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第七十九話 志村の恩返し

 翌十二月三十日、志村(しむら)由美(ゆみ)山元(やまもと)真夏(まなつ)と共に、金沢市内の中古オーディオショップを訪れた。美紀(みき)佐紀(さき)も同伴させている。

 昨夜就寝前に、美紀と佐紀から彼女たちの部屋を見せられ、そこで志村の目に付いた物品のいくつか、それらを彼女たちの新生活のために購入してプレゼントしようとしているわけだ。

 それらの物品とは、テレビ、AVアンプ、スピーカで構成されるオーディオビジュアルシステムである。

「テレビは新品にするけど、アンプやスピーカはとても長持ちするから、中古でも十分にいいのよ」

 とは、志村のセリフである。

 これは事実で、作りの良い部品で構成されたアンプやスピーカは十年以上もその性能を落とさないままま、質の良いサウンドを所有者に提供し続けてくれるものだ。

 テレビを新調しようとした点についても理由があって、中古品では液晶のドット欠けやバックライトの寿命が気になる以上に、やはり見た目、美紀と佐紀がその視線を頻繁に注ぐ対象であるため、どうしても新品の方に軍配が上がってしまう。

 テレビの中古と新品では、その価格に大きな幅が生まれるが、一昨日の北陸新幹線の中で、志村は脅かされた自身の生命と将来を美紀と佐紀に救ってもらったのだと言えなくもない。

 志村(しむら)にとってはテレビだけではなく、アンプやスピーカも新品で購入し、美紀(みき)佐紀(さき)にプレゼントとして贈ってもよかったのだが、最近発売されているアンプやスピーカには余計な機能が付きすぎて、その本質的な機能である音を出すための道具という意味においては、以前に発売された中古品の方が純粋に勝っている点が実際のところ多々存在しているのだ。

 志村が中古のアンプやスピーカを選ぼうとしているもう一つの理由は、彼女が感謝の実践に苦慮し、その結果、その正しい方策にたどり着いたためである。

 オーディオビジュアルシステムは非常に高価な家電であるため、ホイホイと子供に買い与えてよい品物ではない。

 志村と白石(しらいし)家の出会いは、たった二日前のことに過ぎないのだ。

 その白石家の孫娘である美紀と佐紀は、志村にとって大宮駅でのあの時の感謝を捧げるに十分な存在ではあったが、志村が自分で稼いでいる二千万円を超える年収にモノを言わせてその感謝を彼女たちに捧げたとした場合、その志村の思いは彼女たちの新居となる山元邸の彼女たちの部屋には届いても、彼女たちの心の中には本当の意味では届かないだろう。

 オーディオビジュアルシステムは当座のお礼とだけしておく。

(私の命はそんなに安くはないはずだわ……)

 志村は美紀と佐紀に、自分の知っている知識を分け与えていくことにしたのだ。

 上質な音と映像は美紀と佐紀の今後の情操教育に役立つことだろう。

 しかし、人間が苦境に陥ったとしても最後まで手放さずにいられるもの、圧政や拷問に晒されたとしても最後まで失わずにいられるもの、それはその人間がそれまでの人生の中で蓄えてきた知識と経験だけなのである。

 自由を失い、自尊心を失ったとしても、蓄積された知識と経験がその人間の再起に必ず役に立つはずだ。

 志村としては、美紀と佐紀がそんな目に合う前に何としてでも救いの手を差し伸べる覚悟でいるのはもちろんだが、人間に降りかかる災いには常に前兆があるとは限らない。

 幸い志村は真夏(まなつ)の親友であり、山元邸への出入りはほぼ顔パスという好待遇を受けている。

 志村はこのアドバンテージを存分に活かし、美紀と佐紀の家庭教師を行うつもりになっていた。

 志村のこの提案に対し、昨夜の真夏はその対価の支払いを主張したが、志村はそんな真夏に対して、

「私は命を救われたのよ。私は私の生涯をかけて、この恩を返したいわ。真夏、あなたもそう教わってきたでしょう?」

 真夏はこの志村の主張に一切の反論はできなかった。


 志村が真夏と美紀、佐紀を連れてやって来た中古オーディオショップには名品が揃っていた。

 志村がアンプとスピーカの組み合わせをいくつか指定して、その奏でる音を美紀と佐紀に聞かせると、二人はその中から山水(サンスイ)のアンプとKENWOODのスピーカのセットを選んだ。

 山水のアンプが秀逸な逸品であることに疑問の余地はないが、美紀と佐紀がKENWOODのスピーカを選んだのは、そのサウンドだけではなくデザインも重要と考えたためである。

 背の高いそのKENWOODスピーカは、高音域を担当するツイータが上部に配置され、音域が下がるにしたがって四つの小型ウーハが順番に下方向へと並んでいる。

 指向性の高い高音域が他の音域を誘導するため、このスピーカをテレビの横に設置して動画を観れば、映画館のような臨場感を楽しむことができるだろう。

 志村は同じ型番の山水のアンプ二台、KENWOODの同じスピーカを八台購入し、スピーカの予算が若干余ったため、JBLのセンタースピーカとサブウーハを二台ずつ追加で購入した。

 つまり、志村は5.1チャンネルサラウンドシステムを二セット購入したことになる。

 また、志村は抜け目なく、アンプとスピーカを繋ぐケーブル類、コンセントから電源を供給する延長コード類にもこだわりを見せた。

 美紀と佐紀はその総額に目を丸くしていたが、志村はクレジットカードではなくデビッドカードの決済でそれを購入し、その二セットのサラウンドシステムの宅配先に山元邸を指定した。

「次は大手の家電販売店よ。ついて来て、美紀ちゃん、佐紀ちゃん。真夏もね」


 家電販売店では美紀と佐紀がテレビを指定した。

 テレビ台の上に乗せたそのシャープアクオスは、先ほど中古オーディオショップで志村に購入してもらったKENWOODのスピーカと、ちょうど背の高さが同じになった。アンプもまた、テレビ台の収納部分に十分な隙間を得た上できっちりと収まった。

 ただ、この状態のままであると、テレビ台の収納部分が四分の三ほど空いたままとなってしまう。この隙間を埋めるためと、使い勝手の向上のために、真夏はHDDとブルーレイディスクで長時間の番組録画が可能なレコーダを購入した。

 これでそのテレビ台の隙間が残り二分の一となって、真夏がさらに他の製品を購入できないかと検討を始めたとき、

「そのテレビ台の残った隙間、お(はし)とお(たま)(美紀と佐紀の飼いネコのことである)が潜り込めるように空けておきたいな」

 やんわりと、表現をぼかした佐紀の発言だったが、これは高額な出費を続けている志村と真夏を窘める意味も込められた、佐紀の心遣いでもあった。

 テレビにはそのメーカによって映像や音声の入出力端子の種類に大きな差がある。端的に述べると、シャープの液晶テレビにはDVI端子が付いているが、他のメーカにはそのDVI端子が付いていないことが多い、などといった具合だ。

 このDVI端子が付いていないと、パソコンからの映像入力がうまくいかない場合がある。

 パソコンのOS画面下部には大抵の場合、横一面に細く長いタスクバーが存在するため、HDMIによる接続では、この処理をテレビ側でもパソコン側でも上手く調節できず、画像や動画が正常なHD品質で表示できなくなることがあるためだ。

 志村は美紀と佐紀が選んだシャープアクオス四十二型に最新規格のHDMI入出力端子と光デジタル入出力端子を確認すると、これもまた志村はデビッドカードで決済した。

 余談だが、HDMIがその規格を2.1まで進化させ、その伝送解像度を8Kに対応させるのは、二千十七年十一月二十八日のことである。

 美紀が口を開いた。

「志村さん、ありがとうございます。わたくしたちは、自分の身を守るためにあんなことをしたのですけれど、あの時、志村さんがわたくしを庇って抱き締めてくれたこと、わたくしたちは決して忘れませんわ。その上、これからはわたくしたちの家庭教師までなさって下さる。そのことが、わたくし、楽しみでなりませんの。フフフ……」

「そお? 私も楽しみよ。真夏、あんたにも何か奢るわ。昨日の晩のお礼にね。何が食べたい?」

「え? いいの? やった! あたし、お寿司がいいなあ」

「いいわね、ここは金沢だし。美紀ちゃん、佐紀ちゃん、美味しいお店、知ってるかしら?」


 四人とも、訪れた寿司屋でよく食べ、そしてよく笑った。

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