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第七十一話 技量

 今朝は美紀(みき)に楽しませてもらった真司(しんじ)だ。美紀に褒美を与えねばなるまい。

 真司は品川駅で()()()()()()()()()に美紀と佐紀(さき)を乗せ、藤沢を経由して江の島に向かう。

 真冬の潮風が厳しい。

「島の中には夏にでもな。あとこの道、これが国道百三十四号線。ガレージで話したろ、アレだ」

「うわあ、ずっと海沿い?」

「大体な」

「うわあ……」

「ウチのに乗るには十八からだな」

「十六じゃないの?」

「それは排気量が四百未満のやつ。ウチのは七百五十と五百だからな。大型二輪がいる」

「十六で四百未満の買っちゃおっかな」

「いいんじゃね」

「うん、絶対に買う!」

「……」

(……わたくしもきっと買うわ)

 真司たちはそのまま小田原へ向かい、帰りにも東海道線を利用した。


「カネがなくてな」

 真司(しんじ)は、美紀(みき)佐紀(さき)を『いつものソバ屋』に連れて行くと釘を刺すように伝えたが、二人は少し考えた後に大盛りの肉うどんを注文した。

(マジかー……)

 昼も藤沢駅のソバ屋で済ませていたとはいえ、乗車券にグリーン券と出費がかさみ、所持金が気になっていたところである。

 今日の『優子(ゆうね)の送り』は彼女の友人、春香(はるか)の母親が担当してくれる。これは真司の塾のクラスメイト、永井(ながい)が計画したもので、今朝読んだレポート用紙に明記されていた。永井は真司の予定を聞いて、春香の母親にまで根回しをしていたことになる。

「兄さんのスイカあといくら?」

「あんまないな」

「チャージしといたげる。後で」

「気にするなよ」

「そう? ありがと」

(……気にしろよ)

 昼もソバ屋で今度もソバ屋、少々申し訳ない気持ちもあった真司である。佐紀のひとこと以外、言葉を発することなくうどんをかき込む二人を気にしながら、真司はいつもの月見そばを選んでいた。

 優子と訪れる時によく見かける中年の女性はいない。シフトの時間が違うのだろう、時刻は午後五時を回ったところだ。

「お前ら髪がジャマになんねえの?」

 美紀と佐紀は腰まである髪を左手でまとめながら、もう片方の手で(はし)を操っている。

 優子は肩まで伸びたワンレングスをリボン型の白いバレッタで挟むだけだ。

「なんで?」

 質問に質問で佐紀は答えたが、その質問自体が二人の回答であると真司は理解した。

「なんでもねえよ」

 二人のうどんはあと僅か、ペースを上げないと先を越されてしまう。


 武蔵小山駅で美紀と佐紀が化粧室に消えていくと、真司は優子、永井、春香にメールをそれぞれ違った内容で送信した。アイフォンから送るのは今回が初めてで、三人からは『アドレスを登録した。電話番号も』と言った旨の返信が届き、真司はそれに従って二通目のメールを同時に送る。

 二人はまだ戻ってこない。化粧室での時間も()()ようだ。

 新しいアドレスと番号は特定の友人だけに伝えると真司は決めていた。用件があるなら、携帯はつながらなくとも固定電話にかかってくるはずだ。父・修司(しゅうじ)の言う通り、情報をバラまくことはない。美紀と佐紀にも徹底させるつもりである。

 化粧室では、美紀と佐紀が鏡に向かってリップを塗り直しながら会話をしている。

「佐紀さん、千円札、何枚お持ちかしら?」

 佐紀はバッグの中の財布を確認して枚数を答えると、塗ったばかりのリップを拭き取り、もう一度塗り直した。

「ちょうどいいわ。せめてグリーン車の分は真司さんにお渡ししましょう。わたくしの責任だから佐紀さんには悪いけれど、あなたも負担してくださるかしら? その他の代金は殿方(真司さん)のお顔を立てましょう」

「うん」

 佐紀が千円札を二枚取り出すと、

「いいのよ佐紀さん。チャージの役目はあなたに譲るわ。こういうことはご本人の目の前でするほどポイントが上がるものよ。二人で四千円ね」

 美紀は自分の財布から二千円を抜き取ると佐紀に手渡した。


「兄さん、スイカ出して。やっぱチャージしたげるよ」

「マジか!?」

「えへへ」

 普段の誤魔化し笑いをしながらスイカを受け取った佐紀は、颯爽と真司の前で現金チャージを試みたが、あいにくと『四千円』の項目は見当たらなかった。

「佐紀さんごめんなさい」

 佐紀が一瞬だけ真司に死角を作ると、美紀はススス……とその隣にすり寄って、佐紀の耳元で一言(ささや)いたのちに千円札を一枚差し出した。

「気にしないで。美紀ちゃん」

 佐紀は五千円のチャージが完了すると、スイカを真司に笑顔で返す。

「グリーン車の分だけね」

「ありがとよ」

 日の暮れた武蔵小山を三人は歩き出した。


(母さん、助かったわ……)

 仲良く家路へと向かっている三人だったが、真司(しんじ)の胸中は複雑だった。

 現金チャージの折に見た美紀(みき)佐紀(さき)の動き、それ思い返して真司は二人の技量を推し量っている。

 白石(しらいし)家への訪問の折、真司に竹刀を持たせなかった母・真夏(まなつ)の判断は正しかった。竹刀を持参していたら、二人に()()()()()()()泣きながら帰ってくることになっただろう。

 真司は負けを認め、自宅の門の前で美紀と佐紀の肩に手を置くと、

「おれにもいろいろ教えてくれよ」

「何を?」

「いろいろだ。ほら、入れ」

(世話になるのはおれかもな)

 門のロックを解除した。

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