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第五十一話 真夏の一日

 翌日の月曜日、真夏(まなつ)は忙しかった。

菅野(すがの)さん、今日はしばらく目がチカチカしますけど、大丈夫ですか?」

 メガネ交換のため視力検査に訪れたこの患者は、最近物が見づらく目に不安を感じているということだった。そこで真夏は彼の眼底検査を行うことにした。

「この出っ張ってるとこにアゴ乗っけてください。あ、そうそう、そんな感じ……。オデコはここに当ててくださいね」

 真夏は機材の前に患者を座らせてカメラを覗く。

 真夏が患者の網膜血管と視神経乳頭を観察すると、基準値のC/DとR/Dの双方に若干の異常値が確認できた。

「あ」

 真夏のセリフに患者が慌てる。

「え、先生、何か……?」

「うーん、ちょっと緑内障の気配がありますねえ……。でも今なら十分治療できますよ、菅野さん」

 これは立派な医療行為だが、傍から見るとやや奇妙な光景だ。暗室の中、小さな機材に医者と患者が向かい合わせに貼りついて、ひそひそ何やら会話する。

「菅野さん、終了でーす」

 真夏は検査を切り上げて患者を診察室に連れ、時間をかけて眼底の状態を説明した。検査直後の患者はフラフラするので、若干の回復時間もまた必要なためだ。

 処方薬を患者のデータベースに入力し、

「お薬出しときますから、菅野さん、切れる前にまた来てくださいね」

 真夏は『菅野さん』という名前の患者を送り出し、次の患者を迎える。

「次の方、えーと新井(あらい)さーん、どうぞー」

 アフロヘアにサングラスのオバちゃんが大きなパネルを差し出してきた。

「真夏さん、見てみて孫。七五三の写真。かわいいでしょ」

「あ、聡美(さとみ)ちゃん。可愛いくなっちゃって! へーえ、新井さん、この写真、どこで撮ったんですか?」

 聡美は真司(しんじ)と同じ小学校に通っていて、真夏も会ったことがある。

 真夏は『新井さん』という患者から写真館の名前を聞き出すと、

「新井さん、ところで目の調子はどうですか?」

「いい調子よ。お薬だけ貰おうと思って、ごめんねいつも邪魔しちゃって」

 真夏は処方箋を書き、次の患者を迎え入れた。


 真夏が患者二十二人の診察を終えたときには午後六時を回っていた。

「お先に失礼しまーす」

 病院を駆け出すと、真夏は自宅のある武蔵小山ではなく目黒に向かう。

 新井から教わった恵比寿の写真館を予約。

 キャッシュバックの一番大きかった家電店でアイフォンを七台購入。

 駅ビルのおもちゃ売り場で千ピースのジグゾーパズルを二箱購入。

 ついでに今夜の食材を購入して、

(重い……お腹空いた……もうだめえ……)

 タクシーに乗り込んで自宅へと向かった。


 真司はまだ帰宅していない。今日は月曜日、優子(ゆうね)とソバの日だ。帰宅は九時を過ぎるだろう。

 ウォークインクローゼットにブラウンのロングコートを掛け、キッチンの冷蔵庫に食材を放り込み、スマホの袋をバリバリと開けて七台のうち五台の充電を開始すると、真夏はもう一度冷蔵庫に向かって朝食用のハムをグルグルに丸めてかじり付いた。

 ハムをかじりながら、真夏はドレッシングルームへと向かう。

(あー疲れた!)

 スーツとシャツを脱いでホワイトショーツ一枚になると、真夏は鏡の前で自分のヌードを観察した。

(……うん、まだイケる)

 バストトップに色素の深い沈着はなく、今もそこは薄紅色を保っている。

 自慢のDカップは依然として健在、ヒップには贅肉がなく張りがみなぎって、太ももの間には十分な隙間が見えた。

 この体を知っているのは修司だけだ。

 髪を揺らせてバストを両手で揉みながら、そっと親指で薄紅色の乳首に触れる。

 そのまま真夏が目を閉じると修司の熱い体が重なってきた。

(……うー……がまんがまん……にしても寒いー!)

 熱いシャワーを全開にした。

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