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第一話 ボケとツッコミ 〜私とハリセンの出会い〜 その3

「ゆ、幽霊やと!?」

 何言うとるん。そんなのおるわけない。

 そう言おうとして、ふと考える。

 超常現象なんか、信じん。じゃあ、自分が今置かれとる状況はなんや? 

 ハリセンが喋り、幼馴染がとち狂う……こんな状況は、今まで平穏に遊んできた中学三年生にとって、十分超常と呼べる現象じゃあないやろか?

「うう、い、今はそないな事考えとるヒマない! おい、そこのハリセン!」

(は、はいっ!?)

 地面に落ちているハリセンを二秒で掴み取り、またエンドーとの取っ組み合いを再開させる。

「アンタ、何か知らん? こン子を大人しくさせる方法っ」

(あ、はい。えーとですね……)

 ハリセンはそこで、逡巡するように間を置いた。一瞬、またさっきみたく怒鳴り散らしたろか思たけど、

(……思いの詰まったもの、ですね)

「……は?」

弱っちそうな声とは裏腹な少年漫画チックな発言に、思わず目ぇ点にする。思いの詰まったモンが弱点? どこの王道バトル漫画じゃ、そりゃ。

(あ、あのえと、幽霊っていうのは、強い怨念の塊ですから……プラスの感情に弱いんです。例えば、ええと)

 胸ぐらを掴み合っているうちにエンドーのリボンが外れ、襟元がはだける。

 そこからうっすらと、黄色いシャツが。

(お二人の、友情の証など)

「そ、そか」

 ハッと思いつき、ウチはセーラー服を脱ぎにかかった。

 友情の証。

 それなら一つ、思い当たるモンがある。

 今日、教室で漫才を披露した際にも、二人揃ってコイツを着用しとった。

「エンドー、これ見て目ェさまさんかいっ!」

 自らのセーラー服を地面に叩き付け、中に着とった真赤なTシャツを、指で指し示す。

「『ノッカーズ』専用Tシャツやっ。アンタとウチとで作った、世界でたった一組の、ウチらコンビのトレードマークや!」

 その途端、エンドーの顔は驚愕の表情を浮かべ、硬直しおった。その隙を突いて、彼女のセーラー服も剥ぎ取る。山吹色の、目映いTシャツが露になった。

 漫才をするにゃ、コンビのトレードマークみたいなモンが欲しい……そんなウチの我侭で、毎年エンドーが作ってくれとる、コンビTシャツ。エンドーのTシャツに、『のっか』。ウチの方にゃ、『〜ず』と、二枚ともウチの筆で書かれとる。

 二人合わせて――ノッカーズ。

「う、あ、嗚呼、フク、ちゃ……」

(今です今です、線路の外へっ)

「言われんでもわかっ、とるわぁ!」

 苦しそうに頭ァ抱え込んだエンドーを力任せに線路外へ押し出し、ジブンも踏み切りから飛び退く。直後、ぷあー、と音立てて、蛇みたいな赤い車体が、線路上を通過していった。

 よくよく思えば、発車直後でスピードもそんな出ておらんはずやろから、ブレーキが利いて轢かれる心配は無かったやろうけど……それでも、誰かに見つかれば大目玉確実やったろうな。

 そんなどうでもええ事を考えたのは、もっとアト。こン時のウチに、そんな邪念を抱けるような時間、有る訳無かった。

「いや、イヤ、嫌。私を追い出さないで。この子と一緒に居させて。友達が欲しいのっ。一人がいやなのっ」

 頭を掻き毟り、首を振り、激しく身悶えするエンドー。

 何や、コレ。エンドーの口から、別人みたいな声が発せられとる。

(踏切の地縛霊です)

 ハリセンの言葉を聞き、思い出す。半年くらい前、この踏切で一人の女性が線路に身ぃ投げて、死んだ。でかい町とはいえ比較的近所やったので、その噂はウチやエンドーの耳にも入ってきた。自殺の原因は、確か失恋やったか。

 その後、この踏切で自殺する輩が跡を絶たんらしい。

「地縛霊? じゃ、まさか、自殺が多発しとる理由って……」

 眉毛ひそめるウチに、ハリセンが肯定の意を示す。

(ええ、あの人どうやら、友達が欲しいみたいなんです)

 つまり、今エンドーにとり憑いとるアホンダラは、自殺に見せかけて殺そうとしとったっちゅーこっちゃな。エンドーをも。

 ちろちろと、体の中に灯火が宿ったのを感じた。酷い胸焼けを覚えつつ、地面でもがき苦しむエンドーを睨み付け、ハリセンを構える。

(あ、あれ、ひょっとして私を武器に使うつもりですか?)

「黙り」

 うろたえるハリセンに短く言い放ち、頭を抱えて蹲るエンドー……否、エンドーの中におる亡霊オンナ目掛けて、ウチはホームラン宣言みたく、ハリセンを突き出した。

(いえいえいえ、そんなホームラン王みたいな構えしないで! お、おおおおお、落ち着いてくださあいっ)

「幼馴染が殺されかけてるゆうのに落ち着き払っとったら、そいつはウチのオカン以上に血も涙も無い奴やないか。見てみ、アイツ。 ……もう、体制を立て直し始めとる」

 視線の先で、亡霊がすっくと立ち上がる。その視線は、怨む様にウチを見据え、ノイズの混じった声で、

「あなたは……友達じゃ……無い……殺す……この場で……ノロイコロシテヤル」

 酔っ払いみたいな千鳥足と表現出来そうな歩み寄り方やけども、悠長にそんなことゆうとったら殺される。危機感からやろか、ハリセンを持つ手が強張り、汗が紙に染みてくる。

(落ち着いてください戦わないでくださいっ。あなたは、御笑いの力でこの人を静めるんです。私はその為に――あなたを、選んだのですから)

「お笑い?」

 中耳炎出来そうなくらい毎日毎日耳にしてきた単語が耳を掠めて、思わずウチはハリセンのほうへと首を傾けた。そうなんです、と、どもり気味に応じるハリセン。

 ぐわん。

 伸びてきたエンドーの華奢な両腕をそれぞれ受け止め、またしても取っ組み合いになる。

(私は――この数十年間、ずっとあなたの様な人を探し続けてきました。強い霊能力と強い友情。そして何より、人を笑わせたいと心から願う、強い意志)

 カンカンと再び警報が鳴り響き、遮断機が下がってきた。

 亡霊は先の乱闘の時とは比べ物にならない、恐るべき豪腕で押してくる。遮断機の冷たい感触が、背中越しに伝わってきた。 

(私があなたに声をかけたのは、理由が有ります。あなたに一つ、お願いしたいんです)

「可愛いお友達の口を使って、貴方に一つお願いをしてあげるわ」

 上体が反れ、両腕の筋肉が痙攣する。その最中、二つの頼み事が、耳に届いた。

(あなたの漫才で――その人を鎮めて、あげてください)

「死んで頂戴。あたしの為に」

 鎮める? 何でウチが。

 死ぬ? 何で、ウチが。

 言わせて置けば勝手な事ばかり……どいつもコイツも、ドイツ人も!

 線路の溝に足を引っ掛け、大きくバランスを崩す。

 何で、なんで、何で、なんで、何で――


「――っ、なんでや、ねん!」


 ばあん!

(い、痛いですぅ)

 痛いんかい。

 乾いた音と共に、涙混じりの悲鳴が、頭に響いてきおった。

 そう――ハリセン。

 先の一瞬。

 ウチは大きく身を捻って、体勢を立て直し――その反動でつんのめった亡霊のドタマに、特大の一発を放ったったんや。

「あ」

 と。

 亡霊オンナの口が、カエルみたいに拉げたかと思うと――次の瞬間耳を劈く様な雄叫びが上がり、ナニかがエンドーの体から離れて行くのが見えた。

「あ、あああああ……アアアアアアアアアアアアアアア!!」

 がっくりとくず折れたエンドーの体を受け止め、道路の隅へ運ぶ。大丈夫、気絶しとるだけみたい。

 ほっと息を吐いて、視線を戻し。


 ゾッとした。


 いつからか、そこに。

 得体の知れない、醜いオンナの姿が、有った。

 否、オンナと形容できるかどうかすら――どうなんやろなあ、これ。

 その輪郭がどんだけ凹んどるか、その腕がどんだけ折れ曲がってとるか、その胴体がどんだけ歪んどるか、その足元にどんだけの血液とミンチが落ちているか、そしてそん顔がどれだけ悲しそうか――ゆとり教育の弊害でボキャブラリィが貧困なウチには、表現の仕様があらへん。さっきとは別の意味で、胸がむかついてくる。

 こんなんがホントに……人だったんか?

(電車に轢かれたんです。こんな状態になっても、何の不思議も有りません)

 吐き気を催しとるかの様な口調の後、

(でも、変ですね)

 と、首を傾げたそうに、ハリセンは呟いた。

(死人さんの魂って、その方が生前一番輝いていた時の姿を象るものなんですよ。こんな風に、亡くなられた直後の姿で現れるのって、案外稀なんです。そういう人は、とてつもないレベルの怨念を持っているか、もしくは、生前ご自身のお体に、コンプレックスを抱いていらっしゃったのか)

「ぎゃ! な、生首っ」

 オンナが気を抜いたのだろうか。

 突然、やっこさんの胴体に乗っかってた生首が転がり落ち、ウチの爪先に当たった。思わず、五センチくらい足を引っ込める。それが功を成したようや。直後にガチリと、亡霊が上下の歯をかち合わせたのが見えた。足を引っ込めるのが〇・一秒でも遅かったら、親指を噛み千切られてたやろう。

 とまあ冷や汗掻いたんやけど、どうもちごったらしく、

(何ビビってるの。幽霊が生体に触れられる訳、無いじゃない)

 生首は意地悪く嘲り、冷たい無表情で空転して、定位置に戻りおった。

 ん? 今、顔の右半面に、火傷の痕みたいなのがあったような。変やな。

 もしかしたら電車に轢かれた際に、摩擦かなんかでできるもんなんやろか。でもそれやったら、痕しか残っとらんのは、些か不自然やしなあ。

(フクさん……でしたっけ。とにかく、私の浄霊活動に協力してください)

「浄霊って……コイツのか?」

(いえ。この人を含めて、四十九の迷える魂を。どれだけ月日をかけても構いませんので、お願いします)

 珍しくハリセンは、ハキハキとした調子で答える。正直、冗談や無い思た。

 今でさえ、怖くて怖くて仕方ないんや。見てみい、このオンナを前にしただけで、カモシカの様な美脚もがくがくぶるぶる、奴豆腐みたく真っ白になって震えとるやないか。コイツと同じバケモンが、後四十八匹? んなもん無理や、無理。……ただ、な。

(私を成仏させるつもり? ハリセン女。見たところ貴方も私と同じ、魂だけの存在よね。一般人には聞こえなくても、私は貴方と同じく霊体なんだから、貴方の声も丸聞こえなのよ。だから一つ、親切な忠告をしてあげる)

 道路の片隅に寝転がっとる幼馴染の安否を、横目で確認する。赤ん坊の頃から慣れ親しんできた、愛嬌の有る丸顔。

 今ここでウチがこの人を見逃したら、いつかまた、こン子の体をのっとりに来るかもしれん。それだけやない、何人もの罪の無い人達が、コイツに操られて惨殺されるかもしれん。せやから……。

(無駄な事は止めとくべきね。私の心の火傷は、貴方達如きに癒せる代物じゃないわ)

「せやから……コイツだけなら」

 担ぎ上げたハリセンに、宣言する。

「なあ、ハリセン。この人だけなら――この人の浄化だけなら、手伝ったる。一体どうしたら成仏するんや? この、人騒がせな悪霊さんは」

(あ、ありがとうございますっ。えっと、これは私が考えた我流なんですけれど……)

(無駄よ、無駄無駄!)

 ハリセンの声を遮り、ヒステリックに言い募るオンナ。反動で、毛髪の一部が皮膚ごと、ごっそり抜け落ちた。

(一体どんな方法で私を救ってくれるの!? 一体どんな手段で、私を助けてくれるっていうのよ、あんた達なんかが!)

 オンナの目尻に、うっすらと涙が浮かんどる。それは血と混じり合って朱に染まり、燃える様な赤い涙として、オンナの頬を伝った。

(あの人に裏切られた! この張り裂けた心を、身体を、どうやって解放してくれるって言うのよ、あんた達は!)

(え、えと、漫才……です)

「……は?」

 イカン。思わぬ言葉に、目を点にしてもうた。

 おどおどした声で、ハリセンは続ける。

(あのですから、これから私達二人の漫才を見ていただいて、安らかな気持ちで成仏していただくのです。あ、あの……やっぱり、ダメでしょうか)

 ダメも何も、発想が突飛過ぎるわ。亡霊と漫才。幾等何でも、イメージが真逆過ぎる。見てみい、やっこさんも怪訝そうに口元へしゃげてらっしゃるやろ。

(う、うう……そ、そうですよね。私の発想って、おかし過ぎますよね。えぐ、えぐ、えぐ。か、がんがえてみべば五歳のごろに、ぎんじょの駄菓子屋さんに連れて行ってもらった時も、)

「あーもう、分かったから、とっとと話を進めい」

 台詞遮ってもうたから、駄菓子屋さんのエピソードを聞きそびれてまった。

 何があったんやろ。

(つまり、貴方達二人は、漫才で鎮めようっていうの? この私を)

(はい、そうですっ)

 亡霊オンナの含み笑いを変な風に曲解しおったらしく、あっさり肯定する馬鹿ハリセン。

(フ……フフフ)

 亡霊の口元が、ひくひくと痙攣する。や、やばっ。何か、無茶苦茶嫌な予感がするで。

(ウフフフフフフフフ、フフフフフフフ! フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ……ふざけんじゃないよお!)

 うえぇぇぇ!

 何か身体ミシミシ言わせながら、オーラらしきモン発してますよォォ、あの人ォ!

(大丈夫です)

 凛とした張りの有る口調で、ハリセンは言いよった。

(今から私の言うとおりに動いてくだされば……か、必ず、あの方を救うことが、できる、かも?)

「……」

 いやいやいや。

 何で疑問形やねん。

(わかった、私を馬鹿にしてるのね? もう許さない。死ねばいいのよ。私を虐める子は)

(虐めるんじゃありません、安らかにお眠りいただくだけです。私とフクさんの、漫才で)

(問答無用よ。邪魔するようなら、貴方から先に消してあげる)

(あ、あの! 私なんてただ、お口直しのシャーベットみたいな存在なんでぇ! で、出来る事なら、メインディッシュの後にお召し上がっていただく方が!)

「説得は口やのうて漫才でするんやハリセン! そんで、さり気無くウチの身を売ろうとするんやない。折角芽生えかけたウチとアンタとの友情フラグが一瞬の内に崩壊してもうたやん!」

(そ、そうですねっ、説得は漫才で、ですね)

「台詞の後半部分はまるっと無視かいな」

 しかし、漫才な。

 不覚にもウチは、我がサイズ百センチのグラマラス・バスト(ウソや)ん中で、コメディアンの血が疼くのを感じてもうた。

 ハリセン「で」漫才ではなく、ハリセン「と」漫才。

 アホらしいくらい規格外な催しやけど……何や、その、面白そうやないの。

「でもさ」

 最後に一つだけ、疑問を口にする。

「何で態々漫才なん? こういう言い方したらアレやけど、呪文や法力で、一発で捻じ伏せたりできへんの? そっちの方が安全そうやん」

(確かに、がむしゃらに経文を唱えたり、闇雲に霊具で攻撃するという方法もありますし、むしろあなたの仰るとおり、そっちの方が効率的ですし安全です)

 返答するハリセンの声は、どこか苦渋さを帯びとった。

(でも、それは除霊される方にとっては、苦しみを伴うものなんです。特に急所でもない部分を霊具で攻撃するのは、『拷問』以外の何物でもありません……私は、そうやって痛みを訴えながら成仏されていった方々を、生前何度も見てきました)

「ほう、成程な。ま、確かに最期の最期くらいは、楽に逝きたいやろうしな」

 苦しませながらではなく笑わせながら、成仏させてやりたい。

 それはウチにも、良く分かる考えやった。

 ならば、ウチが目前の亡霊に取らせる行動は、只一つ。

 ウチの漫才で――笑わせたる。

「ほなま、待ちくたびれたことやし……やってやろうやないの、ハリセンお化け」

(あ、さっき身売りした事、根に持ってらっしゃるんですか?)

「へーん、べっつに〜」

 唇を尖らせ、不機嫌を装う。

 亡霊が、相も変らぬ無表情で、ウチらを見下すかのごとく嘲った。

(ふん、まあ良いわ。一つ聞いて下らなかったら、八つ裂きにしてあげるから)

 ふうん。

 そりゃまた随分と、殊勝なこって。

(そういえば、私達二人のコンビ名、まだ決めてませんでしたね)

「ん。そういや、そうやったな」

漫才をやるからにはそんなモン、とっくのとうにきまっとる訳で。

 頭上から降り注ぐ太陽の光を存分に浴びて、ウチは自分の名前に恥じないくらい強く強く、微笑んだ。


「『ハリセン・ノッカーズ ――カッコ仮カッコ閉じる―― 』……ウチとアンタとで、ハリセン・ノッカーズ ――カッコ仮カッコ閉じる―― や」


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