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第六十八話 教育方針

 (おのれ)のふがいなさを責めていた修司(しゅうじ)だが、

(……やることがまだある)

 立ち直って美紀(みき)佐紀(さき)山元(やまもと)家の教育方針を通達した。

「美紀、佐紀、ウチでの約束だが……」

 山元家は基本的に放任主義である。

 例外は、廉恥(れんち)、個人情報の発信禁止、法令順守、この三つだけだ。どの項目についても説明など不要であろう。美紀と佐紀が女性でも変わりはなかった。

 いくつかの疑問点を佐紀が指摘する。

「廉恥って恥を知れってこと? 具体的には何なの?」

 数十秒前に初めて『お父さん』と呼んだ修司に対して遠慮はない。修司は彼女の環境適応能力の高さに、

(佐紀はいい刑事(デカ)になる……)

 このよなうタイプは、積極的に取り入れた知識を正確に知恵として運用する能力に秀でている。勘もよく働くはずだ。

 運動神経についても、修司の知る範囲で佐紀は優秀と推察された。

 白石(しらいし)の屋敷の佐紀の部屋、立てかけられていた数本の竹刀には、柄と物打ちの部分だけに古さが感じられた。柄に残った深い青は日々の修練の証、物打ちの損耗は正確な打ち込みの証である。

「そうだ。常に清い心を持って誠実に振舞え。自分のための嘘は許さん。身の(たけ)に合わない行動も許さん」

「例えば?」

「自分をよく見せようという行いだ」

(お爺様と同じことを……)

(お爺ちゃんと同じか……)

 美紀と佐紀の両親が残した遺産は約二億二千万円で、祖父の辰夫(たつお)は二人にその消費を許さなかった。今、二人の財布に入っている数万円は、二人が小学校入学以来、結婚式場のフラワーガールとして稼いだアルバイト代だ。

 美紀と佐紀はお互いに目を合わせてうなずくと、次の質問に佐紀が移る。

「個人情報って?」

「廉恥と似たようなものだ。一々自分の気持ちや行動を晒すことはない。これは家族の情報にも直結する。絶対に許さん」

 修司の表現は厳しいものだったが、これも修司や真夏(まなつ)の社会的地位を考えれば当然と思えた。

 佐紀が続ける。

「お父さんが警官でお母さんがお医者さんだから?」

「違う。お前たちのためだ」

「あたしたち?」

「そうだ。お前たちは五年生だろう。これからだんだんと大きくなるにつれ、いろいろな気持ちが芽生えてくる。それは友情かも知れないし、恋心かも知れないし、おれ達家族への不満かも知れない。とにかく沢山あるだろう。そういう変化に人間は弱いものだ。これは仕方のないことでもある。ただな、そういった気持ちは所かまわずぶちまけるんじゃなく、出来ればおれ達にきちんと言葉で伝えてほしい。おれが駄目なら真夏(まなつ)がいる。大人で駄目ならこいつ(真司)がいる。頭を使って自分の言葉で的確に家族へ伝えろ。おれはお前たちにそんな女になってほしい」

(大人じゃなくて女?)

 佐紀の頭にはそんなフレーズが浮かんだが、言葉にはしなかった。

(要は真夏さんみたいになれってことかな)

 目が合った真夏が佐紀に微笑む。童顔の真夏は真司から聞かされた以上に頭が切れ、感情表現も豊富な女性だった。

(ハートアンドマインドかあ、ハードルが高いなあ)

 修司の熱弁は個人情報の観点とはずれていたが、佐紀は別段反論する気も起きず、それを今後の行動指針として受け入れた。

 もう一つ残っている法令順守は当たり前のことだ。佐紀がこの家、山元家の教育方針を整理していると、修司が例外の例外を口にした。

「法令順守には一つだけ例外がある。大きな声では言えないが」

 以後の外出をしない条件で、元旦だけ家庭内での飲酒を許可された。理由を尋ねたが、修司からは、

「おれの実家がそうだった」

 としか返ってこなかった。真夏も真司も何も言わない。

 お屠蘇(とそ)、として金沢の屋敷では何度も経験したが、山元家ではこれが市販の日本酒となって一日中飲むらしい。主に真夏が、だが。

 その元旦はもう少しでやってくる。文化の違いはすぐに体験できるはずだ。

 ピザのおまけに付いてきたサイドメニューを美紀と佐紀がついばみ始めると、

「さ、ここからガールズトーク。お泊りの部屋に行くわよ。これ持ってきていいから」

 真夏はポテトの箱を手に取って、リビングから二人を連れ出した。

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