第六十七話 お父さま・お母さま
五人はLサイズのピザを五枚たいらげた。
食べ過ぎた佐紀はグッタリとチェアに寄りかかり、同じく食べ過ぎた美紀は一口一口お茶を啜っている。
「うあー、Lサイズはキツかったなー」
食事を開始して以来、佐紀は敬語をほとんど使わなくなっていた。彼女なりの親近感表現である。
「そういやお前ら、金沢の屋敷であっち向いてホイやってたな? 決着は付いたんか?」
余計なことを真司が聞くと、
「……そういえば、勝負を中断したままだわ」
「何よ? 美紀ちゃんヤル気? 受けて立つよ、覚悟しときな」
美紀がイラッとした表情を作り、佐紀がニヤッと笑う。
座席は、いわゆるお誕生席に修司が座っている。修司から見て左側に真夏、右側に真司といて、真夏の隣には美紀、真司の隣には佐紀が着席していた。
「ちょっと、真司。余計なこと言わないの」
真夏が止めようとするが遅かった。
チェアにもたれてボーっとしていた佐紀は美紀を挑発し、美紀もまたこれに応える。
正面から睨み合う美紀と佐紀は、
「いくわよ……」
「泣くなよ……」
「「せーの!最初はグー!」」
勝負開始だ。
金沢の時とは違い、二人は大きな声で、
「あっちむいてほい!」
「あっちむいてほい!」
しかし金沢の時と同様に、延々と繰り返している。
修司と真夏、真司は、二人の勝負に見入っている。
「あっちむいてほい!」
「あっちむいてほい!」
決着がつかない。
美紀と佐紀はお互い正面に向き合ったまま、チェアに座って上下左右に頭と指だけを大きく動かしている。
二人とも長い髪を振り乱し、真剣な表情で、必死に
「あっちむいてほい!」
「あっちむいてほい!」
繰り返し続けるので、とうとう可笑しくなって三人は笑いだしてしまった。
「ふふふ、ふふふ、美紀と佐紀の顔、ふふ、ふ、ふふふ」
「ちょっとお……」
佐紀が不満顔で三人を見比べる。
「……こちらは真剣にやっているのですよ、みなさん」
二人は勝負を中断した。
「兄さんが言い出したのに!」
佐紀からの呼び名は、真司さん、兄さん、真司さんを経て、『兄さん』になった。
「おもろかったぞ、美紀、佐紀。わはは」
「……もう、真司さんは」
美紀はそのままだった。
「おい美紀、おれは真司さんのままか?」
真司が美紀をからかう。
「……」
(……フン!)
「わはは」
美紀がそっぽを向くと、真司はまた笑いだした。
笑う真司をしり目に、修司と真夏には緊張が走る。
(おい、真司を兄さんって呼んだぞ、佐紀が……)
(真司を兄さんって呼んだわ、佐紀……)
「ねえ、美紀、佐紀、あたしは? あたしは? あたしは何? ねえねえ!」
自分の鼻を指さして真夏が二人に迫る。
(う……)
「……真夏お母さま、と」
美紀はためらいながら答えたのだが、
「えー、なんか余所余所しい。まなったんでいいよ!」
「真夏、それはやめろ。どこからか苦情が来るぞ」
修司に注意された。気をつけねばなるまい。
「……では、お母さまと」
「おっけー。佐紀ちゃんは?」
「お母さん!」
「おっけー。じゃあしゅうくんのことは?」
「……お父さま、と」
「お父さん!」
ニコッと笑う美紀と佐紀に、ウンウン、と、真夏は満足そうだ。
無言でこのやり取りを聞いていた修司の心中は大変だった。
(むすめとは なんてかわいい ものなのだ。富永本部長の気持ち、やっとわかった……富永さんも、相模原に戻ってお嬢さんに会いたいだろうに……その人に対しておれは……おれは……。無神経にも、今月二度も、帰省休暇を貰っていたのか……ありがとう富永さん……おれは上司にも妻にも子供たちにも恵まれた……)
富永という人物は修司の上司で、九州にある県警の本部長である。
富永は次年度の人事において、警視監の階級へと昇任して警察庁に戻っていく。
そこで功績を上げた富永は、後に警察庁長官となって、修司の警察庁復帰に尽力することになる。




