第六十六話 パニックルーム
五人は電車に乗って、武蔵小山から自宅まで歩いて帰り、
「はい! これ美紀と佐紀にプレゼント! あたしと真司で作ったのよ!」
真夏は寝室に隠しておいたジグゾーパズルの額縁を突き出した。
照れたのか、そんな感じになっていた。
受け取ったパズルには、ニュージーランドから見える南極のオーロラが写されている。
二人はお互いの額縁を覗き込み、それが同一のものであると確認すると、
(こんなに大きなパズルをふたつも……)
(すご……千ピースを二セットだ……)
お金ではなく時間をかけると言った真夏の思いが伝わった。
時間をかけて家族になろう、山元家からのメッセージとも思われた。
新しい母となる真夏を見つめ、チラッと真司に目をやって、新しい父となる修司に視線を動かした。
「じゃ、ご飯にしよっか? お腹空いたでしょ? ピザ取るからね。何がいい? たくさん食べるよね?」
「こいつらすげえ食うからな」
(……わたくしたちはやっていける)
(よかった、いい人で……)
美紀と佐紀はそれぞれに安堵の表情を浮かべ、
「はい。たくさんいただきます」
真夏に返事をしてから、美紀は佐紀を、佐紀は美紀を見詰め、視線で互いの意思を確認した。
金沢にある美紀の部屋でもそうだったように、修司はリビングに置かれた『増えているもの』を一目で発見した。
留守中に何かがなくなるというのはよくあることだ。
お目当て物品をどこかにしまい込んでしまったのかもしれないし、泥棒が入って盗んでいったのかもしれない。
いずれにしても困ることに変わりはないが、最も警戒すべきは、この『増えているもの』で、例えそれが友人知人から貰ったものであっても同様だ。
『何が仕掛けられているか、分かったものではない』
警察庁警備局に勤務経験のある修司にとって、それは当然のことだった。
増えているものが真夏の組んだパソコンと聞いた修司は、
(じゃあ、家の案内が先だな……)
ピザを待つ間、妻の真夏と共に美紀と佐紀を三階に連れて行った。
「部屋は二人で相談して決てくれ。ケンカするなよ」
三階の二部屋は真司がすでに紹介済みだ。
それでも二人は各々部屋に入っていき、それぞれの部屋の様子を確認した。
同じ作りになっているため大した違いはなく、強いて上げるとすれば、窓から見える景色が若干違うという点しかない。
夜景が広がっている。
各階の天井が高い三階建てだ。ほとんど区画整備のされていないこの地域からは、都心の明かりがよく見える。
「このドアに、ネコ用の出入り口を作る」
修司はドアの下部中央を指さした後、手のひらで小さな仕掛けが動く様子を再現した。
「……こんなに立派な扉なのに。お手数をおかけしてすみません。ありがとうございます」
礼を述べた美紀は扉まで歩いていくと、その上下に目線を動かして右手を触れつつ、
「……」
(ごめんなさいね、我慢して……)
声を出さずに語りかけた。この扉はこの場所から一時的に移動されて、小さな個所とは言え刃物を入れられることになる。
美紀と佐紀の飼い猫を連れてくるための処置だ。この扉が痛い思いをする責任は自分たち姉妹にある。美紀はそう感じていた。
「但し、ネコの移動は三階に制限する。三階が管理区域だ。いいかな?」
「管理区域?」
「そうだ。三階の入り口に隔壁を設置する。そこにネコ用の出入り口はない。これはネコの抜け毛対策だ。ネコたちの行動範囲はこの三階になる。いいかな?」
「はい」
美紀にも佐紀にも異論はない。三階なら脱走の心配がないので安心だ。
「あとこっち」
修司は二人の部屋を出て、用途の分からなかった小部屋の前に立つ。
「パニックルームって知ってるかな?」
二人は首を振る。
「もしもの時にはここに逃げ込め。使用方法はその時に読めばいい。最初のうちは慌てているだろうが、その内ヒマになってくるもんだそんな時は。ははは。二日間は生活できる、問題ない」
小部屋の中にはトイレと洗面台があり、非常食と水が積まれている。鉄扉は分厚く、窓はなく、全面をコンクリートに守護された部屋だった。
(……六畳くらいかしら?)
(なんちゅう家だここは!)
今回は二人とも口に出さなかった。
「エレベータは使ってるんですか?」
佐紀の問いに、修司は、ノーのジェスチャーを返す。
「階段を使えばいいし、電気代が爆上がりになる。これが問題だ」
修司は真司の部屋にも立ち寄った。
「これが真司の部屋。何もないぞ」
中では真司が永井とスカイプをしていた。永井というのは塾でのクラスメイトで、真司にとっても信頼のおける相手である。
「あ、お前らか。もう終わっから」
永井にじゃーなと言って、真司はスカイプを落とす。
修司の言葉通り、部屋には大きな机とパソコン、本棚、脚立しかない。
ただ、本棚は天井まで届く高さで、クローゼットと窓の位置を除いて一目では数えられない程度にある。そこには日本語や英語で書かれたハードカバーの書籍がギッシリと並んでいた。
『ピロリロリーン、ピロリロリーン』
来訪者を告げるチャイムが鳴る。ピザの到着だ。
地下室への案内は、今回も先送りにされた。




