第六十一話 RZV500R
水冷ツーストロークのV型四気筒エンジンが大音量で覚醒する。
一切の妥協なくマーケットさえも無視、このマシンはヤマハの熱い情熱だけで誕生した。
美紀と佐紀は十八歳の誕生日に大型二輪免許を取得しこれに乗ることになるが、それはまだ先の話なのでここでは触れないでおこう。
「……!!」
「きゃーすっごーいい!!!! あははは」
いい反応だ。
美紀も佐紀も、後部の四個所から排気される白い気流に目を奪われ、ツーストロークエンジン特有の甲高い排気音に痺れていた。
「ちょっと兄さんいいのこれ!?」
我に返った佐紀は慌てて尋ねる。六年生の兄がバイクに乗っていいはずがない。同時に、バイクを勝手に動かして叱られないか心配になった。
「心配すんな。たまに動かすんだ。腐っちまうからな」
VFRのエンジンもかけた。こちらはセルフスタートで、RZVのような派手さはない。
美紀と佐紀はあちこちから二台を覗き込み、目と鼻と口を盛んに動かしながらせわしなく歩き回る。二人のこの反応は意外だった。
真司はイタリアンレッドのVFRを指差して、
「昔は母さんをケツに乗っけてよく遊びに行ったらしいぜ」
「え、いいな!」
「あの修司さんがですか?」
修司は、当時高校三年生だった真夏をタンデムシートに乗せて、国道百三十四号線を流しては夕陽や潮風を楽しんだものだ。
もちろん、時々背中に押し付けられてくる真夏の胸、その感触も楽しんでいた。結婚してから聞いてみたところ、それは真夏なりのサービスだったらしい。
夏場のヘルメットは暑苦しくて汗がダラダラと流れるが、どういう訳か真夏はクルマよりもバイクを好み、城ケ崎や小田原城をデート先にリクエストした。
真夏の両親は事故を気にしてハラハラとしたものだが、毎回いつも娘の門限七時よりもずっと前に聞こえてくるバイクの音と、日に焼けた娘の笑顔の後ろで頭を下げる修司の姿を見聞きするたびに、
(仕方ない……)
二人の交際を表と裏から見守った。
「親父らしくないだろ?」
ガレージはもう終了だ。約束は恵比寿に六時。ダラダラしていると時間が無くなってしまう。
バイクのエンジンを切り、ガレージを閉じて、真司は二人と建物に向かう。




