第一話 ボケとツッコミ 〜私とハリセンの出会い〜
登場人物
福部エミ(ふくべ ― )……漫才コンビ・「ノッカーズ」のリーダー。通称「フク」。
円藤満……福部エミの幼馴染。「ノッカーズ」のボケ担当。
「ハリセンがなーい!」
並んで歩きながら拳を振り上げたウチに対し、エンドーが横から、訳のわからんUMAを見るような表情で、眼鏡をずりあげる。そりゃあそうやな。エンドーが混乱するのも無理は無し。今までの会話の流れをぶった切るかのごとく、いきなりこんなワケワカランチンな珍言を放たれたら、いくら学年一の成績を持つ女の子である円藤満かて、学年一大らかな円藤満かて、学年一丸眼鏡の似合う円藤満かて、学年一仲良しの円藤満かて、そりゃきっと自分の読解力をフル回転させて、必死に台詞の意味を模索せんとあかんくなるわな。
「あの、フクちゃん、急に話題が飛んだ気がするんだけど」
ほら、案の定疑問文をぶつけて来よった。スマンスマン、いや、あのな。
「ウチ、あんたとの漫才で突っ込む時、何か刺激が足りひんなあと、常々常々思うとったんよ。いやほら、なんつうん? こう、ウチが手でぱしーん! とツッコムのも、何か地味やん。ハリセンやったら、バシーン音立てて、かなり派手で、印象に残るやん。そんな感じ」
「あ、そういうこと」とエンドー。得心したように、ぽん、と手を打つ。
新学期初日の為、学校が終わっても、日は大分高かった。
四月七日、午前十一時十分(「じゅっぷん」ではなく、「じっぷん」と読もな。美少女おさげちゃんからの約束やで)。本日も晴天ナリ。
「つまり、今までみたいに手でツッコミを入れるよりも、ハリセンで突っ込んだ方が音が大きくて目立つし、インパクトがあってお客さんにも受けやすい、てことをいいたいのかな。フクちゃんは」
「ふぉう、ふぉへやふぉへ!」
串に刺さった鶏のモモを頬張り、ほふほふと舌上で転がす。
ウチらが歩いとるんは、学校近くの商店街。町の賑やかさをここ一点に集めたんやないかと思えるほど、朝から晩まで騒がしい通りであり、店のおっちゃんおばちゃん達による活きの良い売り声を聞くのが、ウチとエンドーの日課。今日も今日とて焼き鳥喰いながら、ハゲかかったアーケードの上を、だらだらと歩いとった。
「そうと思ったら買いに行こ。そんでもっと面白いネタ考えて、クラスの奴等をぎゃふんと言わせたるんや!」
「ぎゃふんは死語だと思うんだけど……」
笑顔の上に冷や汗を垂らすという何とも味のある表情を作るエンドーを連れて、雑貨屋へと急ぎつつ、カエルちゃん型財布の中を確認。 ……大丈夫。百円くらいの買い物やったらできる!
この幼馴染兼同級生とウチは、十年前五歳の頃から、「ノッカーズ」という漫才中心のお笑いコンビを組んでいる。今の遣り取りを見とると意外に思うかも知れへんが、漫才では満がボケ役。アレで結構、天然なとこもあるんやで。
んで、今日は新学期ということで、新三年の教室にて、二人で自慢のネタを披露したやけど……これから一年間よろしゅうやっていくクラスメイト達からの評価は、散々な物やった。
「まあ、それはウチらが面白うなかったってことで、しゃあないんやけど。でも、何やあの最後。それまで欠片も笑わへんかったくせに、何で『お笑い芸人』になりたいゆうただけで、急に笑いだすん?」
「今年度は高校受験だからね。皆、将来を現実的に捉えてるんだよ、もう」
「そんなん、嘲笑する理由になれせん。他人の夢を笑う資格なんて、誰にも無いんや」
雑貨屋さんは、もう目の前や。最後のももを引きちぎって、からっぽの串を近くのゴミ箱に投げる。ご〜る。
と。
その時。
「……ん、え、何や?」
「どうしたの、フクちゃん」
ウチを心配する声。エンドーの声やってことは分かる。
せやけど、今……もう一つ……。
「違う、声が……」
(……見つけました)