第六十話 ガレージ
自宅が見えてきたところで、
「ほらあれ、あの塀の中がウチ」
(……塀の中?)
美紀は昭和のヤクザ映画を思い出したが口には出さなかった。
真司の視線を追うと、赤茶のレンガが積まれた高い塀が見える。
「それじゃ刑務所みたいだよ!」
佐紀の言う通り、通用門と車庫用のシャッターがなければ確かに刑務所の塀に似ている。
都道に面している部分はパッと見たところ学校のプールほどで、小さな門と、細い鉄パイプが何本も上下左右に走るシャッターのようなものが見えた。
(何かしら、あれは……?)
「けっこう物々しいね!」
「……」
(ちょっと佐紀さん……)
佐紀が遠慮なく感想を述べる。
「ははは」
気にしていなさそうな真司の後ろを二人でついていくと、細い鉄パイプは自動車用のシャッターだった。
「……このシャッター、なんていう名前なのかしら?」
固有名詞が分からなかったので、美紀が尋ねると、
「サンゲート型ってらしい。開けてやろっか?」
「いえ、今は結構です……」
サンゲート型というシャッターの向こう側は広い駐車場になっていたが、クルマは一台も止まっていない。奥には背の高い桜の木が見えて、そのさらに奥にはマンションのような家が見える。
(あ……)
美紀は振り返って背後を見上げ、高層マンションを視界に捉えると、真司から送られてきた夜景の記憶を確認した。
「クルマはないの?」
「ないな」
佐紀の問いに真司があっさりと答える。
「なんで?」
真司はこの時から、佐紀の問いにはできるだけ理由をつけ加えることにした。
「ほら親父警官だろ。余計な問題起こしたくないんだってさ」
「あー、違反とか事故とかまずいよねえ」
佐紀の言葉は正解に近い。父の修司は運転免許証を持っていたが、クルマには執着しなかった。
裁判官や検事、弁護士の一部も自家用車を避ける傾向がある。
そもそも運転免許証を持っていない場合も多い。国家公務員の総合職試験や司法試験に合格した人々が、運転免許の試験すら受けないというのは面白い話だが、フェラーリやポルシェを乗り回しているような官僚や法曹関係者など、現実にはごく一部に過ぎないのだ。
真司はサンゲートをガチャガチャと手で揺らせて、
「頑丈だろ?」
と言いながら門に向かうと、門のロックにキーを突き入れて開錠した。
「このキー、引っ越して来たらお前らにもやっから」
真司はキーを手のひらで転がしている。
敷地内に入ると、真司は玄関に直行して美紀と佐紀に荷物を置かせてから、二人をガレージに連れて行った。
「これガレージな。親父の趣味、もう乗ってねーけど」
真司が玄関から持ち出したリモコンでシャッターを上げると、中には大型のバイクが二台並んでいた。
オイルの匂いに包まれて、見る人によっては、主人の帰りを静かに待っているようにも見えるだろう。
「うわーデカいバイク、なんていうのこれ?」
佐紀が食いついた。
「こいつはホンダのVFRナナハン、通称RC三十六ダッシュツー。で、こっちはヤマハのRZV五百R、骨董品だな」
「大きいなあ、こんなのに乗ってみたい!」
(……わたくしも乗ってみたいわ)
美紀も食いついていた。興味を押さえられず、
「……動くのかしら?」
「見たい?」
美紀と佐紀が頭を同時に上下に振る。
真司はバイクのキーを取りに出して、RZVに跨るとニュートラルを確認し、右側のキックスタータを蹴り落した。




