第五十二話 ジグゾーパズル
「ただいまー」
真司が帰宅すると、リビングのテーブルにゴミが散らばっていた。
(なんだこりゃ?)
真夏の姿はない。
代わりに五台のアイフォンがコンセントのあちこちにそれぞれケーブルを伸ばし、電気を吸い込んでいた。
「お、アイフォンじゃねーか」
真司は独り言を口にして、発売されたばかりのアイフォンを一台、手に取ってみた。
スマホ自体がこの時期(二千九年末)では珍しく、
(……ふーん)
ひとしきり手に取った真司だが、真夏の行方が気になってアイフォンを床に置いた。
(なんだ、シャワーか……)
母親の無事を確認すると、真司は自室へ急ぐ。優子の自宅に帰還の連絡を入れなければならない。
優子の母・上遠野壽子はいつものように気さくだった。
リビングに戻り、テレビの電源を入れ、冷蔵庫からアイスコーヒーのパックを取り出していると、母親の真夏がスウェット姿で降りてきた。
「あ、おかえりー」
真夏は濡れた髪をタオルで丁寧に拭っている。
(やっぱ母さん、まだまだがんばれるわ)
「あは」
「何よ、真司?」
「いや、母さんまだ若いなーって」
「母親を口説いてんの?」
「違うよ、母さん人気あるんだぜ。おれの友達に」
真夏もそれは知っている。
「子供にモテてもねえ……」
真夏はストンとチェアに腰掛けて、
「真司ー、ビール取ってえ……」
「あいよ」
真司はビールを取り出すと缶を開け、グラスに注いで真夏の前に置く。
「ありがと」
真夏はビールに一口付けて、大きく息を吐いた。
「そこのアイフォン、さっき買ってきたから使ってね」
「携帯はどうすんの?」
「年末までにまとめて解約するわ」
「マジかよー」
自分の電話番号やアドレスを再設定しなければならない。しかも家族の分まで任されるだろう。
「出来のいい息子で助かるわ」
真司の『マジかよー』を肯定と捉え、真夏は絵文字のような笑顔を見せるとそう言った。
「でさ、アレは?」
「ジグゾーパズル」
「……腹減ったなー」
嫌な予感がしたので、真司はそれほど減ってもいない腹の話題に転換を試みた。
「千ピースの同じやつ二個買ってきたの。二十五日までに一緒にやろ」
千ピースを同じもの二個とは驚いた。真司は一応受験生で、大量の宿題も抱えている。
同じものが二個ということは、美紀と佐紀へのサプライズのつもりなのだろう。
真夏らしく、お金ではなく時間をかけようということだ。
真司は真夏のこの考えを支持して、対応を切り替えた。
「喜ぶかな? これ」
「どうかしら?」
ジグゾーパズルの絵柄は、ニュージーランドから見える南極の光を幻想的に映し出している。
(難易度はかなり高めだ……。ただ、母さんとならば、ほぼ十時間で終わるといったところかな……)
真司はアイスコーヒーに手を伸ばし、床に放置されている五つのアイフォンに目を動かす。
(美紀と佐紀、か……)
真司は金沢の記憶を引き出した。




