第七十三話 酒の肴
『ピロリロリーン、ピロリロリーン』
来訪者を告げるチャイム音、
(誰かな?)
テレビドアホンの中で年配の男性が両手を上げている。右手にIDカード、左手に通勤用のカバンを手にしていた。
「こんばんは。三畑さん」
三畑と呼ばれたこの人物は、真司の母・真夏の実家が贔屓にしている地元不動産会社の会長で、この山元邸の設計と建築に関わった後も、度々『点検』と称しては真夏の父・博と共に酒を呑みにやってくる。
「こんばんは。今日はリフォームの件でね。お邪魔するよ、真司君」
「すみません、お忙しいところ。どうぞ」
「何を言うかい。仕事だよ、仕事」
三畑は勝手知ったる山元邸に上がり込み、そのまま二階へと登っていく。
(早速来たかー……)
三畑が口にした用件は表面上その通りなのだが、実際のところは真夏の父から頼まれて、新しく家族に加わるという二人、美紀と佐紀の様子見を兼ねて来たというわけだ。
「ちゃんと挨拶してくれよ」
「はーい」
真司に言いつけられていた二人は粗相なく三畑を迎えると、そのままキッチンに向かい、鍋を火にかけて玉ねぎを取り出した。
(お、酒の支度か……? ありがたや……)
表情の明るくなった三畑はテーブルにつかず、
「真司くん、まずは用事を済ませよう」
真司を案内して三階へ上がり、
「ネコ二匹だよね。走り回るよ。うーん、どこが……」
「この三階ホール、遊び場にならないですか?」
三階には階段を上ると広めのホールがあり、景色を一望できるスペースが設けられている。真司はここにキャットタワーを設置するつもりだった。
「……階段に扉付けちゃう?」
「いいですね。じゃあ側面も塞いでいただいて」
「ははは。ほんとに管理区域だね」
三畑は扉と隔壁の位置を図面に描き込むと、
「あと、ネコの出入り口って?」
「あいつらの実家にあったんです。けっこうデカいんですよ。ちょっと待ってください。すみません」
真司は自室からレポート用紙を持ち出して扉の前に座ると、
「これくらいです」
正方形を作り、扉の下部中央部分に貼り付けた。
「けっこう大きいね」
「ネコがデカいんで」
「どれくらい?」
「座布団の半分くらい……ですかね?」
「そんなに大きいの?」
信じられないといった三畑に、ネコの特徴を一通り真司が説明すると、
「出入り口は設計してみるよ。真司君に伝えればいいのかな」
「はい。お願いします」
「ほんじゃ、一杯貰おうかな」
「もちろんですよ」
リビングのテーブルにはお茶と小さな器が用意されていた。
器には軽く醤油のかかった鰹節がたっぷりと盛られている。
お茶は温めだった。
「三畑様、お酒の用意も整っております。召し上がってくださいませ」
酒を運んできた美紀は料理を謙遜せず、一言を残して戻って行く。
(酌でも始めたら叱るところだった……)
器に手を付けてみると思いのほか好みの味がした。
鰹節の下にあったのは、マヨネーズと和えられた玉ねぎだ。
佐紀はキッチンで豚バラ肉を熱湯に浸しては氷水の中に投げ込んでいる。
美紀は大根をすりおろし、冷蔵庫の中を漁りだした。
しゃぶしゃぶ風の豚バラ肉に、大根おろしと青ネギがかかっている。ポン酢で口に運ぶと、日本酒ともよく合った。
(美味い……)
しばらくの間、三畑は酒と料理を楽しむと、
「真司君、失敗したんじゃないか」
「何をです?」
「あの娘たちだよ。妹じゃなく、嫁にした方がよかったんじゃないか」




