完治させてみた件
「よし!」
健介は決意を固めた。
焼き殺されるのも、収容所送りもキャンセルだ。
口のマスクをはぎ取り、丸めて空高く放り投げる。
放り投げられたマスクはたき火の炎の中に消えていった。
「お、おい、あんた何をするんだ!」
兵士たちが……兵士たちだけじゃない、修道士たちも、村人たちも、馬上の指揮官、修道女も大きく目を見開いて驚いている。
彼らが驚く中、健介はクカ村の人々に向かって歩き出す。そして互いに言い争う教会の修道女と兵隊の指揮官に向き直る。
「これは呪いや試練なんかじゃない……ハンセン病だ!」
叫び、健介は両手を前に突き出す。
(なんでもいい……当たってくれ……俺の能力!)
よくあるファンタジーもののように意識を集中させ、異世界転移した自分の能力を探る。
(見えた! 俺の能力は……)
火でも水でも雷でも、なんならスライムを召喚するだけでもいい。
なんかの能力で村人たちを逃がすことさえできれば。
健介の脳内に表示された能力は……
・回復魔法LV.5
・治癒魔法LV.5
以上
(おいいいいいいいいいっ!)
健介の能力は、回復に特化したものだった。
魔法の使い方が脳内に流れ込んでくる中、思わずその場に手をついてうなだれる。
結果から言えば大ハズレだった。はったりにもならない。
(なんで⁉ ここは一見弱いけどユニークな能力だして村人たちを逃がす展開でしょ⁉ 話違うよ⁉ なんでレベル5なんて地味に現実的な普通の能力なの⁉)
「おい、どうした……?」
「あの……大丈夫ですか?」
馬上で言い争いをしていた指揮官と修道女も心配して声をかけてくる。
健介もなんて言って良いかわからない。
「くそおおおおっ! せめてハンセン病の薬があればよかったのにいいいいっ! 何が回復魔法だ! どうして治癒魔法だ! こんなんでどうやってハンセン病が治せるって言うんだああああっ!」
「いや、回復魔法も治癒魔法も病気やケガを治すものだから……」
「何の病気がは存じませんが、その能力なら治せるんじゃありませんか?」
…………
……そうか。
……その手があったか!
考えてみれば崖から落ちた自分のケガもセーラの回復魔法で治癒したのだ。
ならば、ハンセン病に回復魔法が効かないわけがない。
「ありがとうございます! 試してみます!」
二人の言葉で、健介は元気を取り戻した。
再び立ち上がると、右手をセーラの前にかざす。
「セーラちゃん、ちょっと失礼……ヒーリング!」
セーラに向けて回復魔法を放つ。
詠唱はしなくても魔法は発動するが、気分的に何か言わなければしっくりこなかったので、健介は何となく技名を叫んで回復魔法を放った。
これで、病気であるハンセン病の症状――全身の醜い変形も元に戻るはず……
「なにっ⁉」
セーラの体は元に戻らなかった。
「無駄だ……『醜物の呪い』は強力な呪いだ。千切れた手足を修復できる強力な回復魔法も、麻薬中毒を消し去ることができる強力な治癒魔法も通用しない」
「『醜物の試練』はケガや病気の類ではありません……回復魔法や治癒魔法では治せないのです」
「そんな……」
哀れなものを見るような目で、指揮官と修道女は健介を見る。
しかし、それでも健介はあきらめない。
視点を変えてみることにする。
ハンセン病は『病』だ。
健介の魔法は『薬』だ。
ならば……
「お兄さん……もういいよ……これ以上、私に夢を見せないで」
「ごめん、セーラちゃん……俺はあきらめるわけにはいかない!」
ここであきらめたら、それは差別に屈したことと同じだ。
健介は人権活動家じゃない。正直なところ興味もない。
それでも、自分が巨大な『差別』の中に取り込まれてしまうのは、嫌だった。自分が自分でない何か巨大なものに取り込まれてしまいそうで……
強い決意で、健介はセーラの両手を掴み、右手で回復魔法を、左手で治癒魔法を発動させる。両手に出現したリングを小刻みに回転させるという『我流』の方法で『調整』する。
――できた!
ハンセン病のすべてを読み取った。
健介は回復魔法と治癒魔法を解除する。
「……気は済みましたか?」
「いいえ」
修道女の言葉には否定を突きつける。
「……特別に、頑張ったお前に決めさせてやる。この村の者たちを処理するか、収容所に隔離するか」
「ありがとうございます。では、『呪い』も『試練』も今この場で消してしまいましょう」
指揮官にそう答えると、健介は両手を広げた。
「ヒーリング・バイ・ヒーリング!」
右手に回復魔法、左手に治癒魔法を発動させる。
「二つの力を一つに……微調整……完了……」
両手を合わせて、ゆっくりと魔法のリングを融合させる。そして、
「はああああああっ!」
気合を込めて、両手を前に突き出した。融合させたリングから、ビーム状の回復治癒魔法を放つ。
放たれたビームはセーラ達村人たちを飲み込み、そして村全体を包み込む。
「うおおおおおおっ!」
まばゆい光がすべてを覆いつくす中で、健介は『微調整』を繰り返す。
すべての村人を元の姿に戻すために。
「な、なんだこの光は⁉」
「これが回復魔法だというのですか⁉」
驚く指揮官と修道女が見つめる中、やがて光が収まっていく。
「はあっ……はあっ……」
健介が息を切らす中、クカ村の人々の姿があらわになる。
ハンセン病による、全身の醜い変形は治り、元の歪んだ変形のない姿に戻っていた。
「こ、これは……」
「呪いが……消えている……」
クカ村の人々は、自分の手足を、お互いの顔を確認する。
「おばあさん……おばあさんの顔が……」
「セーラちゃん……よかった……よかったねえ……かわいい顔に戻ったよ……」
セーラとおばあさんも互いに抱き合って、泣きながら喜んだ。
「『醜物の呪い』を消した……だと……! お前……一体何者だ⁉」
「すみません……ちょっと……今は……」
指揮官が健介に剣を向ける。しかし健介は力を使い果たして息を切らして座り込み、指揮官の質問に答えることができない。
しかしそんな中で、それを見ていた兵士や修道士の中から次々と声が漏れ出る。
「『醜物の呪い』を打ち消した……」
「今の……杖を使っていなかったよな?」
「野良魔法だ……野良魔法で『醜物の試練』を打ち消してしまった……」
「ありえない……」
「奇跡だ……!」
「我々は奇跡を目撃している!」
不確かな情報は、次第に大きな噂に変わっていく。
「あれは神の御業だ!」
「彼は……神の手を持つものだ!」
「神の使いだ!」
「皆の者、ひれ伏せ! このお方は……神の使いだ!」
瞬く間に、健介は二つの集団から『神の使い』と認識されてしまった。
「お兄さんが……神の使い……?」
セーラも茫然と呟く。
次第に村人たちの間にも『神の使い』という言葉が伝染していく。
「みなさん、ちょっと落ち着いてください!」
「総員、統制を乱すな! おい! 命令を聞け!」
混乱は指揮官や修道女にも制御できないほどに、大きくなっていく。
「お、おい……立ったままじゃまずくないか……?」
「ひ、ひれ伏すんだ!」
「ここにいるのは神の使いだぞ! 地面にひれ伏せ!」
兵士も修道士も村人も、健介を中心にひれ伏せる。
セーラもおばあさんも地面に頭をつける。
「はあ……はあ……はあ……」
その場にいる者ほぼ全員に神の使いとあがめられてしまった三ツ谷健介。
(どーしよ、この状況……)
思いもしていなかった事態に、健介は戸惑うしかなかった。