第五十三話 富永本部長
十二月二十三日火曜日、午前八時。
九州にある県警本部では、二人の男がお互いを見つめ合っている。
一人は県警本部長・富永幸作、四十九歳警視長。
彼は神奈川県相模原市に妻子を置き、この地に単身赴任中だ。
同級生の妻と一人娘を溺愛する憎めない男で、長官の覚えもめでたく、翌年の人事では警視監へと昇任し、本庁に戻ると目されている。
もう一人は県警刑事部長・山元修司、四十一歳警視正。
こちらは真司の父だ。
妻である真夏のみを溺愛し、真司は放任している。
修司の警察庁入庁年次からいうと、警視長への昇進はあと数年先だ。
「山元、本気だな?」
「はい、本部長」
富永はデスクから公休届を取り出すと、白紙のまま捺印し、修司へと手渡した。
「ほれ」
「ありがとうございます」
年末のこの忙しい時期に、県警本部刑事部長である修司は今月二回目となる公休を申請した。
本部長の富永はその申請を何も聞かずに承認した。
「山元、美紀ちゃんたちどうだった?」
「あ、可愛かったです。藤娘とか和装で舞っちゃったんですが、いろいろとワケありのようで」
「そうか、なるほどなあ」
富永は、美紀と佐紀の祖父である白石辰夫をよく知っている。
金沢県警管内の警察署長を務めていた時に、白石道場へと通っており、そこで美紀や佐紀とも面識を得ていた。
「一日でいいのか? 公務にしてやるぞ」
富永は続けたが、修司は、
「いえ、さすがにそれは気が引けます。その日のうちに新幹線で帰ります」
修司は昨日の夜、妻の真夏からメールを受け取った。
そこには、
『二十六日の午後六時、恵比寿に来てね。ちゅっ!』
修司は県警本部刑事部が置かれた状況を冷静に分析して、真夏の招集に応じると決めた。
その状況によっては、最愛の妻・真夏の招集でさえも断り切れる自信が修司にはあった。
修司は自らの判断に従って、決死の覚悟で朝一番に県警本部長室へと乗り込んだのだ。
(よし、用件は済んだ……)
本部長室を出ようとすると富永に誘われた。
「今度、その話で呑もうぜ。山元」
(富永本部長、感謝……)
「はい、奢りますよ」
修司は本部長室を出ると真夏にメールを返す。
『二十六日オッケーだ、問題ない。その日のうちに帰るけど……TT』
これは真夏だけに使う古い顔文字である。
(あー、東京に帰りてえ……!)
愛する真夏を思い描き、修司は心の中で叫んでいた。
一方、室内に残された富永は、
(いいなあ、山元……。でもトップになるとそうはいかん。今のうちに楽しんでおけよ……)
自らの重責に身を引き締めた。




