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第一話 ボケとツッコミ 〜私とハリセンの出会い〜 その2

「……!」

「どうしたの、フクちゃん。……フクちゃん?」

 怪訝そうに串を持って棒立ちするエンドーを無視し、ウチはゴミ箱の中を覗き込んだ。野良犬みたいに。そして、中から声の発信源らしきもんを発見し、拾い上げる。寄って来たエンドーが、不思議そうに眼鏡をずり上げる。

「何これ……ハリセン?」

 そう。

 ゴミ箱に突っ込まれとったんは、全長およそ五十センチ、ウチが探し求めとった、理想的な大きめのハリセンやった。なんつータイミング。ゴミの割には綺麗やし、普通やったら喜び勇んで拾っとったところやろな。

 せやけど――

 びっしりと。

 なんやろなあ……黄ばんでもいない真っ白な地紙にゃ、まるでそこかしこが墨塗りで添削された戦時中の手紙みたいに、ビー、と縦線が走っとった。近づけて見るとそれは筆で描かれた文字の様で、線のように見えたんは、その字が豪く達筆で書かれとった為やった。縁起の悪いことに、その時ウチはそれを見てふと、坊さんの書くお札の字を連想してもうた。

 そんな風に邪魔な考えをいだいとったからやろなあ。突如訪れた有り得ない事態に、ウチは対処しきれんかった。


(ぐす……ひっ、くぅ、う、うううう……)


「……!? おわぁぁ!」

 思わず――仰け反る。

「どうしたの、フクちゃん」

 口調をいつものスローペースより一・二倍ほど早めながら駆けよってくるエンドーに対し、ウチはハリセンを突き付けようとして、仰け反った際に取り落としたことを思い出し、慌てて拾い上げて示した。

「こ、声が……」

「声?」

「泣き声が聞こえたんよ、ハリセンから。それになんやの、このびっしり書かれた経文みたいなんは! エンドー、これ絶対やばいわ。ハリセンなら安値で売られとるやろし、ほかあたろ、ほか!」 

 しかしエンドーは焦燥感に駆られるウチの気持ちをガン無視し、訝る様に首を捻りながらハリセンを凝視する。

「私には経文なんて見えないんだけど……それに、声? も、聞こえなかったし」

「よーしエンドー」

 ウチはエンドーの、ウチのと同じくらいの高さにある女性的な両丸肩を鷲掴みにし、

「回れ、右や」

「は?」

 くるん、と。

 振り向かせ、そのままその場からゆっくりと遠ざかる。

(え、あの、ちょ!? そこのお二方、まってくださあい!)

 バケモンめ、勘付きおったか。

 舌打ち一つ。

「フクちゃん落ち着いて、そ、そんなに急いだら転んじゃうから!」

「いんや待たん! もうこうなったら、さっさとこの商店街抜け出すでっ」

 待ったをかけるエンドーに構うことなく、猛スピードでアーケードを疾駆する。

 だだだだだだだだだだだだ。




「ここまで逃げれば一安心やな〜。やれやれ、何だったんや、あのハリセン」

 一キロほど走ったところで立ち止まり、二人仲良くゼンコークツ。

 ウチとエンドーの口から、はぁはぁと荒い息が漏れる。ふっ、ウチももう歳なんかな。

 平日だけあって、駅前の道路にもあまり人気は無い。近くの時計台のチャイムが鳴り、正午を知らせる。

「さっきからフクちゃん、様子がおかしいよ。具合でも悪いの」

 うん。帰ったら、保険証持って脳外科行こ……ん?

 三歩先の地面を見て。

 絶句。

「……」

「え? あれって……」

 ハリセン。

 爆心地ならぬハリセン心地から一キロ離れた、某県(大阪やとおもっとったヒト! ウチの関西弁はあくまでニセモン。間違えんときぃや)某町某駅前の踏切前。

 にて。

(ううううう……酷いですよお。わ、私、そんなに怖いですかあ?)

「さっきの……ハリセン?」

 そこにあったんは、さっきウチが拾って捨てたはずの、あの長さ五十センチくらいの、奇妙なハリセン。

 そこから、さっきも聞こえた、女のすすり泣く声が。

「フクちゃん。これ、フクちゃんが持ってきたとか?」

 エンドーが、拾い上げたハリセンをこっちに向けて疑問を投げかけるが、ちゃうちゃう。そんな不気味なもん、タダでもいらへん。ていうか、危ないから持たん方がええで。

 そん時、エンドーの背後、つまりウチの正面で、踏切の警報が鳴った。遮断機が下りる。

「わ、わははははは、ほなアホな、何かの間違いや! よ、よおしエンドー。ハリセン探しは明日にでもして、ウチんチ帰って漫才の打ち合わせでもしよ……エンドー?」

 一瞬、特急電車が風景に線を引き、そン影でエンドーの顔が隠れ、見えなくなる。

 ガサ、と、ハリセンが地面に放り出された。あの円藤満が、いくら拾いモンとはいえ、物をそんなぞんざいに扱うはずあらへん。エンドーの仕草に若干の驚きを覚えたウチは、さらにその後の行動で度肝抜かれることになる。

 警報は止まない。遮断機も下りない。何せまた二分後に、次の電車が来るんやから。

 そしてその遮断機の下を――エンドーは潜った。

 そしてその線路の上に――立った。

 立ち止まったんや。

「な、何やってるんやエンドー! まだ電車来るんやから、さっさとそこどきい!」

 血の気の引いた顔で遮断機を飛び越え、友人の腕を引っ張るウチに対し、彼女は普段の運動能力からはとても予想がつかないほどの力で抗う。

 そん顔に、覇気は無く。

 まるで。

「まるで何者かに……操られとるみたいやん」

(あ、当たりですっ)

 アスファルトに、幽霊みたいな声が響き渡った。ハリセン。ハリセンからや。

 駅方面から、発車のアナウンスがする。くっ、このままじゃ二人ともオダブツや!

「何、ホンマにそうなんか。 ハッ、さてはオノレがエンドーを操って!」

(ち、ちがいます、違います。例えるならそれは、あなたとエンドーさんとやらの胸の大きさくらいの違いがあります)

 ハリセンから聞こえるおどおどした口調は若い女のモンらしかったが、どこかくぐもって、内気な印象をかもし出しとった。

 まあええ、どっちにせよキサマを惨殺する理由は出来た。

(あとえと、あの、ですね、あの……こ、こんなこと言って信じてもらえるか分からないんですけど、あなたの友人さんには、その、あの、ええと、ええとうん、あの、)

「何でもええから、はよ話せ!」

 時間が無いんや!

 微かにゴゴゴゴと、エンジンのかかる音がする。お天道さんへのカウントダウンまで、残り一分ってとこか。

 そのハリセンは、言った。

(幽霊が、とり憑いているんです)


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