第1話 出会ってしまった、詐欺師と殺し屋
閲覧ありがとうございます。
初めて書いた長編小説です。しかも見切り発車です。
どうぞよろしくお願いします。
※「学園」「ハーレム」等のタグがついていますが、物語の構成上、まだ舞台は学園ではありません。また、ヒロインもまだ1人しか出てきません。ご了承ください。
──以下に登場する人物の名前は、全て偽名である。
桜の花弁がひらひらと舞い落ちる4月。
世間では“出会いと別れの季節”だなんて言われるけれど、16歳、中卒の俺には何ら関係もない。
当たり前だ。入学式も卒業式もクラス替えもない。
出会いも別れも、今の俺には、絶対に訪れない。
──はずだった。
目を開けると、俺はボロいアパートの部屋にいた。
フローリングの床に横たわり、両手を後ろで縛られて、足もきつく縛られていた。当然だが身動きは取れない。幸い、目と口だけは自由に動かせた。頭の奥が少しじんじんと痛む。
……何故だ?
俺、何でこんな所で縛られてんの?
何? 誘拐された? 拉致られた? 俺、殺されるの?
俺は痛む頭をフル回転して、気を失う前の記憶を辿った。
俺の名前は響野翔、16歳。自分で立ち上げた宝石店の店長をしている。
だが、それは建前だ。
俺の宝石店『Sky jewelry』は、詐欺専門の宝石店。
ショーウィンドウに並べられたアクセサリーは、全て偽物。
安い宝石のレプリカに、ほんの少しだけ本物の宝石を混ぜて、完璧に加工してもらっただけの代物だ。
つまり、俺、響野翔の本当の職業は“詐欺師”ってやつ。
そんな俺は、今日──いや、もしかしたら昨日かもしれない──も、朝8時に起きて店を開け、店内の掃除をしていた。そして、店を開けてから約1時間後。
カランカラン、と店のドアチャイムが鳴って、客が入ってきたことを知らせる。
俺は伊達眼鏡のフレームをクイっと上げ、完璧な営業スマイルを浮かべて、ドアの方を振り返った。
『いらっしゃいま……』
その瞬間。
俺の頭に、強い衝撃が走った。
……そこで多分意識を失って、今に至る。
あーあ、最悪だ。
俺ほどの詐欺師が、こんなにもあっさりと、拉致られてしまうとは。
なんという不覚。犯人許すまじ!
お前の弱みに付け込んで、現金全部使い切るまで宝石買わせてやるからな!
俺が密かに闘志を燃やしていると、1つの声が、俺の鼓膜を揺らした。
「……ようやく起きたようね」
凛として、部屋中にハッキリと響く、女の声。
続けて、小さな足音が俺に近づく。
「寝転びっぱなしじゃ背中が痛いでしょう? 座らせてあげる」
なんだこいつ。
そう思いつつ、素直に正座させてもらう。なんだか手慣れていた。
手足の拘束は、まだ解いて貰えていない。
「……あの、あんた、誰ですか? 俺の前の客じゃ……ないですよね?」
俺は彼女を見上げて、恐る恐る話しかける。抵抗したら、すぐ殺されそうなのでやめておいた。詐欺師たるもの、如何なる時も冷静に。
俺を誘拐した犯人は、黒いローブを着ていた。
フードを目深に被っているせいで、顔はほとんど見えないし、髪型も見えない。
でも、ローブの下に、少し変わったブレザーの制服が見えた。俺は学生に宝石を売ったことはない。
俺を誘拐するのなら、過去に俺が詐欺のターゲットにした客なんじゃと思ったんだが……。
「ええ。私はあんたと会ったことはない。今日が初対面ね」
「じゃ、じゃあ何で、俺を誘拐したんですか!?」
「それは……これを見ればわかると思う」
そう言って、彼女は俺の前にしゃがみこんだ。
スッとフードを取って、下ろしていた左手をゆっくりと持ち上げる。
……フードの下の彼女は、とてつもない美少女だった。
淡い茶髪の長い髪。キリッとした大きな目。整った顔立ち。
髪がサラサラと揺れて、いい匂いが鼻をかすめる。
不覚にも、俺の好みにどストライクで、ドキッと胸が高鳴る。
……左手に、銃を構えていなければ。
「私は“殺し屋”。あんたに恨みは全くない。でも私のお客から、『響野翔を殺して欲しい』って依頼が来た。だから悪いけど、私はあんたを殺さなきゃならない」
「殺し屋……」
……こんな美少女も、俺と同じ、犯罪者なのか。
「そ。私と同い年の詐欺師だって言うから警戒してたんだけど、ガバガバセキュリティで助かった。ずいぶん楽だったわ」
「……そりゃあ何よりです」
俺は余裕そうにフッと口角を上げる。すると彼女は少し顔をしかめて、おもむろに立ち上がった。
「……さて、お遊びはこれくらいにして、そろそろ仕事に戻らせてもらうわ」
俺の眉間にハンドガンを突きつける。
彼女の瞳から光が消えて、一気に“人殺し”の表情に変わった。
「悪いけど、私の正体を知った人は、絶対に生かしておけないの。響野翔くん、あんたの人生はここでおしまい」
「……おしまい」
俺はそっと繰り返す。
「そう。おしまい。私があんたの人生のピリオドを打つの」
そう言った“殺し屋”の表情は、ゾッとするほど恐ろしくて。それなのに──
胸が苦しくなるほど、綺麗だった。
……俺の人生は、今日、ここで終わる。
……なら……なら!
「何か言いたいことは──」
「あなたの名前を教えてください」
「……は?」
俺は彼女の目をまっすぐに見て、ハッキリと言う。
彼女は『こいつ何言ってるんだ』とでも言いたげな顔で、俺を見下ろした。
「聞こえませんでしたか? あなたの名前を教えてください」
「いや聞こえたわよ。何で? 時間稼ぎのつもり? これからすぐ死ぬ人に、私の名前なんて教える義理は──」
「好きだからです」
彼女の言葉を遮って、俺は続ける。
「あなたに一目惚れしました。好きです」
彼女ははぁ、と呆れたような溜め息をついて、さらに銃を強く押し付ける。
「……随分とありがちなハニートラップね。あんまり好きだなんて言われる人格じゃないから、ありがたく頂いておきます」
「残念ながら、俺は本気です。たった一言、あなたの口から名前を教えてくれたら、俺は何の抵抗もせずにすぐ死にます」
俺は約1年ぶりに、営業スマイル以外の笑顔を浮かべた。
「……教えなかったら?」
「そうですね……教えてくれるまで、俺は逃げて、抵抗しまくります。場合によっては、暴力も振るうかもしれません。もちろん俺だって、同い年の女の子、もっと言えば好きな人を傷つけたくないですから、出来ることなら何もしたくないです。あなたも、俺1人殺すのにすっごく手間取りますよ?」
「詐欺師の言うことなんか、そう簡単に信じられるわけがないでしょう? ……それに、仮に私のことが好きだとして、名前を知ってからすぐ死んで何になるの?」
「詐欺師だって、別に虚言癖を持っているわけではないですよ? ……俺は、あなたの名前を知ってから死にたいんです。それが俺の1番の願望です」
「はぁ……意味分かんない」
「分からなくて当然です。ただの心の叫びですから」
俺は一度も目をそらさずに、彼女の大きな目を見つめる。
彼女の瞳が迷うように揺れた、ように見えた、その瞬間。
「……はぁ、“ハツネ”さんがこんなに手間取るなんて思わなかったよ」
彼女の後ろの大きな窓がガラッと開いて、1人の少年が入ってきた。
彼もブレザーを着ていて、そのデザインは彼女のものとよく似ていた。おそらく同級生だろう。
「……イツキ、あんた、また盗聴してたのね」
彼女は俺の眉間に銃を押し付けたまま、彼の方を振り返る。
その声色は、どこか呆れているようだった。
「うん、ワカナ先生の指示ですから。……あ、そうだ、先生からハツネちゃんに伝言だよ」
そう言うと、ブレザーの彼は右手をズボンのポケットに突っ込み、ゴソゴソと何かを取り出した。
よく見ると、それは録音機のようだった。
『……ハツネ。随分と手間取っていると、イツキくんから聞いてます。あなたほどの殺し屋が……珍しい』
「うっ……」
彼女はそれを聞くと、俺を振り向いて、キッと睨んでくる。え、俺のせい? ……俺のせいか。
『……今回のターゲット、確かあなたと同い年よね? 入学の許可が降りたわ。殺さずにこちらへ持って来なさい。ワカナユイより』
「はぁっ!?」
今度は素っ頓狂な叫び声を上げられた。
話題に出て、俺もあっけに取られる。
『入学』? 『殺さずにこちらへ』? ……どういうことだ!?
「……だってさ、ハツネさん。どうする? ワカナ先生の言うこと、無視する訳にはいかないよね?」
「それはもちろん……だけど私、殺し屋だって知った人見逃すの、初めてなんだけど」
「あれ、そうだっけ? 前にもあった気もするけど」
「ない……と思う」
彼女は10秒ほど黙り込んで、よし、と俺から銃を離した。
「……私はユイ先生の言葉に従う。だから大変不本意だけど、あんたを見逃して、学園へ連れて行ってやることにする。感謝しなさい」
「……は、はい。ありがとうございます……?」
俺は慌てて答えた。
2人は俺に近づくと、手足の拘束を解き、立ち上がらせた。
「……初めまして、響野翔くん。僕の名前は近江樹。彼女のクラスメイトです。あと、一応……“情報屋”」
「情報屋!?」
この黒髪サラサライケメンも犯罪者なの!?
「うん。さっきの会話、聞いてたよー。学校でもモテモテのハツネさんをあそこまで動揺させられるとは……さすが詐欺師、といった所かな」
「はぁ……」
やっぱモテるのか。……まぁ美少女だもんな……!
「樹、喋りすぎ。早く行くよ」
「あ、うん。じゃあ翔くん、着いてきて」
「ちょ、ちょっと待ってください!どこにです!?」
俺は慌てて、2人を引き止める。
「はぁ……さっきの話、聞いてなかったの?」
「よ、よく分かんなくて……」
「まぁ、分かんないよね」
樹さんはクスクスと笑って、自分を指さした。
「……これから君を連れて行くのは、僕たちの高校──倉井学園高等部。全寮制、生徒は全員、何らかの犯罪者」
「ぜっ……全員、犯罪者ぁっ!?」
思わず叫んでいた。色々おかしいだろ!?
「えぇ。児童相談所やそこら辺から、若いうちに犯罪を犯した少年少女たちを引き取って、その能力をどんどん伸ばすことが目的の学園よ」
「更生させるとかじゃないんだ!?」
「大抵は、前科1個2個どころじゃないもの。更生なんて、今更手遅れよ」
「そこに、君も運良く入学出来るってわけ」
「入試なしで編入とか、とんだ特例よ」
嬉しくないんだが。
……まぁ、とりあえず殺されないということに感謝しよう。
「じゃあ、説明が済んだところで、今度こそ行こうか?」
「……は、はい」
そういうわけで、俺は2人にしっかりとホールドされたまま、倉井学園へ連れて行かれるハメになったのである。
外はすっかり日が暮れて、遠い空の三日月だけが、俺たちを照らしていた。
──以下、その道中での会話である。
「……あ、そうだ。結局、あなたの名前は何なんですか? ハツネ、さん?」
「あれハツネさん、まだ言ってなかったの?」
「言ってないわよ……着いたら先生から伝えられるから。今はいいでしょ」
「今知りたいです!」
「だってさ」
「むぅー……」
彼女は頬を膨らませる。正直に言おう、かなり可愛かった。
「何でそこまで……」
「好きだからです!」
即答した。
「おぉー、言うねぇ」
「樹、黙りなさい……」
彼女は暗闇でも分かるくらい顔を赤くして、また溜め息をつく。
「本当、詐欺師ってのは……とにかく軽くてしつこいのね」
俺はこの時聞いた美しい名前を、きっと永遠に忘れないだろう。
「……私の名前は、奥村初音。以後、お見知りおきを」
「奥村……初音……」
小さい子供のように、その7音を静かに繰り返す。
俺はフッ、と笑いかけた。
「綺麗な名前ですね。好きです」
「……あっそ。気に入ってもらえて何よりです」
「本当ゾッコンだねぇ、翔くん」
「はい! 名前も見た目も性格も話し方も、全部好みです! 好きです!」
「そんな良いかな、この名前……もっと可愛い名前の子いるわよ」
「俺は初音さんの名前が1番好きです!」
「はいはい、ありがと」
彼女──改め初音さんは、相変わらず俺の言葉を無愛想に流す。言われ慣れているのだろう。
でも俺は、ちゃんと気がついていた。
ほんの少しだけ──彼女の顔が、柔らかく微笑んでいることに。
俺の胸が、キュンと苦しくなる。
「……まぁ、偽名なんだけどね」
「あ、それは俺も同じなんで大丈夫です!」
「僕もだねー」
犯罪者だからね。ここ重要。
……To be continued
閲覧ありがとうございました。
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