プレゼントって、清めの塩で良かったよな?」
(え!? 私何かおかしなこと言いましたか!? 何でいきなり、封印された誕生日の話題を回帰させるんですか!?)
あンな、人を馬鹿にすんのもええ加減にせえよ? 塩を撒かれる度にナメクジみたく小さくなってすすり泣くAMA子の姿が、脳内ビジョンに映る……て、話が脱線しとるやないか!
ぐだぐだで。
まるで漫才の様な掛け合いが続く。
「んー、ま、取り敢えずそんな訳で――これからもよろしゅうな、AMA子」
(はい――フクさん)
「でもその鼻メガネは止めとけ」
(嫌です――フクさん)
小さな反抗期らしかった。
その返答が予想以上にツボに入り、ウチはみっともないほど大きな声を立てて、ガハハと笑った。
(な、何でそんなに笑ってらっしゃるんですか? 誰か人が通ったら、フクさん気味悪がられますよ、間違いなく)
そう言うAMA子かて、目を細めて、くすくす声を振るわせとるやないか。
二人は笑い。
星空の下、共に歩む。
これこそ、ウチとAMA子の第一話。
全ての始まりにして、ハリセン・ノッカーズの誕生秘話である。
一ヵ月後。
「いや〜、今日の霊は手強かったなァ。えーと、始めてからの一ヶ月で大体、どれくらい浄霊活動したんやろなあ、ウチらは」
(そうですねえ、今日の方を含めると、多分四人じゃないかと思うんですけど)
「そっか、四人か。まだ後四十五人もおるんやなあ」
五月某日、ゴールデンウィーク三日目。夜の九時。
やっとの事で本日の浄霊活動を終え、自室の布団に倒れ込む。
(でもフクさん、大分手馴れてきたんじゃないですか? 今回は大変大変と仰りながらも、かなり余裕を保って行動されていたように見受けられましたけど)
「まあ、もう霊自体は殆ど全然怖くなくなってまったしなあ。むしろそれより、ギャグが滑って白けた時の空気の方が何倍も怖いわ。ワハハ、なんちゃってえ!」
布団上で、高笑い。AMA子もつられて、クスクスと口元を押さえる。と、そン時、階下でインターホンが鳴る音が聞こえた。
「んー? 誰や、こんな時間に」
若干不審には思いつつも、漫才が成功して上機嫌だったウチは、鼻歌を歌いながら階段をおり、戸を開けた。
「はいはーい、宗教勧誘ならお断りやでー……て、お婆ちゃんやんか」
戸口の外に立っていたのはエンドーんチのお婆ちゃん。確か年齢は、七十歳くらい。
元教師と言うだけあって、背筋がピシッとしており、白髪も余り見当たらない。
いつもは穏やかなお婆ちゃんが、こン時ばかりはかなり重苦しい面持ちで佇んどって、普段のウチなら怪訝そうに眉の一つくらいは顰めたやろう。せやけどすっかりハイになってたこン時のウチは、「そっか。こン人は旅行についてかずに、留守番しとったんやっけ」と、暢気に構えているだけやった。
「どうしたんや? オバちゃん達帰ってくんの、明日やろ。まあひとまず、そんなとこ突っ立っとらんと、中に入りぃ」
やけどお婆ちゃんはそんなウチの誘いに首を振り、静かにこう切り出した。
「満ちゃんがね」
「満? エンドーに、何かあったんか」
お婆ちゃんの涙を含んだ声に、そン時になって初めて、嫌な危機感を覚えた。
心臓の音だけがやけに大きく聞こえ、つい、生唾を飲み込む。
お婆ちゃんはちょっとばかしためらう様な仕種を見せたけど、やがて悲壮な面持ちで、事を告げた。
「大阪で、あの子達の車が事故に遭って……。満ちゃんが搬送先の病院で、先程亡くなったって」
それから暫く、ウチの記憶は途切れる。
気ィ付くと、葬式が始まっとって。
気ィ付くと、遺影の前でお焼香しとって。
気ィ付くと、自室の布団に倒れ込んで。
湿った声で、こうつぶやいとった。
「嘘や」
第一話・完 第二話に続く
初めまして。友人との合作品を投稿させていただきました。HNも、合作用の合同HNです。第二話の掲載時期は未定ですが、気長に連載してゆく所存ですので、お暇な時に御一読して下さると嬉しいです。