第七十七話 稽古を終えて
稽古の終わった白石道場では、門人たちが道場の隅々にまで、雑巾をかけて清掃に取り組んでいる。
先ほど水樹によって完膚なきまでに打ちのめされた美紀もその中にいた。
あのようなことはこの道場ではいつものこと、と言わんばかりに彼女もまた、一心不乱に道場の床を磨いている。
外気温はマイナス七度だ。沸騰させた湯も、見る見るうちに温度が下がり、何度目かの雑巾絞りの後にはほとんど冷水となっている。
門人たちは、この作業を何度も何度も繰り返した。
彼らにとって、この道場は尊敬する師範・辰夫との交流の場、そして同時に、自らの魂と剣の技を昇華させることのできる懸命の場所なのだ。
そしてもうひとつ。
今日の稽古をもって、美紀と佐紀がこの道場から去っていくという理由もあるだろう。
彼女たちは三歳の頃からこの道場そのものの清掃と、備品や消耗品の整備、管理に門人たちと関わってきた。当然、先ほどのような激しい稽古にも共に耐え抜いている。
道場の清掃を終えて、門人たちが別室で休憩を取る時間ともなれば、美紀と佐紀は炊事場へと走り、握り飯や茶の用意をして彼らの疲れを心身ともに癒してくれるはずだ。
彼女たちが作る握り飯は、彼女たちの身体が成長するにつれ、大きく、そして美味くなっていった。
「ここまでにしよう。先生が慰労会をして下さる」
白石道場の高弟、光野忠彦が声を上げると、果たして美紀と佐紀は道場から炊事場へと走り出ていった。門人たちは、その二人を瞼に焼き付けた。
覚束ない足取りで熱湯の入ったやかんを運んでいた彼女たちの三歳の冬の日の様子、落ち葉と土にまみれて山菜を竹籠一杯に摘んできた春先の様子とともに、十歳九か月の少女に成長した今日、美紀は水樹と対峙して、佐紀は光野と対峙して、結果はどうであったにせよ一切手を抜くことなく、高弟との互角稽古をやり遂げた今日の様子もまた、門人たちの記憶に刻まれたことであろう。
ある程度、剣の修行を重ねた室井のような大男でさえ、高弟の打突に耐えられず、道場の羽目板まで吹っ飛ばされていくのだ。わずか十歳の少女においてはそれがどのくらい過酷なものであるか、想像に難くはないだろう。
門人たちが道場を清掃する姿を、最初は正座したまま眺めていた真夏と志村も、いつの間にかその中に加わっていた。
「手も足も冷たい……」
雪のちらつく真冬の道場は、温室育ちの二人の手足から容赦なく体温を奪っていた。




