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神の使いにされた件

 「『醜悪の呪い』を受けた者がいない以上……いなくなった以上、クカ村を処分することはできない……今日のところは、見逃してやる!」

 「『醜悪の試練』が消えてなくなるなんて、前代未聞の事態です……あなたのことも含めて、上層部の判断を仰ぎます。今日のところは、これで失礼いたします」


 双方の指導者はそう言い残し、兵隊と教会の者たちは立ち去っていった。

 

 「……本当に大変なのは、これからだな」


 兵隊と修道士たちの背中を見送りながら、健介はそうつぶやいた。

 今回、『醜悪の呪い』『醜悪の試練』――ハンセン病を我流の融合魔法・ヒーリング・バイ・ヒーリングで治療したのは、一時しのぎにしかならないだろう。

 今日の講演会の内容を思い出す。

 日本においても、ハンセン病の元患者に対する偏見はいまだに強く根付いている。いくらヒーリング・バイ・ヒーリングでハンセン病を治したとしても、その偏見が消えることはないだろう。仮にすべての患者を治療できたとしても、偏見はいつまでも残り続ける。


 「それでも……今は、治し続けるしかない……か……?」


 この世界では、ハンセン病患者は自由だけでなく生命も危険にさらされている。

 救うためには、ハンセン病をヒーリング・バイ・ヒーリングで治し続けるしかない。

 例え偏見を取り除くことができなくとも。


 「…………」


 健介は考える。

 どうして自分はこの世界に転移したのか?

 ハンセン病を完治させ、ハンセン病患者の自由と生命を守るためだろうか?

 ……それならば、この世界に大きな混乱をもたらしかねない。というかすでに混乱を引き起こしている。

 ああ、どうすりゃいいんだ……とりあえず家に帰りたい。でもその前にこの世界のハンセン病問題を解決しないと、世紀の大量虐殺や歴史に残る強制隔離政策を見過ごすことになってしまう……


 「あの……神の使い様……」


 健介が頭を抱えていると、全身の醜い変形の症状が引き、元の美しい姿を取り戻したセーラが声をかけてきた。村人たちはまだひれ伏している。「神の使いじゃないです!」と何度説明しても聞いてくれない。


 「ああ……セーラちゃん。ごめん、ちょっと考え事していた。あと僕、神の使いじゃないからね」

 「神の使い様、本日のお宿はどうなさいますか?」

 「あー……おばあさんにお願いして、1泊させてもらおうかと……あと神の使いじゃないよ」

 「神の使い様! ……今晩は私の家に泊まっていかれませんか?」

 

 おばあさんにお願いしようとした時、セーラが自分の家に泊まらないかと申し出てきた。 

 村人たちの間にどよめきが走る。

 ありがたい申し出ではあるが……


 「いや、そういうのは、ご両親の許可をもらわないと……」

 「神の使い様! ぜひうちにいらしてください!」

 「お部屋も料理もご用意してありますので!」


 セーラの父親と母親らしき人が、その場にひれ伏しながら泣き叫ぶように懇願してくる。

 ここまで迫られたら、お言葉に甘えるしかないだのだろうか。

 

 「ええと、おばあさん、すみません。昼間はお世話になりました。夜はセーラちゃんのお宅でお世話になろうかと思うのですが……」

 「是非! 是非とも……セーラちゃんは村で唯一の生娘です。是非とも、是非とも……」

 

 おばあさんはなぜか涙を流しながら、やはり懇願するように言ってくる。

 宿に泊まろうにも日本円も使えないだろうし、ここは素直にお言葉に甘えておくべきか……


 「わかりました。セーラちゃん、お邪魔します」

 「はい!」


 健介の言葉に、セーラはなぜか凛とした表情でそう答えた。

 健介は若干の違和感を感じたが、放置した。

 ……放置してしまった。




 セーラの家で出された夕食は非常に豪華なものだった。

 というか村中から健介のために食材や酒が集められたものらしい。

 漫画で見た宴会の場面のように、冗談みたいな量の肉や野菜が山のように積まれている。


 「神の使い様……どうかお召し上がりください……」

 「え? あの……みんなで食べるんじゃ……」

 「とんでもない! すべて神の使い様のものです……」

 「み、みんなで、みんなで、食べましょう! ハンセ……『醜物の呪い』が治ったお祝いに!」

 

 そう言って、なんとか大量の食事を分散させる。

 村人たちは次々に感謝の言葉を述べてそれぞれ皿を用意し、料理をついでいく。

 健介もひかえ目に自分の分をつぎ、そしたらおばあさんとセーラの父親から追加で食べきれない量の料理をつがされる。


 「神の使い様に……『醜物の呪い』が解けたこのめでたきことに乾杯!」


 いつの間にか酒を飲んで酔っ払っていたセーラの父親が乾杯をする。

 そして宴会が始まった。


 「すみません。僕、お酒は本当に苦手で……」

 「そんなこと言わずに! さあ、さあ!」

 「あんた! 神の使い様が困っているじゃない!」


 クカ村のおじさんたちは皆、大酒飲みだった。しかもしつこく絡んでくる。

 健介にとっては苦手なタイプだ。悪い人たちだとは思わない。良い人たちだというのは分かっているのだが。

 なお、健介はまだ19歳である。酒はまだ飲んだことがない。この国の法律は知らないが、日本では飲酒はご法度だ。健介はとりあえず、「自分は酒が苦手だ」と言って何とか飲まないようにしている。


 (あれ? セーラちゃんがいない?)


 ふと気づくと、健介をこの家に泊めるように勧めてくれたセーラの姿が見当たらない。

 感謝の言葉をしつこく言ってくるおじさんたちを避けるため、この世界のことについていろいろ聞くためにセーラと話そうと思ったのだが……


 「ふあああ……」


 眠気も襲ってくる。腕時計を見ると、夜の11時。

 眠くもなってくるはずだ。

 健介は酔っ払いのおじさんたちの隙をついてそっと台所に回り込み、セーラの母親に声をかける。


 「……すみません。そろそろ眠くなってきて……」

 「まあ、そうでしたか! どうぞ、こちらになります!」


 セーラの母親は泣きながら健介を寝室に案内する。

 なんというか……女の子っぽい部屋だ。

 嫌な予感が……いや、まさか……


 「では、ごゆっくり……」

 「あ、ありがとうございます……」


 セーラの母親は涙をぬぐいながら立ち去っていく。

 健介は何か嫌な予感がしたが、

 

 「寝よう」


 眠気には勝てなかった。そのままベッドに横になってしまった。

 そこに、人影が迫ってくるとも知らずに……

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